第一七話 ジャイアントアーミーアント戦


 ――供物を捧げよ。


 いと尊き御方から下された使命を全うする為、その軍団は魔の大森林を行進する。


 標的は、以前不覚にも後れを取ってしまった魔物――グールの村だ。

 前回愚かにも下命を全う出来ず、のうのうと帰還した兵共は既に粛清済み。故に軍団に弱者は存在しない。


 弱さは罪。敗北は屈辱。圧倒的な勝利こそが求められる。


 雪辱を注ぐ為にも、今回の遠征で招集されたのは、三百もの精鋭。内、二五〇がグールの村を殲滅する部隊だ。


 予定通りに軍団を離れ、別任務に就く者達を見送った。幸運を祈る。


 隊列を整えた後、魔の大森林を悠然と行進していく。

 夜が明け始めた。もう間もなく、目的のグールの村だ。

 意気軒昂。士気も高く、誰もが圧倒的な勝利を疑っていなかった。


 無論、グールが元のままならば、ジャイアントアーミーアント軍団が、圧倒的な戦力をもって村を蹂躙したことだろう。ジャイアントアーミーアント共が思い描く別の未来もあったかもしれない。


「おぉー。こう見ると迫力あるなぁー」


 ジャイアントアーミーアント軍団は村を視認し、大いに驚く。

 以前には無かった村の外周にある空堀と木柵。そして、唯一開けられた出入り口に集う戦闘準備が整ったグール共に。


 生意気なッ。弱者が無駄に足掻きおってッ。弱者であるにも関わらず、我らに抵抗するなど万死に値するッ。


 ジャイアントアーミーアント軍団に共通した怒り。それは魔の大森林を揺らす咆哮となって現れた。


「うるせぇ……」


 特にジャイアントアーミーアント軍団に怒りを沸かせたのは、グール共の先頭にいる小さな存在だ。


 煌めく銀髪に、赤と緑のオッドアイ。グールと対を成すかのような透き通った白い肌。


 その者がグールかどうかは、ジャイアントアーミーアント軍団にとってはどうでもいい。何より許せないのは、迎え撃つ者が幼子であり、更にはその頭上にスライムという最弱の魔物を従えていることだ。舐められているも同然。屈辱でさえあった。


 怒りの叫声を上げながら、激しい情動が突き動かすままにジャイアントアーミーアント軍団は突撃を開始した。


「さーて。いっちょ、やるか!」

「きゅー(やるぞー)!」


 だが、しかし。ジャイアントアーミーアント軍団は知らなかった。

 その幼子が圧倒的な強者であることを。そして、その強者に付き従うスライムも、脆弱な最下級の魔物ではないということを――身を以て知る事になる。



 夜が明け始めた頃、予定通りジャイアントアーミーアントの大群が攻め込んできた。


 総勢二五〇匹の軍勢。整然と隊列を成し、迫り来る姿はもはや軍団と評するべきかもしれない。


「おぉー。こう見ると迫力あるなぁー」


 整然と並んでいるからか、まるで巨大な一体の魔物みたいだ。迫力が凄い。

 チラッと振り返ってみると……うん。どうやら怖気づいている者はいないみたい。皆、瞳をギラつかせて、戦意を漲らせている。


 俺とグール達が陣取る場所は、村の出入り口付近だ。この場所だけは空堀や木柵などの防衛施設は無い。いわば最終防衛ラインだ。ここを突破されるわけにはいかない。


 因みに、夜通し行われた作業は完了している。村の外周を沿うように空堀が掘られ、簡素ながらも木柵が村を囲っている。

 まさか本当に間に合うとは思っていなかった俺は、めちゃくちゃ驚いた。グールって体力あるなぁって感心したわ。……清々しい笑みを浮かべながら、ほとんどの者が倒れ込んだので、その感心は直ぐに霧散したけどね。


 その後、サポートAIさんに提案されたように、ポーションを薄めた物を飲ませて、強制的に回復させた。戦いの前に力尽きるなんて許さんと心を鬼にして。

 その甲斐あって、防衛網は構築出来たし、皆の体力も万全。迎え撃つ準備は万端だ。

 前回の五倍もの敵戦力。大いに頑張ってもらいたい。


 因みに、当初の総数から五十程減ったみたい。理由は不明だが、道中二手に隊を分けたらしい。偵察の者からの報告で訊いている。

 というか、なんで俺に「どうしますか?」って聞くのよ? 戦士長はバスメドだろうに。


 何故俺に指示を乞うのかと甚だ疑問だったが、取り敢えず放置しろと指示を下したけどね。

 勿論ちゃんと考えたし、適当に指示したわけじゃないよ?

