第5話 『盗撮人』三日櫛 明博

 駿の才能は何も白詞の増幅だけはない。

 異世界での冒険で目覚めた、天性の危機察知能力。生存のスキル。

 その直感は思考する前に身体をフル稼働させ、窓へと直進させた。


「うおおおおおおおおおぉぉぉっ!!」


 写真が爆発する寸前、駿と銀一郎は教室の窓へと駆け出し、同時に飛び出した。

 次の瞬間、背後から轟音、そして熱風が二人の身体を弄んだ。

 

 二人がいた教室は旧校舎の最上階である三階にあった。その高さ約12m。常人ならば、まず大怪我は免れない。打ちどころが悪ければ死ぬだろう。

 

 しかし、鍛え上げた筋肉が駿を導く。旧校舎に隣接されていた駐車場。駿は停めてあったスクールバスの上に爆風を利用して落下。そのまま受け身を取り、転がりながらバスから降りて着地した。


 ゆっくりと立ち上がり、服に付着したゴミを払う。

 

「ン……」

 

 右肩後ろに違和感を覚え、駿は手で探る。ガラスの破片が刺さってる事に気づいた。

 駿は事も無げにそれを引き抜いて捨てる。この程度の傷など幾つも負ってきた。気にしている暇などない。

 そこでふと気がつく。

 

「! 銀一郎は――」


「ゲホッ! いってぇーーッ!」


 あらん限りの元気な雄叫びが駿の後方から響いてきた。振り返ると、銀一郎がロッカーを下敷きにして大の字で倒れている。ロッカーは叩きつけられたスライムのように地面に広がっていた。どうやら、銀一郎はロッカーを救助マットのようにして落下の衝撃を和らげていたようだった。


「やるじゃないか。怪我もなさそうだな」

「得意分野でマウント取れて嬉しそうだなおっさん……」

「う、うるさい!」

 

 駿は顔を赤らめて叫んだ。ちょっと図星だった。

 

「それにしても、妙なんだか便利なんだかわからんロッカーだな、それ」

「だから六面城むつらぎだってば……!」

「何でも良い。それより、敵の攻撃だな? これは」

「早すぎる……もう攻めてきた」

「さっき言ってた『編纂人へんさんにん』か!?」

「違う、あいつは『盗撮人』――」

 

「そんな悲しい事言ってくれるなよ、双間そうま 銀一郎ぎんいちろうくん」

 

 突如として、二人の横から男の声。そして、カシャリ、とシャッター音が聞こえた。

 駿はすぐさまアヴリーバウを構えた。銀一郎は即座に立ち上がり、スライム状になった六面城を蹴り上げる。即座に六面城は元のロッカー状に戻って、主の側にそびえ立った。

 10mほど先にいた声の主を見る。

 

 学校という背景にはどう考えても似つかわしくない格好だった。男は漆黒の燕尾服を着ており、顔の前にカメラを構えて、こちらを撮影している。

 中でも目を引くのは、男の股にまで届きそうなほどの長い前髪だった。その前髪をカメラがかき分けて、左右に垂らしている形になっている。まるでその様は冠布を被って撮影しているようにも見えた。

 臨戦態勢の二人にも構わず、『盗撮人』は撮影を続けている。


「流石だ……資料で考察する限りでも修羅じみた場所であろう異世界を生き残ってきただけある。あの奇襲を凌ぐとは。私が持つ資料として相応しい逸材……!」

「お前か。俺を狙っている強盗野郎ってのは」

三日櫛みかぐし 明博あきひろ、と申します。末永くよろしく頼む。君の持ち主となる男だよ」


 カメラを下げ、三日櫛は深々と頭を垂れた。上目遣いで前髪から覗く瞳は狐のように切れ長で、妖しげであった。顔立ちと格好だけだと美丈夫な執事といった風だが、常に浮かべている薄笑いと言動は駿の警戒心を刺激し続けていた。


「持ち主か。お前には過ぎたオモチャだぞ、僕は」

「善因善果にして悪因悪果。物事は必ず巡り巡って自分に結果として帰ってくる。私達が引き合うのは因果なのだよ」

三日櫛みかぐしィ~……あんただな、あのチンピラ達に俺らの居場所を教えたのは」

「ふふ、まぁ、そうだね。彼の実力を見たかったんだ。あの程度でやられるようだったら、剥製でも構わなかったけどね」


 見事なほどに駿の不快ポイントをコンプリートする男だった。

 裏の見えない表情、穏やかなようで人の神経を逆なでするような喋り方、形だけは小綺麗な風体。それに、自分からチンピラ達を利用しておいて、不要になったら殺す悪辣さ。

 教室で気絶していた三人は爆発に巻き込まれて、恐らく即死しただろう。


「九嶽 駿くん。是非、こちらに来て欲しい。ああ、銀一郎くんも忘れてないよ安心して。君の一族が持つ白詞晶の保管庫……これも素晴らしい資料価値がある」

「うっさい、もういい。おっさん、こいつの白具はあのカメラだ。ポラロイドカメラっていうの? 撮ったら写真がガーッってその場で現像されるやつ。あれで撮った写真は――」

「撮った対象と同じ性質を持つ、か?」

「厳密にはコレはポラロイドという名称ではないが、んん~凄い、素晴らしっ! もう理解しているとは!」


 三日櫛は上機嫌に鼻歌を鳴らし、懐から写真を取り出したかと思うと、それにかじりついて引きちぎり、口に含んだ。さらに咀嚼し、嚥下する。


「いっ!?」


 唐突な行動に駿がギョッとしていると、三日櫛は千切れた写真を駿に見せた。写真には高級そうな皿に乗ったステーキが写っている。


「黒毛和牛、一二〇グラム……ペリグーソースッ。いっぱい食べられるよ……ほらっ」


 そう言いつつ、三日櫛が懐からゴソゴソと写真の束を取り出してくるのを見て、駿は強烈に頭がクラクラするのを感じた。

 

「チッ……こっちの世界の白具ってのは奇天烈なモンばかりなのか?」

「異世界だと術式の操作法が四大属性として体系化されてるみたいだけど、異世界あっちと違って現代こっちは白詞を使って術式を扱うには白詞晶を媒介するしかない。各々が独自に編み出した操作法で白具を作り出すぐらいが限度。だから、ガラパゴス化が激しいんだよ」

「技術の共有が殆どできなくてニッチになったって事かよ……」


 白詞が少ない世界故に単純に強力な術はほぼ無いだろうが、術者各々によって力に個体差が激しいのは厄介だ。


「まぁでも、これで話がシンプルになったワケだ」


 今回は幸運と言えた。奇襲を受けたとはいえ、相手がわざわざこちらに出向い来てて、術まで判明している。

 ならば。


「勇者にボコボコにされた人間として資料にし――」


 パン


 突如として乾いた発砲音が響いた。


 次の瞬間、駿の身体に衝撃が奔る。

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