第19話 戯言

僕は好き嫌いが激しい。

いや、正確に言うと食わず嫌いが多いのだ。食べれるのだけれども、選択肢には入っていない。なので、「今日の夕食は〇〇だぞ」

と言われれば

「わかりましぃた」

と文句を言わず了承する。う~ん、考えてみると「大好き」が「麺類全般」で、「大嫌い」が「きゅうり、マヨネーズ、クリーミー系」。あとは大抵「普通」又は「飲み物が有ればいける」に分類されているといえば分かりやすいのかもしれない。

さて、そんな僕が親や兄から

「日本で最も〇〇に連れて行きたくない人物だわ」

と呆れ顔で言われていたのが「寿司屋」だ。そう言われる行動の一部をご紹介しよう。

まずは小手試しにお茶を入れる。うん、このお茶……「粉」ですな!やはりこの寿司店はできる!!お茶を啜りながら先ずは


「大将、ネギトロ巻き2貫!」


恥ずかしがりな僕が手を挙げて高らかにこう宣言するのだ。これがどれ程な事かと言うと、トイレに行く時に先に手を洗ってしまうくらいの事なのである。


「あいよ、ネギトロ巻き2貫」


手前にあるマイクに向かってボソッと言う。


「あぁ、大将。あなたが握るわけではなかとですね……」


まあ、いつものことですし、大将が握らなければいけないと言う決まりはない。これは僕の固定観念から来るものなのだから僕がいけない。そうこう思っていると


「はい、ネギトロ2貫お待ち!」


くそっ!まるで私が握りました感を醸し出しやがって!少しテカリのあるシャリの真ん中に薄ピンクのマグロのたたきが詰まっている。美味しそうだ。そして美味しい……いつも食べているとはいえ、美味しい。いつもの味というのは何回も食べているという事。美味しくなければ何回も食べたりはしない。つまり「安定して美味しい食事を提供して下さるお店」ということ。家でもそう。「お袋の味」というのはお母さんがいつも美味しいご飯を作ってくれている軌跡を舌に残してくれているのだ。

なんやかんやネギトロ巻き2貫を頬張り、またお茶を啜る。そして次にこういうのだ。


「たぬきうどん一つ」


当然、隣の人は私の顔を見る。寿司屋でうどん!?今では某寿司チェーン店でラーメンなどがメニューにあるが、僕が子供の頃はそんなのは無かった。僕としては寿司屋でうどんを頼むのはおかしいとは思いませんし、寧ろ寿司屋の出し汁のうどんは美味いから!美味いですから!!よく考えてみてください奥様。寿司屋の味噌汁は美味いでしょう?ならうどんも美味いに決まっているのです。これは細川ガラシャも


「金取れるレベルだわ」


と言う位です。本当です。


「たぬきうどん、お待たせ!」


これよこれ!寿司屋と言ったらこれよ!一人ズルズル音を立てて麺を啜る様はまさに「歌舞伎者」。

たぬきうどんを食べ終わるとお口直しにお茶を啜る。寿司屋のお茶は喉を潤すために出されているのではない。お口の中をリフレッシュする為にあるのだ。故にたくさん飲まない様、熱々なのだ(諸説あり)。


「ふぅ」


と一息付き、手を挙げて大将にこう言う。


「コロッケ1つとネギトロ巻き1貫」


また隣の人が僕の顔を見る。もうあれだ、世界中が僕の一言一言に注目しているのだろうな。チョコ〇ールで銀のエンジェルが出たら号外が撒かれ、各国首脳陣から祝電が来るレベルなのだろうな。コロッケ、牛ひき肉入りなのが憎いねぇ。そしてネギトロ巻きと交互に食べ、クライマックスへと向かう。


「大将、たぬきうどん1つ」


この時点で手を挙げているのか、それとも拳を突き上げてるのか定かではない。まるでラ〇ウ。大将も感極まり嗚咽を漏らしていたのは言うまでもないであろう。弟子は涙でシャリを握る始末。アメリカ人は


「テェイクオフゥ、デェイアフトゥアートゥモロゥ」


と拍手をする。


「た……たぬきうどん……ひぐっ……いっちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「ヒャアアアアアアアア!!!」


もうトランス状態のままひたすらに喰らう。喰らうしか選択肢はないのである!

汁の一滴(これを僕は神の一滴と呼んでいる)が口元へと重力に逆らわず滴り落ち、これまで息を止めていたかの如く深い呼吸をするのである。

これが私の寿司の楽しみ方であり、親や兄から「お前とは寿司屋に行きたくねぇ」と言われる所以なのである。もちろん、この楽しみ方が変わる事は、これからもこれからもないであろう。そして最後は頬を紅色に染め、会計の前に


「あの……ソフローズンメロンソーダ味1つ」


と注文して、車の中でシャリシャリと音を立てて食べながら帰路に着くのであった。

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