 色々と考えた。もう一方の隊も引き続き偵察させるべきか? もしや挟撃かも? とかね。そう色々と考えた結果と、サポートAIさんとも相談しての放置という判断。


《追跡を続行させる余剰人員はありません。また挟撃の可能性も低いと推測されます。仮に挟撃となった場合でも、常に「魔力感知」を広範囲に広げておりますので、事前に察知可能です》


 サポートAIさんも問題ないと言っているので、俺の指示は間違っていないはずだ。


 とまぁ、戦闘中にそんなことをつらつらと考えていると。


 ――シャァァァアアアア!


 空気を引き裂くかのような叫声が轟く。


「うるせぇ……」


 キンキンと頭に響く甲高い声音に、俺は顔を顰めた。

 どうやらその叫声は合図だったらしく、ジャイアントアーミーアントの大群の総攻撃が開始された。


「さーて。いっちょ、やるか!」

「きゅー(やるぞー)!」


 軽く頭を振った後、俺は気合を入れるようにそう口に出した。スフィアもやる気を漲らせるように身体をくねらしている。

 うんうん、スフィアもやる気十分みたいだし、早速始めるとしますかね。


「阻め、『圧制者』」


 猛然と迫り来るジャイアントアーミーアントの大群を見据えつつ、俺はユニークスキル『圧制者』を行使した。


「「「ギキャァッ⁉」」」


 その瞬間、多くの驚愕じみた鳴き声が上がる。約八割ものジャイアントアーミーアントが、まるで見えない大きな手で抑え込まれたかのようにその動きを止めたのだった。


「そんじゃあ、予定通りに」


 俺が振り返ると、グール達がポカーンと口を開いて呆然としていた。その様子が少し面白くて、俺はくくっと小さな笑い声を漏らしてしまう。


「凄まじいのぅ。クラウディート様の御力は……」

「そうでしょう、そうでしょう」


 村長の呟きに、俺はうんうんと頷く。実際、俺もスゲェーって思うもん。


「そうそう、クラウ様」

「ん? 何?」


 ちょんちょんと俺の肩を叩くのは、次期村長候補の女性だ。


「あのー、予定では、三十匹じゃありませんでしたっけ?」

「うん。それくらいが丁度いいと考えていたからね」


 予定では、グール達の対処可能数以外、俺が時間を稼ぐことになっていた。そして、グール達がジャイアントアーミーアントを討伐する毎に、俺が抑えていた奴をグールの方へと誘導する。そんな予定を決めていた。


「ですよね、私の聞き間違えじゃなかったんですね。それで……今迫って来ているのを数えてみると、五十匹もいるんですけど……?」


 うんうん、キミの言う通りだよ。俺は意図して予定数を増やしたんだもの。

 不安そうにしている女性に、俺は視線を誘導する様に、ある方へと顔を向けた。


「問題無いんじゃない? あの様子なら」

「あー、確かに問題なさそうですね」


 一変して、安堵した様子の女性。彼女も俺と同意見みたい。

 俺達の視線の先。そこには、静かに佇み、迫り来るジャイアントアーミーアントを見据えるグールの戦士長――バスメドの姿があった。

 凪のような静謐さを身に纏いつつも、感じさせる圧倒的な存在感。グールの英雄として相応しい佇まいだった。

 そして、目に付くのは、その少し変わった容姿だ。


 まるで百獣の王である獅子のような頭部、筋骨隆々とした体躯は変わらないが、その立派な黒一色だった鬣には、鮮やかな紫色が差し込んでいた。又、上腕部にも同じく紫色の刺青が彩っている。

 更に大きな変化としては、二メートル後半だった身長が、二メートル程までに小さくなったことだろう。身体は小さくなったものの、放たれる妖気オーラは以前の数倍以上だ。


「まさか、名付けの上書きが出来るとはね……」


 思わず遠い目をして呟く俺。

 そう。あのバスメドの過去を聞いた後、俺がバスメドの名を呼ぶと、突然全身から光を放ち、バスメドは進化を果たしたのだ。

 その場に居合わせた村長と共に大いに驚いたもんさ。まさか名付けの上書きが出来るとは全く思っていなかったし、名付けによって進化したのも想定外だった。

 というか、俺には名付けをしたという意識は無かった。今後ともよろしくお願いしますと思っただけなのに……。


 バスメドが進化した種族は、死鬼族デスグール。村長も聞いたことがない種族名だそうで、多分新種だと思われる。体内魔素エネルギー量も数倍も増えたし、グールの上位種であることは間違いない。


「あのー……この戦いが終わったら、私にも〝名〟を下さいませんか?」

「あー、うん。終わったらね」

「やったー! よぉし! 頑張るぞー!」


 めちゃくちゃ気合が入った様子を見せる女性に、俺はある事を思い出して苦笑してしまう。

 喜ぶ女性の姿が、あの時の村長の姿と重なったからだ。当然、村長にも名付けをお願いされていますよ、うん。


「……いくぞ、お前達」

「「「おぉー!」」」


 俺がそんなことを思い出している間に、バスメドが威厳に満ちた声で合図を出す。その途端、グール陣営から戦意に満ちた声が上がり、勢いよく駆け出す。


「クラウ様に頂いた力……存分に発揮しようぞ!」


 先陣を切るのはバスメドだ。他のグールを置いてきぼりにして疾駆。

 ジャイアントアーミーアントに急接近すると、得物である大戦斧を振りかざし、一閃。


 ――ザシュッ!


