がぶがぶ/3 鳴り響くベル


 一条寺初雪という女の子に出逢ったのは、入学式の時だった。

 壇上で挨拶する彼女の柔らかな笑顔に、胸が苦しくなる程の目眩を覚えたのを今でもはっきり覚えている。


(こんな綺麗な顔で笑う人っているんだ……)


 外部から入ってきた吉久と違い、彼女は付属幼稚園からのエスカレーター組。

 それ故に、少し問いかけただけで周囲から膨大な量の情報が入ってくる。


(へぇ……、理事長の一人娘で大切に育てられた箱入り娘、誰にでも優しく、規律正しい。学園の聖女様って呼ばれてるのも頷ける話だなぁ)


 転んで怪我した者を見かけたら、率先して手を差し伸べ。

 成績が悪い者がいると耳にしたら、勉強会を開く。

 喧嘩が起これば駆けつけて、両者を見事にノックアウト。

 恋や家庭問題にも手を貸し、皆に慕われている。


(マジで完璧だ、貧乏育ちの僕とは世界が違う……)


 家柄も、容姿も優れていれば、性格や成績もまた申し分ない。


(ま、接点なんて無いしね。僕は外から見るだけで十分さ)


 何もかもが釣り合ってない、だから気持ちに蓋をして。

 特待生を維持できるように勉強に励む中、時折、彼女の横顔を遠くから見るのが幸せだった。

 でも、だからだろうか。


(――――なんだろうね、一条寺さんは確かに笑ってるのに……少し、寂しそうな時があるのは)


 それが、本格的に彼女を好きになり始めた切っ掛けだろう。

 でも、どこで間違えたのか。


(隠れて写真売ってたアイツが一線を越えた時に、頑張って止めた時? それとも、彼女を調べ始めた時? 或いは……元々そういう性質だったのかな僕って)


 それまで平凡そのものだった吉久の歯車は、突如壊れた。

 自然と壊れたのか、自分の意志で壊したのかはもう分からない。

 だが、その時は訪れた。


「――ははっ、ははははははは!! これで君は僕のモノだ一乗寺さん、いや今後は僕の性奴隷になるんだから名前で呼ぶことにするよ」


「ぁ、い、いゃぁ……、も、もう酷いことしないでぇ……」


 日が落ちて月明かりが照らす教室に、制服を破かれ、股間から白濁液を垂れ流し倒れ伏す彼女が居た。


(嘘だろ、この短時間で何回も出したのに……勃起が止まらないぐらいエロいって。――くくっ、楽しみがいがあるなぁ……!!)


 ながい銀髪は火照った体に張り付き、泣きはらして腫れた目元は、嗜虐をそそり。

 白い肌は汗で美しさを際だたせ、その大きな乳房には吉久の手の痕や噛み痕が、もちろん首筋や腕、臀部にいたるまで激しい陵辱の痕が残っている。

 ――男として征服したのだ、この極上の女を。


「どうして……はァ、あ、ん……こ、こんな、酷い事が出来るの、です、か……?」


「酷い事? あんなに嫌がってたのにさ、散々イキちらかしてたのは誰だい? スマホで撮ってあるから一緒に見ようか? 幻滅したなぁ、童貞の僕に良いようにイカされるなんてさ、気分はどう? 自分の視界にすら入らなかった底辺の男に犯された気持ちを教えてよ聖女様?」


 挑発する様に、嘲るように出された言葉に。

 初雪は眉根をきゅっと寄せて、まっすぐに視線を合わせ気丈に言い返す。


「~~ッ、はァ、んッ……――、こ、今回の事は誰にも言いません、脅迫に狼狽えて隙を見せた私が悪いのです」


「へぇ、まだそんな風に口がきけるんだ。さっすが初雪さんだね」


「だから、……貴方の心が壊れる前に、これでお終いにしてください竹清君。本当の貴方はこんな事をする人じゃない筈です、だから――――」


「…………僕の心配までしてさ、心の底から自分が聖女とでも思ってるワケ? ふざけんなっ!! そういう所が苛立つんだよ君はさぁっ!!」


「そ、そんなつもりじゃ――――ッ!? あ、ああッ、も、アァッ、また大きく~~~~ッ!!」


 そこから、半年にも渡る陵辱と調教の日々が始まった。

 皆の憧れの人物を独占し、隠れて淫行に耽る日々。

 すぐに初雪の体も快楽に慣れて、まるで最初から吉久の為だけに存在していたかの様に変化していった。

 けれど心は、堕ちていく体に反してその精神の輝きだけは失わず。


(どうして……どうして初雪は……っ!! なんで以前と変わらず笑えてるんだっ、なんで僕に優しくする、僕を気遣うっ、君は被害者で僕は加害者なんだぞ? ~~~~~~っ、嗚呼、嗚呼、嗚呼、そんな風にさ、恋人みたいに振る舞わないでくれっ!!)


