がぶがぶ/26 復讐の在処
(そもそもさぁ……、なんでその二択なワケ?? なんで誰も得しない選択肢しかないの??)
これまでの鬱々とした抑圧を発散するように、吉久はフツフツと怒りを沸き上がらせる。
思い詰めていた自分をブン殴りたい、なんでこんなに思い悩まなければならないのか。
「…………はぁ~~~~、僕も大概だけどさぁ。君も結構なメンヘラだよね」
「吉久君?」
「そもそもの話さ、何を勝手に諦めてるんだい? 心が疲れた? いや疲れたなら休もうよ、回復するまで距離を置くとかさ、色々出来ることがまだあるよね??」
「吉久君??」
急に態度を変えた彼に、初雪は困惑しかない。
今の流れならば、もう終わるしか無い筈だ。
それともこれは、彼なりの最後の足掻きなのだろうか。
「ええっと……コホン、私を殺すことに罪悪感があるならずっと私を覚えていて、誰とも結婚しないで一生引きずって生きていてください」
「いや殺さないし君としか結婚しないし、というかさ君は誰の女になったと思ってるの? 君を脅迫して陵辱した卑怯な男の女だよ? 勝手に病んで殺してとかさ、あり得ないでしょ」
「何を開き直ってるんですかッ!? そうしたのは吉久君でしょうッ!? 本当の本当に限界で自分でも訳が分からなくなってだから、だから貴方を傷つけないようにでも一生残る傷をとッ!!」
「うーん、どうせなら生きて僕を苦しめてどうぞ?」
真顔で言い放った吉久に、初雪の精神も息を吹き返す。
この男は本当にどうして思い通りにならないのだろうか、どうしてこの状況で元に戻れるのだろうか。
「それが出来ない程に疲れているから殺してって頼んでいるんでしょうがッ!!」
「はっきり言ってやる、答えはノーだっ!! まったくさぁ良くもやってくれたよね。いきなり拉致監禁して混乱している所に殴り合いで挙げ句の果てに殺してくれって? 危うく雰囲気に流される所だったよ」
「殴り合いにしたのは吉久君の方ですし、私への愛があるから先程まで殺すかどうか葛藤してくれていたのでは?」
「でもそれって、僕は何も得しないよね? 君だって何も得しないよね? 何で逃げの一手で諸共に破滅しなきゃいけないの?」
「貴方が私を追いつめたからでは??」
開き直った吉久と、それでもと望む初雪。
議論は平行線を辿るかと思われた、だが。
今の吉久は以前と同じ彼ではない、精神にかかった負荷を弾き飛ばした新たなる吉久だ。
だから。
「そこだよね、僕は君を追いつめた。それは確かだ」
「分かってるなら――」
「――じゃあ、何故追いつめる事になったのか」
「そ、それは、貴方が憎くて、でも愛していて……こんなの“普通”の幸せでは……」
「そう、多分ね、そこなんだよ」
うんうんと吉久は頷いた、今の彼には何が何でもやり遂げるという覚悟が産まれている。
それは、陵辱を決意したその時のそれに似ていたが。
違うことは、初雪に対する覚悟も決めた事だ。
「まったく……笑っちゃうよね。僕はまだ足りなかったんだ、僕の想いすら踏みにじる覚悟が足りなかった」
「…………吉久、君?」
くつくつと笑う彼に、初雪は戸惑いを隠せない。
吉久はちらりと机の上の写真立てを見ると、満足そうに頷き。
(――――加害者は被害者に何が出来る、か)
あの時、紗楽が答えた言葉。
加害者が出来る事はひとつ、被害者の復讐を受け止める事。
あの時はそんなものだと流したが、今ならはっきりと理解できる。
(そうだっ! 嗚呼、なんて簡単なコトだったんだろうっ! ははっ!! こうすれば良かったんだっ!!)
