CRAW――転生したら神様に呪われました――

山田直輝

第一章 神呪転生

第一話 なんてことも無い平凡な日常

 俺の名前は、天宮あまみや慎二しんじ。独身貴族を謳歌する二十六歳のナイスミドルだ。

 独身貴族を謳歌するという点については、是非ともご指摘しないでいただろう。誰にだって見栄を張りたい時もあるだろうし……ね?


 某総合商社に勤めて早四年。食品関係を取り扱っている部署に配属されているので、最近の趣味は料理だ。とは言いつつも、仕事が忙しくて休日に軽く自炊するだけだけど。


 昔から続いている趣味は読書。小学生の時に、図書館で読んだおとぎ話が面白くてハマった。題名は忘れたけど、確かドラゴンが登場していたと薄っすら記憶している。

 ミステリーや文学等、様々なジャンルに手を出し、最終的に辿り着いたのがライトノベルだった。

 超有名な誰もが知っているであろう作品から入り、今ではネットに載っている準作家の小説を読むほど大好きなジャンルだ。


 ライトノベルの良い所は、さらっと読める点に尽きると思う。そんなに難しい表現をしているわけでもなく、難解なストーリーになっている訳ではないので手軽に読破出来るのだ。

 さらっと読めるからといって侮るべからず。中には感動する内容や、思わずスカッとする爽快感のあるストーリーもあるし、日々仕事で溜まるストレスを発散させてくれる良作品もあるのだ。……中には『何だコレ?』ってものもあるけどね。


 何が言いたいのかというと、ライトノベルが面白くてついつい夜更かしをしてしまい、今朝の通勤中、すっっっごく眠たいということ。


「……仕事行きたくねぇー」


 昨夜、そろそろ寝ようかなと思いつつも、スマホでさらっと検索していると、中々面白そうな小説を見つけてしまった。ちょっとだけとスケベ心を出して覗いてしまい、あれよあれよという間に深夜三時過ぎ。

 気付いた時に愕然としたね。思わず上司に病欠連絡して休んでしまえと、一瞬悪魔が囁いてきたもんな。まぁ寸前で思い留まれたけど。


「慎二おじさん、おっはよぉ!」


 ふわぁと情けない欠伸をしていると、眠気マックスの俺とは対照的な明るく元気に満ちた声が聞こえてきた。

 この声には覚えがある。というか、ほぼ毎朝聞いている声だ。


「薫か。おはようさん」


 俺のつれない返事にも嫌な顔をせず、にこっと微笑んでくれるこの少女は、珍しい苗字とその素晴らしいルックスからご近所では有名な美少女――時雨しぐれかおるさんだ。しかも女子高生。


 どこからか怨嗟の声が聞こえてきそうだが俺は気にしない。美少女だったとしても薫は姪だし。女子高生だからといって姪だしな。うん、大事な事なので二回言っておく。


「慎二おじさん、すっごく眠そうだね。いつにもまして覇気がないよ?」


 こてんと小首を傾げるにつれて艶やかな髪がさらりと流れる。ちょっと心配そうな表情がこれまた絵になるのだ。美人ってホント得だよね。輝かしくて直視出来ないよ、おじさんは。


「あー、まぁちょっと仕事が多くてな」

「そうなの? てっきりまた夜更かししたんだと思っていたんだけど」


 お、おぅ。バレてーら。

 スッと真っ直ぐ見詰めて来る薫に居た堪れなく、サッと視線を逸らす俺。すると薫は、呆れたように溜息を吐き出す。


「はぁ。もう夜更かしは程々にしないといけないわよ、慎二さん」

「面目次第もございません」


 こういう時は、さっさと白旗を揚げて素直に謝るに限る。何を言っても言い訳にしかならない負け戦なのだから。

 というか慎二さんって……たまぁに年上感を出してくるんだよなぁ薫って。


 素直に反省したのが良かったのか、それ以上薫さんからのお小言は貰わずに済んだ。


「それでね、昨日の――」

「へぇ、それでどう――」


 他愛もない会話をしながら薫と並んで歩く。朝の通勤時にはこうして薫と共に駅まで一緒になることが多い。俺が社会人になってから続く日常だ。


 駅前の横断歩道に差し掛かると、信号は残念ながら赤。そこには薫と同じ制服を着た高校生達が楽しくお喋りをしながら待っていた。


「あら、薫じゃない? おはよう」

「あ! 陽菜、おっはよー」


 信号が変わるのを待っていた少女がふと振り返り、薫に気付く。どうやら薫の同級生らしい。

 薫とはまた違ったタイプの美少女だな。薫が元気系で、陽菜さんが令嬢系って感じだ。


「時雨さん、おはよう」

「おっ、時雨じゃん! おっす!」

「おはよう。滝沢くん、浅木くん」


 残る二人の男子高生も薫に気付き、挨拶を交わしている。

 柔和な笑みを浮かべ、まるでどこぞの王子様のような雰囲気を漂わせているのが滝沢さん。うん、めっちゃおモテになりそうなイケメンです。けっ。

 一方、制服を着崩し、ヤンチャな感じなのが浅木くんだろう。ツンツンとした髪を茶髪に染め、こっちもこっちで滝沢くんとはまた違ったタイプの強面系イケメン君だ。けっ、けっ。


 それにしても今時の高校生は容姿レベル高くない? 薫は勿論、陽菜と呼ばれた少女も清楚令嬢系の美少女だし。男子二人もイケメン君だ。

 え? 俺? おおおれは、ナナナイスガイだから! 誰が何と言おうとナイスガイだから!