 一刀両断。圧倒的な膂力と高い斧術によって、ジャイアントアーミーアントを頭から両断したのだった。


「おぉ、やるなぁ、バスメド。進化したとは言え、高い防御力を誇るジャイアントアーミーアントを一撃とは」


 大多数の敵を抑えつつ、俺はグール達の戦いぶりを観戦する。


 一撃で仲間が屠られたことに少し動揺を見せたものの、すぐさまバスメドに襲い掛かるジャイアントアーミーアントの軍勢。


「かかって来い! 戦斧の錆にしてくれるッ!」


 複数のジャイアントアーミーアントの猛攻。バスメドは冷静に戦斧で往なし、躱し、そして隙を突いて斬撃を放つ。

 バスメドの猛々しい戦いぶりに、俺は思わず魅入ってしまう。と、その時。


「「「グギャアァァァ⁉」」」


 響く悲鳴と共に、ジャイアントアーミーアント達から深紅の血が盛大に吹き上がった。

 一体何が⁉ と驚く俺の耳に、バスメドの呟きが聞こえた。


「……やるな、村長」


 慌てて村長の方へ意識を向けると、杖を手に集中している村長の姿が。

 どうやら村長が何かしらの魔法を放ったのだろう。微かに魔力の残滓が残っているし。


《解析しました。あの者が使用した魔法は、「風属性魔法」〝ウインドエッジ〟。不可視の風の刃を放つ魔法のようです》


 ふむふむ。村長は魔術師っぽいね。杖も持っているし。


《捕捉として。種族名グールの特性上、雄は肉体的に、雌は魔術的に優れた適性を有しております》


 へー、初耳だわ。だけど納得出来る話でもある。バスメドはどっからどう見ても歴戦の猛者だし、小柄な村長が肉弾戦をしている姿はあまり想像出来ないしね。


「ふんっ! お主だけにいい格好をさせておくわけにはいかんからのぅ。皆の者! バスメドに後れを取るでないぞ!」


 ふんと鼻を鳴らした後、村長はそう皆に発破を掛けた。


「ええ、勿論! 私も頑張って活躍しないといけないんだから!」


 村長の発破が効いたのか、気合を入れた次期村長候補の女性が、ジャイアントアーミーアントの軍勢に数々の魔法を打ち込んでいく。


《解析中……》


 なんかサポートAIさんが張り切っているような気がするが……うん、気にしないことにしよう。


 近接戦で獅子奮迅の活躍を見せるバスメド。巧みに魔法を操り、的確に隙を突く村長。

 二人の活躍に触発されたのか、グール達も果敢に攻め込み、ジャイアントアーミーアントを次々と討ち取っていく。


 前回と同数にしてみたんだけど……、こりゃあ相手にならないな。

 バスメドが死鬼族デスグールという上位種に進化したことで、大幅な戦力アップに繋がったみたいだ。これなら追加しても問題無さそう。


「ということで、追加で百匹どうぞ」

「「「クラウディート様ぁ⁉」」」


 俺の宣言に驚愕するグール一同。悲痛な叫びが所々上がるが、勿論俺はそれを無視して、百匹程度を戦場へと弾き飛ばす。


「「「あぶなぁ⁉」」」


 弾き飛ばされてきたジャイアントアーミーアントに衝突しそうになる者が続出してしまったが。


「ほら、ちゃんと周囲にも気を配ってー」

「「「何気に厳しい⁉」」」


 敢えて弾き飛ばしたのも、敵の数を増やしたのも、全ては君達の為なのだよ。そう自己肯定しておく。


《マスターが力の加減を間違え――》


 あー、聞こえない聞こえない。

 俺のせいで少し混乱してしまい、乱戦になってしまったが……うん、大丈夫そう。直ぐに近くの者と連携を取り始めているし、何とか対処出来ているみたいだ。


 一応、戦闘開始直後から広範囲に渡って、俺は「魔力感知」を広げている。万が一の場合に備える為にね。

 今のところ苦戦している者は居ないみたいだし、この分だと俺の出番は無さそう。

 後は、ジャイアントアーミーアントの分隊だが……、ずっと「魔力感知」で周囲を探っていたんだけど、一向に発見出来ていないんだよ。挟み撃ちを警戒していたんだけどね。

 挟撃じゃないとしたら、一体何の目的の為に隊を分けたのか、ちょっと気になる。この戦いが終わったら、少し調べてみるか。


 そんなことを考えつつ、俺は万が一の場合に備えて、戦場を観察し続けるのであった。


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