己はまだ、全てを捨ててまで初雪を陵辱してなかったのだ。
「ねぇ初雪さん、僕は君を神聖視し過ぎていたんだ」
「私を脅迫して犯し性奴隷にする程には、そうなのでしょうね」
「何よりも綺麗で、輝いていて、尊く思えた、だから汚したいし汚したくなかった、誰かに取られる前に自分のモノにしたかったし、でも独占する事は嫌だった」
「……矛盾」
「その矛盾こそ、嗚呼、僕は自分自身で踏みにじらなければいけなかったのに、そうしてこそ本当に君を堕とすコトを意味していたのにさ」
「矛盾を踏みにじる?」
初雪には吉久が何を言っているか理解できなかった、だが事態が違う方向へ行っているのを肌で感じ取って。
(嗚呼、――こんな吉久君を期待してたのかもしれません)
心が踊り始める、甘く高鳴り始める、きっと彼は初雪が考えつかない方法で状況を壊してくれる。
都合の良い妄想とも直感ともつかない何かを、彼女は確信した。
だから告げる、彼と彼女の間にある壁、それは。
「私と貴方は被害者と加害者、だからこそ産まれた苦しみは吉久君がご自身の心を踏みにじった所で解決するのですか?」
「解決出来る、だってまだ僕は君に何一つ償っていない、そして君の存在を堕としていない」
「…………陵辱の罪を償うと言って、私の存在を貶めすと? それこそ矛盾の固まりではありませんか」
「違うね、君はそれを愛と呼んだ。そうだろう?」
「それは――――ッ」
反論する言葉が出てこない、確かに初雪は吉久のそれを愛だと受け取った、言った。
背筋がゾクリと震える、嫌な予感がする。
その衝動のままに、初雪は吉久に問いかけた。
「罪を償うとは? 私を堕とすとは? いったい何をしようと言うんですかッ!!」
「簡単なコトだよ、――君は僕に復讐するんだ」
「復讐ッ!? 貴方を警察に通報しろとでも言うのですか? まだそんな事を考えて――」
「違うよ、それは僕が望んだ罰であって君の復讐じゃない」
「では何だと言うんですッ!!」
「僕らは対等じゃない、だから“普通”にしようとして心が行き止まりになった。だから対等になるんだ今から」
吉久は心の中で紗楽に感謝の念を送った、彼女の言葉がなければ。
この決断は下せなかった、そして初雪にも感謝した。
彼女がこの状況を作り出さなければ、本当に手遅れになっていたのかもしれない。
「ここでクイズだよ初雪、僕が捨てて、君に残されている尊厳ってなーんだ?」
「ふざけているのですかッ!!」
「悲しいなぁ僕は真面目だよ、ヒントはさっき言ったから、はい解答をどうぞ?」
楽しそうな吉久は、しかして譲れない空気を出していて。
初雪は彼を睨むと、仕方なしに考え始める。
(ヒント……先程の会話の中……普通、復讐、償い、被害者と加害者……対等……)
初雪は被害者で、吉久は加害者だ、だから復讐を、罪を償わなければ対等にならない。
そして、吉久が捨てた尊厳、初雪に残された尊厳とは何か。
(――――私に何が残されているのでしょうか、身も心も汚され染め上げられて、罪深い陵辱者に愛情すら覚えてしまった)
愛、それは両方共が持っている、彼は犯罪を犯してでも初雪を求める愛があって。
その時、彼女はビクリと体を震わせた。
もしかして、もしかすると。
「…………人としての、尊厳、罪、――犯罪?」
「正解、そう犯罪行為だ。嗚呼、そうだ僕は犯罪者だっ!! そして君は哀れで可哀想な被害者っ!! そう僕は復讐されなければならないっ!! そして君は僕に復讐しなければならない――――その手を汚してでもだっ!!」
「ッ!?」
「ねぇ初雪さん、僕と君が対等になるにはさ。――この薄汚い犯罪者と同じく、君も犯罪者になれば良いと思わないかい?」
「わ、私に罪を犯せと言うのですかッ!?」
「そうだ、――君が僕を愛しているというなら、君も犯罪者になれ」
どこまでも身勝手な提案、しかし初雪の心は。
屈辱の憎悪と、愛しさによる歓喜で渦を巻き始めたのだった。
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