 ハイレベルな高校生達に囲まれて、若干焦りつつも、そんな内心を悟られるようなことはせず、無表情を貫く俺。それがいけなかったのか、ちょい悪系男子の浅木くんが睨み付けて来る。


「あん? 何見てんだよ、オッサン」


 おいおいおい。浅木くんよ。君は誰にでも噛みつく猛犬か何かかい? 初対面の、それも年上の社会人男性にいちゃもんつけるなんて、どこの世紀末の奴らなんだよ。というか、俺はまだおっさんと呼ばれるような年じゃねぇ! いてこますぞ、ワレェェ!


「ちょ⁉ やめろ、浅木。失礼じゃないか。俺の連れがすみません」


 もう一方の男子高生――確か滝沢くんだったかな。友達の代わりに謝ってくれている。この子はいい子みたいだ。 

 滝沢くんは謝ってくれたので許そう。だが、浅木。てめぇはダメだ。睨み付けるように見やがって。……ちょっと怖いじゃないか。


「「「「――っ!?」」」」


 ――突然、背筋がゾクッとした。ななんだ!? この身が竦むような威圧感は。

 いや、そう言えば、昔にもこんな悪寒を感じたことがあったっけ。確か……あぁ、あれだ。


 昔、薫と遊ぶ約束をしていたのにすっかり忘れて、俺が約束をすっぽかしてしまった時の事だ。激怒した薫に虫けらを見るような瞳を向けられ、めちゃくちゃ怖かった思い出が……うぅー……。


 それからは絶対に薫を怒らせてはいけないと、強く強く心に刻んだもんな。トラウマものだよ、あれは。


「浅木くん。このお兄さん・・・・は私の叔父なのよ。大切・・な家族だから、変に絡まないでほしいんだけど」


 ひぃー。薫の奴、静かにキレてるよ。

 薫は微笑んでいるのに、その目がシャレになっていない程冷たいもん。瞬きもせず、ジッと浅木くんのことを見詰めているんだぜ? それも無言で。お、恐ろしいぃー……。


 というか、薫さん? 俺の為を思って怒ってくれているのは判るんだけど……もう少し抑えてくれやしないかい? 陽菜さんと滝沢くんもビビっているからさ。


「わわ悪かったッ! しし時雨の叔父さんだとは知らなかったんだ! 許してくれ!」


 慌てて浅木は頭を下げて謝罪する。それはそれはお手本のような見事な最敬礼だった。


 多分、浅木くんも今絶賛トラウマ製造中だろうな。さっきの狂犬ぶりは鳴りを潜め、今ではか弱いチワワにでもなったかのようにブルブルと震えているもん。

 相当怖かったんだろう。それは分かる。直接怒気を向けられていない今でも怖いもん。陽菜さん、滝沢くんも石像にでもなったかのように微動だにしてないし。


 それにしてもこれが十六の娘が放てるプレッシャーか? ヤバすぎでしょ。歴戦の猛者でも放てないよ、こんなプレッシャー。

 やっぱり遺伝か? 薫の母の明日香姉さん――明日香叔母さんとは呼んではいけない。今の薫以上のプレッシャーに晒されたくなければ――も目力ハンパないからなぁ。と、ちょっと現実逃避気味の俺。


 ふと視線を感じそちらに向くと、陽菜さんが真っ直ぐ俺を見詰めていた。


 その目が物語っている、『何とかして下さい』と。


 いやいや陽菜さん? 俺にこの状態の薫を止めろと? そんな無『お願いします!』……。いや俺には荷が重『何でもしますから! 薫を止めて下さい!』……ほほぅ。仕方がないなぁ、もう。そこまでお願いされたらおじさん頑張っちゃう――って、薫っ⁉ なんで徐にスマホを取り出すんだ⁉


「あ、あはは。えっと薫の叔父の天宮慎二です。俺は気にしていないから頭を上げてくれないか、浅木くん? 薫もそのくらいで、な?」


 このままでは社会的に死ぬ予感がした俺は、慌てて場を取り繕った。


 浅木くんがちゃんと謝ったからか、それとも俺が気にしていないとフォローしたからか。薫は少し口を尖らせたものの、圧力じみた怒気は収まっていく。


 その様子にホッと胸を撫で下ろす一同。すかさず悪い空気を払拭する為に、陽菜さんが話題を提供、俺が答え、滝沢くんが掘り下げるという、初対面にも関わらず、見事な連係プレーを見せる俺達。

 和やかな会話――表面上は、だけど――していた俺達に薫が加わったことにより、ホントの本当に安堵した俺達。


 結局、浅木くんは受けたダメージが回復しなかったのか、一切会話に加わる事は無かったけど、君までフォローするつもりはないよ。俺には。

 オッサン呼ばわりは、正直言ってイラっとしたしな。精々今日一日気まずい思いをしたまま学生生活を送るがいいわ! ハッハッハハ。……そこ! 心が狭いとか言わないッ!


