第23話 記憶の底にある歌 〜紅葉〜

 二日目の夜がきた。

 今宵の桜華楼も座敷からは賑やかな民謡が聴こえる。あれは池本さんの歌だな。幇間ほうかんの仕事から離れて今は水揚げをしている俺だが、桜の座敷にて紅葉もみじを待つ間、実はまたとある歌詞が浮かんだ。

 困った事に歌詞をしたためる紙がない。ここは誰かに紙と万年筆を持ってきて貰うか。


「若い衆! 誰かいないのか?」

「へい! これは零無レムの旦那!」

友吉ともきちか。丁度良かったよ」

「なんでしょうか?」

「俺の部屋にある雑記帳を持ってきてくれないか? 後は万年筆も」

「へ、へい! 分かりました、持ってきます」


 新しい演物をやった時にまた流行歌を思い出すかも知れないので、空いた時間を使って雑記帳を購入しておいたのだ。

 とりあえず何か書ける紙があればいいから雑記帳で構わないと思った。

 数分後、友吉が俺の部屋からその雑記帳と万年筆を持ってきてくれた。


「旦那。失礼致します。この二つで宜しいのですか?」

「そうそう。ありがとう、友吉」

「その雑記帳は零無の旦那がネタを出す時に書き込むものですね。何か新しい歌詞でも浮かんだのですか?」

「ああ。しばらく仕事から離れたらいい歌詞が浮かんでね」


 雑記帳にその歌詞を書き込む。

 友吉はそろそろ紅葉が来るから水揚げがおざなりにならないように注意したよ。


「そろそろ紅葉が来るんで、水揚げの方も宜しく頼みますよ。零無の旦那。あっしらも零無の旦那の歌は楽しみですが、水揚げも大事な行事なので」

「わかっているよ」


 雑記帳に歌詞を書き込む間に紅葉が桜の座敷にきた。

 何やら紅葉は俺の真剣そうな顔を観て思った事があった様子だ。


「こんばんはでありんす。零無さん。何を書いているのですか?」

「やあ、こんばんは。ちょっとね、歌の歌詞を書いていたんだ」

「零無さん、歌を嗜んでいたのですか?」

「和歌とかそっちではないけどね。流行歌って知っているかい?」

「流行歌ですか? 桜華楼でも何回かそういうの聞いた事はあります」

「その流行歌の歌詞を書いていたんだ」


 歌詞をしたためた後は紅葉との会話に興じる。

 今夜は彼女を一時の恋人と想って色々話してみる事にしたのだ。

 彼女との会話をしながら、御膳に盛られた夕飯を食べる。

 酒の肴も運ばれてきた。

 紅葉は先程書き込んでいた歌詞を知りたい様子だった。

 吉原の遊女達は皆、読み書きはできる。なら俺の文字も読めるということかな。


「どんな歌詞なんですか? 拝見したいです。私」

「見てみるかい?」


【歌 題名 君は誰?】



俺の歌が 俺の声が 聞こえますか 

君の歌が 君の声が 聴こえるといいな

時代の端っこで 叫ぶ 今でも聞こえてる


こんな夜は薄っぺらなどんな愛の歌も

聴くたびに青い空が剥がれて落ちる

行かないで 行かないでよ

記憶の向こうへ

知りすぎず 美しさだけ

俺は覚えている


寂しい愛の歌さ 悲しい愛の歌さ

君だけに 君だけを 愛していた


君の声が 君の歌が 聴こえるといいな

切り裂く風 君を呼んで 手を掲げる

時代の端っこで 叫ぶ

本当に君を好きでした


言わないで 言わないでくれよ

本当の事は 今はただ 愛しい日々の

歌を詠もうか

行かないで 行かないでくれよ

記憶の彼方へ

美しい後ろ姿だけが

この目に焼き付いている


さよなら 消せないのさ

悲しみ 捨てられないのさ

君は誰 君は誰 心に刻まれてる

さよなら 消せないのさ

さよなら 消せない歌

君だけを 君だけを 愛していた


こんな夜は薄っぺらなどんな愛の歌も

聴くたびに 想い出す空 剥がれて落ちる

行かないで 行かないでよ

忘れないでね 今は何処で愛してるかな

誰かの声を

 

