第3話 戦闘力190円

 夜の教室は爆笑の渦に包まれた。

 

「げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃがっはぁぁぁぁぁ!!」

「ぶおおおおわはははははははあは」

「ppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppるるるうるるるるる!!!」

 

 各々個性豊かな笑い声をチンピラ達は発していた。

 反対に、銀一郎は冷ややかな目で駿を見つめている。

 

「…………………………………」

 

 刃の無い剣を敵に向けながら、駿は吊り上げた口の端をヒクヒクと震わせ、こめかみに血管を浮かばせていた。

 

「おっさん」

「何だ」

「それ何」

「剣だろどう見ても」

「どう見ても刃が無いけど」

「折れた」

「は?」


「折れたんだよ魔王との戦いの時に!! あいつの首刎ねた瞬間にポッキリとな!! んでブワーッて光に包まれて気づいた時にゃあそこの公園でぶっ倒れてたんだ!!」

 

 駿はまくしたてるように叫んだ。王国からの要望を受け、勇者として魔王との最終決戦に挑んだ時の出来事だった。

 

「……ふーん」

 

 銀一郎が意味ありげに相槌をうつ。チンピラ達が笑い終わったのは同時だった。

 

「ぶひぃー、ぶひぃー……笑わせてもらったぜ…………」

 

 チンピラのリーダーが目端を拭い、ふぅと一息吐き、

 

「もういい、やったれや」

 

 ゆらりと幽鬼のようにチンピラ達が近づいてくる。

 

「ッ」

 

 駿はギリッと銀一郎が歯ぎしりをする音を聞いた。

 

(修羅場は体験しているが、まだ完全には慣れてないって感じか)

 

 銀一郎の経験値を値踏みする。別にロッカー少年ごときに戦闘力として期待などしていないが。

 

 四人。問題はない。

 全部自分だけでやれる。

 

「人間にゃ、それぞれ相応しい格ってのがあるんだよ」

 

 駿は柄を持っている腕を自身の真横に向ける。

 

「このカレーカップ麺の値段は一九〇円。ちょっと値上がりしてるな。不景気なもんだ」


「オラァッ!」

 

 パンチパーマの男がバットを振り上げる。

 

 

 そう言った瞬間だった。

 机に置かれたカップ麺から、その残り汁が無重力状態のように浮かび上がり、柄の口に瞬時に飛び込んで来た。

 

「おえあっ!?」

 

 パンチパーマが驚愕の声を上げる。大上段から振り下ろしたバットの一撃を駿は半身で躱した。鼻先手前をバットが掠めるほどに正確無比な回避であった。

 

 そして、まだ地面に到達していないバットを持つ手に向かって、駿は柄を切り上げる。

 

 ゴカン。

 

 乾いた金属音が鳴る。地面に「落下」したバットの持ち手には、切断された手首がついていた。

 

「えっ? ??? ホッ?」

 

 パンチパーマが間の抜けた様子で自身の先が無くなった腕を見つめる。

 次に吹き出し初めた鮮血、そして痛みを自覚し、叫んだ。

 

「あっぎゃああああああぁぁぁぁ!!!」

「なっ、なんだコイツゥ!?」

 

 その様を見て、他のチンピラ達が驚愕する。

 理解不能な出来事によりパニックになった人間には様々な反応があるが、大別すれば「逃げる」か「自棄」になるかだ。

 彼らの場合は後者だった。

 

「うおおおあああああ」

 

 両手でナイフを構えて、今度はグラサンの男が駿に突撃してくる。

 

「単純すぎる」

 

 駿は柄を横薙ぎに振るう。ナイフに横から衝撃が走り、キンと甲高い金属音が鳴る。

 グラサンが前のめりになって大きく体勢を崩したところを、駿は踏み込んで片膝蹴りでみぞおちに打ち込む。

 

「ぼごっ」

 