 最初に犯してから四ヶ月経過した頃、彼女は通い妻のように私生活では吉久の世話を焼き始めた。

 機嫌良さそうにエプロンを付けては、部屋の掃除をしたり料理を作ったりする。

 学校でも時間を作り吉久に会いに来ては、誰も見ていない所では静かに寄り添い頬を赤く染める。


(違うっ、違う違う違うっ!! 違うだろう!! 君は僕を恨んで復讐するべきなんだよっ! 気づいているのか? 学園の皆の前で笑ってる時が減ってるんだぞ? 誰かを自分から助けようとしてないし、違う、こんなの違うっ!!)


 気が狂いそうだった、その精神の輝きは失われていないのに。

 彼女は自分にだけ微笑む、自分にだけ優しくする。

 まるで性奴隷こそ本当の自分だと、吉久の拗れた愛情を受ける事こそが本懐だと。


(僕は……僕はただ、君の輝きを見たかっただけなんだ、どんなに汚されても屈しない、誰にでも優しい笑顔が素敵な君が好きなんだよ……)


 初雪への憧れと壊れた恋愛感情に押しつぶされ、精神が追いつめられて行く中。

 吉久は決意した、今だけじゃない未来も奪うのだと。


(はっ、将来は幸せな家庭を持って普通に暮らしたい? 聖女じゃない自分を見てくれる人と? ――ふざけんなよ? 君は僕の、僕だけの聖女なんだ)


 他の誰にも渡さない、普通の幸せなんて一生訪れないのだと。

 もし己以外と結婚しても、その結婚式はトラウマになるようにと。

 吉久は準備をした。


(ははっ、ここまですればさぁ初雪だって――)


 飴がついてる玩具の指輪と、犬用の首輪とリード。

 それでいて、本物の純白のウェディングドレス。

 生きていく上で必要ない物を全て売り、アルバイトを増やし、同級生の伝手を頼り、土下座なんて安いものだ。


 だが。

 初雪は喜んだ、涙を流して感謝した。

 夢が叶ったと言うのだ、ウェディングドレスは無惨に破られ、前の穴も後ろの穴もドロドロに犯されて。

 精液まみれの飴付きの指輪を美味しそうに舐め、残ったリングを大切そうに握りしめる。


(駄目、だ……もう、駄目なんだ。僕はもう……初雪さんを汚せない、壊せない。こんな優しい人を、犯しちゃいけないんだ――――)


 性も根も尽き果てて、吉久は決断する。

 あんなに好きだった初雪の笑顔が怖かった、その優しく労る声色が重くのしかかった。

 愛おしそうに見つめる青い瞳に、背筋が凍る思いをした。

 指輪の交換の代わりに、と甘噛みされた左手薬指の根本が妙に寒い。

 だから。


「これ、今まで撮ったデータと脅迫に使った材料。――初雪さん、君を僕から解放するよ。もう僕に抱かれなくて良い、自由の身だ。通報してくれて構わない、だから……この部屋から出て行ってくれ、もう僕の前から消えてくれ、……勝手な言いぐさだけどさ、君の幸せを祈ってる」


