第9話 共通点

 全員の脳裏に浮かび上がったのは、紛れもなく“唇”。しかもおっさんのそれだった。


 見たくもないものを見てしまい、すっかり取り乱してしまう四人。


 亮が少し笑いを堪えるような表情で眩い光を放っていた羽扇を下げると、辺りを包んでいた光は消え何事もなかったかのようにただの殺風景な控室に戻っていく。


「やっぱり、あれが見えましたか〜。これで嘘じゃないことが理解してもらえましたかね〜」


 亮の少し戯けたような口調に史龍が噛みつく。


「『見えましたか〜』じゃねえよー! お前、これは何のトリックだよ」


「だから、これはトリックではないんですよ」


「おい、亮! どうせ見せるんだったら、綺麗なお姉さんのものにしてくれ!」

またも達也の的外れだが、若干もっともな発言に呆れた冲也が呟く。

「だから、達也は黙っててくれよ」


「もう、わけがわかんない! っていうか、気色悪———っ! なんで私の頭の中にあんな物が出てくるのよーー」

小町が酷いものを見たと言わんばかりに苛立っている。その苛立ちにはまったく反応することなく亮が続けて言う。


「実は僕も少しだけ思い出したことがあるんですよ」


「亮、お主はあの唇のおっさんと何やら関係があるのか!? 甘酸っぱい感じの想い出とか、そういうあれとかがあるというのか? 一体どういう!? まさか! そういう関係なのかー!?」

達也が愕いたように、というより案の定、的外れな妄想、否、想像をぶつける。


「・・・・・・・・・・」


 その質問にもまったく触れることなく少し間をおいて亮は淡々と続ける。


「とにかく皆さんは、あのダミ声のメッセージを聴きました。そして恐らくはその声の主と思われるおっさんの唇を見たわけです………だから、やはり皆さんが特別な人達なんだと確信が持てました」


「君はとにかく俺たちが特別な人間だという方へ寄せようとしているみたいだね。だけど、その理由がいまひとつ腑に落ちないんだよなー。俺たちを揶揄っているとも思えないし、そんなことをするメリットもないだろうしねー。………ねえ、他に俺たちが納得出来るようなエビデンスはないのかい?」


 変わらず冷静な冲也のもっともな提案に、亮は少し考え込むような仕草で、俯き加減に答える。


「………そうですね〜、この羽扇のおかげで、皆さんの共通点・・・が少しわかってきましたから、それが証明になりそうですかね〜」


「俺たちのことが? いったい何がわかったんだい?」



「ここにいる皆さんが、独りで抱えていること……でしょうかね。そして、それが皆さんの共通点・・・でもあるんです」


「また、しょーもない手品でもやろうっつうのかよ」

史龍が呆れた調子で横槍を入れてくる。


「じゃあ、先ほどから僕を紛い者扱いする史龍君についてわかったことを簡潔に話しましょう」


「俺の何を知ってるっつうんだよ」


「史龍君は……唯一の理解者だった大切なお師匠さんを捜していますね。察するに史龍君に武術の極意を教えてくれた方でしょうか」


「———————!! お前、なんで……それを知ってやがる」


史龍の表情が険しくなるが、亮はそれを無視するように冲也に目線を移す。


「次は……冲也君について。君はとてもお人好しで困っている人を見ると放っておけないたちなんですね。恐らく、朝の商店街での揉め事も何方かを庇って、あんな状況になったのでは?」


「.........まったく亮の言った通りだよ! 俺が商店街でチンピラ達に囲まれていたのは、あいつらに絡まれていた人を助けたことが原因なんだよ」

「やっぱり、そうでしたか〜」


「今日初めて会った俺の性質を大雑把とはいえ、よく把握しているのは凄いよね。でも、それってメンタリストのような心理術に通じていれば可能かもしれない。今の話しが“俺を知っていること”ってわけじゃあないよね?」


「さすがは冲也君。確かにその通りで、先程の話しは前置きです。これから話すことが、さっき言った“共通点”になります」


「———————!」


 言葉に詰まる冲也の顔を見つめながら、亮は“共通点”に関する話しを続けた。


「冲也君の武術道場にはとても頼りになる先輩がいたんですよね。その先輩を実の兄の用に慕っていたし憧れていた。でも、その先輩はある事件で冲也君を庇ったために道場を破門になり、以来行方知れずになってしまった。冲也君は今もその大切な先輩を捜している」


「……参ったな……そんなに細かく、どこで聞いてきたのかな」


 亮はその質問には答えず、達也の方へ身体を向ける。


「で、達也君について。君は昔、お寺の仁王像を破壊してしまって、こっぴどく怒られたことがありますね。どうやれば、ああなってしまうんだろう? っていうくらいに壊してしまって、周囲の方々はかなり驚愕しちゃったんじゃあないでしょうかね〜」


「んぬっ! ……おい、それをどこで!」


「この話は僕も興味があるんですけど、言いたいのはそのことではなくて……」


「何!? 他にまだ、俺の失態を知っているというのか!!」


「失態なのかどうかはわかりませんが、達也君には“虎殺し”の異名を持つ親友がいるようですね。その親友が修験道の行者となって全国を旅する途中で消息を絶ってしまい、その行方を追っているんですよね」


「—————!! その通りだ亮、お主はあいつの行方を知っているのか?」


「残念ながら、そこまではわかりません」


「………そうか」

達也はその言葉に意気消沈してしまう。


 秘めた過去を見透かされたせいなのか、三人は口元を引き締め、それぞれの想いを巡らせて沈黙してしまう。先ほどまで亮に向けていた懐疑の念を捨てたことを意味するかのように。

 

 

 突如訪れた静寂さの中、何故か妙な微笑を浮かべる小町が、亮を真っ直ぐに見つめていた。

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