 肺からヤニ臭い空気を絞り出し、グラサンは崩れ落ちた。

 瞬時に二人。圧倒的であった。

 

「い、一体、何だってんだよぉ」

 

 チンピラのリーダーは青ざめた顔で震えていた。駿……正確には、剣の柄。その先にあるものを見て。


 刃だった。先程は影も形もなかった柄のみの剣には、数センチほどの刃があったのだ。

 しかし、それ以上に奇妙なのは、それは形こそ刃を成していたが、その質感はどう見ても液体であった。しかも、濃い茶色の液体。そう、まるで――。

 

「自慢になるぞ? 多分、人類初で最後だ。カップ麺の汁に斬り刻まれるなんてな」

 

 星の万物を操る剣。折れたとて、その煌煌はたる威厳は潰えず。

 水……つまり残り汁を剣に吸収し操り、刃とした。

 魔王を伏せた聖剣の末後としては少々酷な扱いだが、愚にもつかない連中にはむしろおあつらえむきであった。

 

「ク、クソッ、ガキだ! ガキの方をやぶっべぇぇっ!!」

 

 リーダーが言い終わる前に、彼の上半身に飛来したロッカーが直撃した。

 

「いやいや、オイオイオイ」

 

 マジかよ、と駿が銀一郎の方を見る。上半身を捻って、足を上げた体制だった。

 先程、自分が寝ていたロッカーを蹴飛ばしたのだ。あの細身のどこにそんな力があったのか。

 

(いや、まさか……あのロッカー)

 

「はぁっ!!」

 

 銀一郎は勢いを殺さず最後に残ったチンピラに向かって疾駆する。

 

「にゅ、にゅわああああ!」

 

 相手は完全に浮足立ち、もはやただの的でしかなかった。

 銀一郎は机を土台にしてジャンプし、スキンヘッドの男の顔面横から思い切り蹴りを入れた。

 

「pooooOOOOoooooOOOOOooooooOOOうううぅぅぅ」

 

 断末魔(?)を上げ回転しながら地面に沈み、昏倒。これで四人。

 

(――なかなかやるな)

 

 駿は心の中で銀一郎を称賛した。

 緊張こそしてはいたが、思い切りはいい。やはり、修羅場は何度か潜ってきたのだろう。

 

「はぁっ……終わり。楽勝、ラクショー」

 

 銀一郎は言いながら放り投げたロッカーを回収し、自分の側に立てた。

 

「フッ」

 

 駿は鼻で笑った。

 

「あ? なんだよ、おっさん」

「いや……」

 

 見込みはあるが、まだまだと言った所か。

 駿は誰もいない廊下に向かって、声を上げた。

 

「出てこいよ。わかってる」

「えっ」

 

 銀一郎が驚いていると、ほどなく廊下から人影が一つ、ゆっくりと教室に入ってきた。チンピラの仲間だった。白スーツを着た男は、震える下唇を噛み締めながら拳銃を持ち、駿に向かって突きつけている。

 

「ッ…………!」

「ちゃんと数は言ったぞ。大人の言う事は聞いとけ」

 

 チンピラ達が来る直前、駿は「四……いや、五人」と言っていた。最初に教室に入ってきたのは四人。奇襲の為に一人、教室外に待機させていたのだろう。多少は頭の回る連中だったらしい。

 

「いや、しかし銃か……」

 

 駿は銃口が自分に向いているにも関わらず、興味深げにそれを観察していた。

 数え切れない鉄火場をくぐり抜けた駿でも、異世界に存在しなかった銃を見るのは初めてだ。

 弩弓に近いと言えば近いが、爆発が生み出す速度と威力は比べ物にならないだろう。

 とはいえ、それも当たらなければ良いだけのこと――。

 恐怖で怯えているとはいえ、狙いはしっかりと駿に定めている。引き金が動く瞬間に身を屈めながら回避し、一気に懐に入り込むか。

 