「――――――……………………ぇ」


 そうして、半年にも及ぶ日々は終わった。

 吉久は表面上、普通に暮らしてたが内心はいつ警察に捕まるかと怯えて暮らして。

 でも、それで少しでも償えるなら、彼女が元に戻るならと飲み込んでその時を待つ。

 ――だが、待てど暮らせどその時は来なかった。


「お久しぶりですね吉久君、あれから三ヶ月ですか? ふふッ、意地悪ですね貴方は。遠くから視線を

送ってくるだけで本当に何もしてこないなんて」


「どう、して…………――――?」


 三ヶ月後、初雪は彼の前に再び現れるようになった。

 そして決まって、責任を取って恋人に、将来は夫婦になれと告げる。

 吉久の発言の有無に関わらず、彼女は以前より強く噛み痕を残すようになって――――。





「………………訳が分からないよ、どうして僕なんかを」


 無事に寮に戻った吉久は、鍵をかけながら嘆息する。

 寮と言っても、実際は学園が借りているマンションの一室。

 幸か不幸か、裕福な生徒が多いアングレカム学園では部屋を貸し出されているのは彼だけで。


「今思えば、隣に他の生徒がいたら実行しなかったかもなぁ」


 良くも悪くも、状況が整っていたのだ。

 初雪が通っても噂にならず、寝室の防音もしっかりしているのか彼女がどれだけ嬌声をあげても苦情は来ず。

 一人で罪と向き合うには、ぴったりな環境とも言える。


「…………でも差し当たっては、金策かなぁ。セックスの時に使ってたアダルトグッズ、使用済みでも売れるのかな、もう使わないし、でもお金かけた分は少しでも……うーん、フリマアプリ使っても買う人居るのか??」


 未練か或いは罪の象徴としてか、彼自身でも分からぬ感情で残してた物品を少しでも金銭に変えようと思案していた時であった。

 ぴんぽーん、と呼び鈴が鳴る。


「――――誰だろ? 宅配便? 何かを買う余裕なんてないし、親父達の方も何かを送ってくる余裕なんてなさそうだし」


 回覧板だろうか、とアレコレ考えながら扉を開けようとし。

 ふと気になって、ドアスコープを覗きこむ。

 そこには。


「~~~~~~~~~~ひぃっ!?」


 思わず大声で叫びそうになった、よくぞ堪えたものだと吉久は自画自賛して。

 そしてバクバクと大きく鳴る心臓を上から押さえながら、恐る恐るもう一度覗く。

 そこには、やはり。


(初雪さんが居るぅ~~~~~~っ!? は? え? なんで?? どうしてっ!?)


 これは居留守を使うしかない、もし彼女の背後に警察官が居たなら喜んで招き入れただろうが。

 ドアの外には初雪が一人、しかも大きく息を乱し鬼の形相で立っている。

 吉久は思わず寝室のベッドに潜り込み、耳を両手で塞いで。


(はやっ、早くっ、早く帰ってよ初雪さん!!)


 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ご丁寧に等間隔で鳴り響くベル、それは絶え間なく続き。


(しつこいっ、どうして帰らないんだよ!! 居ないって分かれよ!!)


 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。


 ベルが一度途切れ、吉久のスマホが勝手に通話を開く。

 慌てて電源ボタンを押しても切れず、画面をタップしても操作を受け付けない。


(そんなっ、いつから仕込まれたんだよっ!?)


『――――居るんでしょう吉久君? GPSでそこに居るのは判ってるんですよ?』


(~~~~~~~~~~っ!?)


 吉久は激しく恐怖した、そこまでするのかと。

 もうどうすれば良いか分からない、彼に出来るのはただ怯える事だけだ。


 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。


 がちゃ、がちゃ、がちゃ。

 がちゃ、がちゃ、がちゃ。


 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。

 ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽーん。


(帰ってっ、頼むから帰ってくれ!!)


『――――――嗚呼、そうでしたね。忘れていました、合い鍵を持ち歩いているんでした。毎日大切に持っているのにいざとなれば忘れるだとか、少し頭に血が上っていたみたいですね』


(しまったぁああああああああああああああっ!? というか今、毎日大切に持ってるとか言った!? というか渡した覚え無いんだけど!? 僕、一回も君に合い鍵なんて渡してないよね?? どういうコト!?)


 恐怖と困惑に陥る吉久、同時に一瞬だけ静まりかえり。

 ――かちゃん。

 ギィと扉の開く音が一つ。

 続いて、がちゃん、かたんと鍵と防犯ロックが閉まる音も一つづつ。


(っ!? はぁ、はぁ、はぁ、っ、ぁ、く、来るっ、入ってくる、来たっ、何のためにっ、どうしてっ!?)


 すたすた、すたすた。

 足音は近づき、止まり、コンコンとノックの音。

 ガタガタと青い顔で震える吉久は、必死に息を押し殺し。

 気づかれてはいけない、今までこんな事は一度だって無かった。

 殺されるのか、とうとう殺されるのか、だがそれならば受け入れるべきだ。

 しかし、――怖いものは怖い。


「吉久君? そこに居るんでしょう?」


(居ない居ない居ないっ、居ないから帰って!!)


「うふふッ、相変わらず焦らすのが好きなんですね。……でも堪え性の無い女でごめんなさい、開けますよ」


 そして。


「――――ほら、やっぱり、いましたね」


「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」


 吉久は、盛大に声無き叫びをあげたのだった。


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