 ――薫が怒るというハプニングもあったが、これもちょっとした現実の一幕。代り映えしない日常に加わったエッセンスじみたものだ。だから気にもしないし、強く記憶することもない。

 ――そんな日常がどれ程尊いものなのか気付きもしない。


 待っていた信号が青に変わった。一塊になって歩き始める俺達。


 ――そして、運命は突然やってくる。


 ゴォォォォオオオオオオ!


 妙な音を聞こえ、一瞬立ち止まってしまう俺達。振り向くとそこには信号を無視してこちらに向かって突っ込んで来る車が。


「なっ⁉」


 声を上げたのは俺か、それとも他の誰かか。

 いや、そんなことを気にしている場合じゃない! 早く逃げないと!


 そう頭は冷静に判断を下しているのに、何故か身体が動かない。まるで誰かに押さえつけられているかのように。


 一瞬にも満たない刹那。繰り返す自問自答。


 ――逃げる?


 無理だ、身体に上手く力が入らない。


 ――薫だけでも? 


 それも無理だ。突き飛ばしても眼前に迫った車からは逃れられないだろう。


 ――じゃあ諦める?


 諦めるって? その言葉が一番嫌いだ。


 ――じゃあどうする?


 そんなもん決まってんだろ! 僅かな可能性に賭けるだけだ!


「薫ッ!」


 満足に動かない身体を無理やり動かして。

 硬直したままの薫を抱き寄せる。


「慎二おじさんっ⁉」


 俺の腕の中で目を見開く薫。その表情は恐怖に蒼褪め強張っていた。俺の顔も鏡のように薫と同じく蒼褪めていることだろう。


 薫を安心させてやりたいが……うまく表情が作れない。咄嗟に安心するような言葉も思い浮かばない。だから――。


「薫だけでも助けてくれ! 神様!」


 神に祈る。そんなことしか出来ない俺を許してくれ。


 薫は何か言い掛けたようだが、その前に俺は薫を強く抱き留め、突っ込んで来る車に背を向けた。


 この身を呈して、少しでもクッションになれば、薫が生き残る可能性があるはずだ。それを信じるしかない。


 体制を入れ替えた直後。身体に衝撃が走り――俺は意識を失ったのだった。


 ◇


『――ここは……どこだ?』


 気が付けば俺は、真っ白な空間にいた。

 ここは一体どこだろうか。そもそも俺はなんで――あぁ、そうか。


『俺、死んじゃったのか』


 思い出すのは直前の記憶。車に轢かれ、痛い思いをした記憶だ。

 どうやら直感した通り、助からなかったみたいだな。ということは、ここは天界とか、神界とか、天国とかだろうか。

 流石に地獄ではないだろう。周囲一面真っ白だし、少し清廉な雰囲気もしているし。


 死んでしまったというのに、何故か取り乱すこともなく平然としている自分に、少し違和感がある。


 突然の交通事故だったし、普通ならもっと取り乱すはずだよな? 不条理な運命に嘆き、死後の不安に苛まれるはずなのに。

 不思議と落ち着いている。もしかしてここでは感情が制御されているのかもしれない。

 妙な安心感があるし、まるでぬるま湯に浸かっているかのようにぷかぷかと浮いて……浮いているだと⁉


 ハッとして身体を確かめてみるが、全てが曖昧だ。というか、そもそも腕や足が無いし。

 まぁ死後の世界だ。気にしないことにした。我ながら大雑把である。


 不意に何かを感じ、視線を向けてみると、そこには白く光る謎の球体があった。それも四つ。それを見て、自分の状態を正確に把握した。

 俺もあの白い球と同じようになっているんだろう。あれが魂の形って奴なのかもしれない。


 そう納得していると、ある一つの白い球から目が離せなくなった。そして感じる深い喪失感。

 それが一体何なのか分からない。何でこんなにもあるはずの無い胸が締め付けられるのだろうか。考えても考えても、その理由が分からない。


 ふぅ、落ち着こう。悩んでも分からないものは分からないんだし、そろそろ誰か来そうだから、その人に聞いてみよう。

 人というより、神様とか天使とかの方が適切かもしれないけど。というか、神様って本当にいるんだな。今、当然のように――。


『――ッ⁉』


 突然、何かに引っ張られ……いや、巨大な手で身体を掴み取られたかのような感覚が。一体何が起って――⁉


『チッ。妨害出来たのは、たったの一つだけか』


 地の底から響くような声が、圧力を伴って降り注いでくる。

 そこには、俺を鷲掴みする巨大なナニかがいた。


 えーっと……貴方は神様ですか? 想像していた一万倍悍ましい姿なんですが……。



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