 そう考えていた時だった。

 

「やめろっ!」

「なにっ!?」

 

 駿は呆気にとられた。銀一郎がロッカーを盾にしながら、射線上に躍り出たのだ。

 

 次の瞬間、発砲音。

 

 普通、ロッカーで弾丸を防げるかは駿にはわからないが、今回に限っては確信があった。

 ロッカーに弾丸がめり込み、広げた布を指で押し込むように歪んでいく。

 弾丸の勢いが止んだ。

 しかし、駿はこれだけで終わらない事を知っている。

 変形したロッカーが、瞬時に、押さえつけられたバネが反発するかのように元に戻った。

 同時に、今度はロッカーから弾丸がカタパルトの如く射出される。

 それは白スーツの頬を掠め、後ろの壁に穴を開けた。

 

「あ、ああ……」

 

 白スーツがその場でへたり込む。もはや戦意は完全に消え失せていた。

 銀一郎はロッカーを開けて、中にぶら下げられていたポーチから包帯を取り出し、腰が抜けたチンピラへと放り投げた。

 

「ほら、それで腕切られた奴の血止めてやって。わかったでしょ? このおっさん、おっかないから」

「う、うう」

「後は救急車呼ぶなり逃げるなりしなよ」

「おい、勝手に――」

 

 駿の抗議を銀一郎は意に介さず続ける。

 

「ほら、早く行きな」

 

 チンピラはこくこくとうなずくと、片腕を失った仲間を背負ってそそくさと逃げていった。伸びている他の三人は放置されたが、後で仲間か誰かが回収に来るだろう。

 

「……いいか、僕を、差し置いて、勝手に決めるな」

 

 駿は言おうとしていた言葉を語気を強めて銀一郎にぶつけた。

 それでも銀一郎の毅然とした態度は変わらない。

 

「理由はわかんないけど、居場所がバレてるんだ。追手がこいつらだけだって保証もない。どっちにしろ、ここは離脱しないとダメだよ」

「……ム」

 

 少し腹立たしいが、銀一郎の意見に反論の余地はなかった。狙われている以上、一箇所に留まるのは危うい。

 

「だが、これ以上好きに行動されるのは御免だ。さっきだって、僕一人で全員やれたんだ。だから礼は言わないぞ」

「いいよ。仕事でやってるんだから。あんたを守るのが俺の役割。どう言われても」

「…………」

 

 仕事。

 

 銀一郎が駿を守るのは仕事だと彼は言う。しかし、何の仕事だというのか。

 見知った世界だというのに、まるで理解できない事ばかりだった。


 いきなり戻された世界。

 駿を『保管』しに来たと言う銀一郎。

 そして、通常の規格では考えられない挙動をするロッカー。

 心がざわつく。予想がつかない。自分は一体何に向かおうとしているのか?

 

「なぁ……そろそろ教えてくれ銀一郎。お前は一体、何者で、何故僕を守ろうと刃の中に浮いてる謎肉を取ろうとするな!!」

 

 アヴリーバウのカレー汁の中にうっすら見えているサイコロ肉を、銀一郎は真剣な眼差しを向けながら指でつまもうとしていた。

 

「はぁ!? 食わないのもったいないじゃん!」

「みっともないからやめろ! それにさっきチンピラの腕切ったから血混じってるかもしれんぞ」

「うわいらん」

 

 ベーと怪訝そうに舌を出して銀一郎は即座にアヴリーバウから離れた。

 そして少し変な空気が流れた後、おもむろに切り出す。

 

「『保管人』。それが俺の仕事。じいちゃんから引き継いだ」

「保管って……何を?」

「依頼された人や物品。それから……白詞晶はくししょう

「な……!?」

 

 駿は驚愕の声を漏らした。

 白詞晶はくししょう

 それは駿が訪れた異世界において、術式――いわゆる「魔法」を使う為に必要なものだったからだ。


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