悲しい愛の歌も 寂しい愛の歌も

空しく空回りしているのさ

さよなら 消せない歌 

寂しい 消せない歌

だけど 俺は唄い続ける


【終わり】


「ちょっと悲しい歌詞ですね。零無さんがうなされているのはこの人の事ですか?」

「たぶん、そうだと思う……。女々しく映らないかな?」

「いいえ、そんなことないです」

「なぁ、紅葉。今夜は俺の話を聞いてくれないか?」

「聴かせてください……私で良ければ」

「御膳を片付けて貰おうか?」

「友吉さん! 御膳を片付けておくんなんし」

「へい。そろそろ床入りしますか? 旦那」

「ああ。準備をさせてくれ」

「では、トイレに案内させて頂きますね。紅葉さん、お仕度です」

「はい……」


 今夜でとりあえず水揚げの儀式は終わるという事で友吉から稲葉諒さんからの指示がきた様子だった。

 厠にて指示を聞く。


「今夜で水揚げの儀式は終了です。本格的に零無さんの性技を見せてやれとの指示です」

「いいんだな? 本当に? 紅葉が嫌がるかも知れないが」

「嫌がったら教えてやってください。お妙さんの言葉は覚えてますか?」

「確か……ことさらその時は女性上位になって喘ぐって聞いたような……」

「それを紅葉に仕込んでください。有効な床技なんですよ」

「それからまさかとは思いますが接吻はしてませんよね? 零無さん」

「それはしてない。心を許した者としか遊女はしないのだろう? 俺も接吻は心を許した人としたいしな……」

「一応、接吻も禁じ手なので」

「了解だ。気を付けるよ」


 奥座敷では紅葉が紅い襦袢姿で待っていた。

 俺も着物から浴衣姿になって、紅葉との二夜目を始める。

 そっと後ろに回ると俺は紅葉を後ろから抱きしめて彼女の首筋を唇でなぞりながら、その手を襦袢の中へ侵入させる。

 

「緊張するかい……?」

「零無さん……」

「今夜で一応俺と君は離れる。君を感じさせて欲しい……」

「アッ……アッ……」


 襦袢の後ろの乳房を愛撫する。薄紅色の乳首を弄る。左手は彼女の聖域へ降りていく。

 なるべく柔らかい指捌きでそこを濡らす。

 紅葉が顔を上げて喘いだ。


「零無さん……! すごい……っ。感じちゃう……感じちゃうよぉ……」

「嫌かい? もっと喘いで? 紅葉…?」

「俺の悲しみを癒やしておくれ……紅葉……?」


 襦袢を思わず外した。

 薄暗い部屋にまるで雪のように白い肌が艶めかしく見えた。

 背中の筋を舌先で舐める。

 そのままうつ伏せで布団に横だわせる。

 後ろから俺が覆いかぶさる。

 左手の聖域から紅葉の愛液を感じる。

 今度はそこを執拗に優しく責める。

 甘いため息を俺は漏らして浴衣を外して素肌を重ねた。

 唇は自然と肩をさまよう。

 紅葉は感じてはならない快楽を感じて綺麗に喘ぐ。

 

「零無さんの指……器用……っ。気持ちよくなっちゃう……っ。アッ…アッ…すごい……!」

「感じるかい…? 俺の息子が君のここにいるよ」

「アン……今にも入りそう…!」

「俺に体を預けてみなよ。ゆっくり君の花びらを咲かしてあげるよ」


 俺の右手は紅葉のふくらみを揉んで左手は息子を掴んで彼女の花びらへ入れる。

 それにしても何て柔らかさなんだ?

 吉原の振袖新造のここはまさに名器だった。

 否が応でも俺の脳にも快楽が刻み込まれる。

 腰を回す。

 腕を絡めて紅葉の体を揺する。

 紅葉は綺麗に喘いで俺の顔を自分の顔に寄せる。

 演技とは思えない程の悦楽に浸る紅葉。

 俺は今度は紅葉を抱えたままで仰向けに倒れる。

 そのまま少し彼女の中で休む……。


「紅葉……もう慣れたんだね……俺に。ここは俺を逃さないように包み込む……」

「今夜の零無さん……激しい……っ」

「俺の悲しみを埋めてくれ……紅葉」

「アッ……アッ……深くっ……きてる」

「紅葉。しつこいと思ったら君が上になって俺を絶頂に導くんだ」


 紅葉は少し辛そうな表情で一旦、俺を抜くと、また自らの咲き誇る花びらへ入れて、腰を少しずつ動かし始める。

 俺が手のひらで胸を揺すりながら親指で乳首を弄る。

 紅葉は苦悶しながら俺を絶頂へ導く。

 ああ……俺の悲しみが快楽で満たされるよ。

 襦袢を脱がされて全裸の彼女は最後は俺を絶頂に導いて、彼女も悦楽に浸るように声を上げて、俺が果てる事で水揚げの儀式は終わった。

 お互いに放心としていた間が何とも言えない余韻に思えて仕方ない。

 最後に俺は紅葉を仰向けに寝かせると挨拶として激しく胸を貪る。

 そして心地よい疲れを感じて眠りに落ちた俺だった……。


「零無さん……最初の相手があなたで良かった……」


 ぐっすりと寝息を立てる零無に紅葉は最後、そっと唇を重ねた。

 そして後始末へと向かう為にトイレに立って、吉原の春の宵は更けていく。

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