第4話  勇者アッシュ?



 大樹を前にし、あまりの大きさに目を見張った。


 そして大樹自身の幹でできた岩場のような階段を登り始めた。


 アッシュがサラに手を差し伸べた。すると急にこの世界に圧倒されていた気持ちから乙女心の領域が幅を利かせ始めた。


(アッシュ、格好いい♡)


 アッシュの手につかまり、異世界の姫キャラにでもなったかのようにサラは幹を登った。登った先には先客があちこちに転がっていた。


 ゴブリン、ゴブリン、エルフ、ゴブリン、体中の毛が青い魔獣、ゴブリン、そんな先客達だった。


 でもサラ姫には勇者アッシュがついているのだと思うと怖くはなかった。


 するとこの店の店員なのだろうか、土器のようなゴツゴツとしたカップに旨みの原液とも言えるスープを注ぎ現れた。


 ゴブリン達は待ってましたとばかりに目を輝かせ、カップを受け取ると一様に目を細め『マジックスープ』を口にした。


 一口飲むたびに肌艶が良くなっていく。


 店員の彼女には悪魔のような尖ったしっぽが生えていた。しっぽのお姉さんはくるりと向きを変えるとアッシュを見つめ不敵な笑みを漏らし、ずけずけと近づいて来た。


 サラはアッシュの背中に隠れながら、2人のやり取りを注視した。


「ふ~ん、今日は素敵なお嬢さんを連れて来たねぇ」


 アッシュはサラを守るように立ちはだかった。


「そうだ。新しい料理人のサラだ。何か不満でもあるのか」


 アッシュはしっぽのお姉さんに一歩詰め寄った。


「不満ねぇ、まぁ…あるさねぇ。アッシュ、今日はの日なのかい?」


 すると、地べたに座っていたゴブリン達が笑い出した。けっこう痛手を負っている青毛の魔獣も腹から血を吹き出しながら笑っている。


 みんな常連の客のようだ。

 

 サラは何のことか分からずアッシュに助けを求めるように腕に抱き着いた。


 アッシュは大量の汗をかいている。すると、店の奥からスキンヘッドのいかつい男性が大鍋を持って現れた。


「なんだアッシュ、またをして。自分を偽るな!」


「料理長までそんなことを言わないで下さいよ。もう少しだけサラの前でイケメンでいさせてくださいよ」


 アッシュの声が急に変わった。


 しっぽのお姉さんがサラの横にぴったりくっ着くと、肩を組んでサラをアッシュから引き離した。そしてアッシュに指を指し、驚きの言葉を口にしたのだ。


「あのね、このイケメンは仮の姿でね、本当はね…本当はねぇ…ブタなのよ~」


 アッシュはしっぽのお姉さんに跳びかかり口をふさいだ。ゴブリン達は更に盛り上がり棍棒を振り回している。


 サラはこの展開にまだついていけない。


「えっ、どういうこと?アッシュ、本当にブタなの?」


 サラはしっぽのお姉さんに馬乗りになるアッシュの目を見つめ尋ねた。


 すると、黒髪・長身・イケメンの勇者はいつの間にか、中型犬くらいの子ブタになっていた。


「うそ!あなたがアッシュの正体なの!」


 サラはへなへなと地べたに座り込んだ。


 するとそれを見ていたゴブリン達はまたまた下品に大笑いした。エルフは笑い過ぎて血を吐いている。ゴブリン達は傷口から緑のドロドロが垂れ出した。


「そんなに汚さないでよ!!」


 しっぽのお姉さんはモップを乱暴に使い、エルフやゴブリンの血液やら緑の体液を掃除している。


「私の気持ちを返してよー」


 サラの叫びが夜のビートアイランドにこだました。それに続きアッシュも叫んだ。


「イケメンに生まれたかったー」


 とんだ詐欺にあったようなサラだったが、ビートアイランドでの仕事はこうして始まったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る