挑発のカスタードプディング

 三日後。

 俺は厨房で途方に暮れていた。


「またかよ……」


 目の前に、カスタードプディングプリン――だったものの残骸が並ぶ。

 完璧な仕上がりになるはずだった。卵と砂糖と牛乳の配分も、カラメルの焦がし具合も完璧だった。だがオーブンで焼いている最中、よくわからない呼び出しを受け……戻ってきたらこれだ。

 オーブンは火が止まり、扉が全開になっていた。プディングは外に出され、カラメルと本体の境目がわからないほどにぐちゃぐちゃに混ぜられていた。入れた覚えのないソースの匂いまでしてやがる。

 カスタードの甘さなら、珈琲の苦味と合う気がする。だが現物がなければ確証が持てねえ。

 ぐったりと厨房の椅子にもたれていると、後ろから声がした。


「お疲れですかな、料理長殿」


 副料理長のおっさんだった。いやに楽しげに笑っている。

 だろうな、一連の件の首謀者は恐らくてめえだ。見解はレナートも一致している。何代もの料理長の下で働き、いよいよ次は自分――と思っていたら俺が来たらしい。

 古株だから影響力も大きく、こいつさえなんとかすれば残りはすぐ俺になびくだろう、ともレナートは言っていた。

 てめえのせいで疲れてんだよ――心の声は封じ込めた。


「ああ、近頃どうも料理がうまくいかねえ」

「天才という割には大したことがありませんな」


 副料理長は耳障りな声で笑った。


「およそ神々は、謙虚の美徳を持つ者に微笑むものです。いかに才ありといえど、謙虚さを忘れれば凡人にも劣る」


 眉のあたりに、熱い何かがぴしりと走る。

 てめえの嫌がらせのせいだろうが――出かかった言葉を飲み込む。


「才能に驕った者の末路ですな。陛下ももうすぐ――」

「すみません、少しよろしいですかな」


 不意に、レナートの声が割って入ってきた。


「料理長殿を少しお借りしたい」


 言ってレナートは、俺を厨房の外へと連れ出した。






 庭園の木陰まで来て、ようやくレナートは口を開いた。


「『星降りの祈祷』まであと二日……芳しくない様子ですね」

「方向性は決まった。だが確信はまだだな」


 溜息をつきつつ、俺はレナートに訊いてみた。


「珈琲とカスタードプディング。合うと思うか」

「合いますね」


 神の舌が、即答だった。


「カスタードの濃厚な甘味は、苦味とよく合うでしょう。ですが作れますか」

「問題はそこだ」


 また、俺は溜息をついた。


「カスタードプディングは時間がかかる。カラメルを作ったり卵液を漉したり……なのに俺は、珈琲まで用意しなきゃならねえ。実質一人で」

「ふむ……」


 顎に手を当て、レナートが考え込む。


「せめて、できたものを見張り付きで守れりゃな……そうだレナート、少しなら人を出せるとか言ってたな。見張りを一人借りられるか」

「可能ではありますよ……ただ」


 レナートの声が、不意に低くなった。


「人員は、もっと有意義に使うべきだと思いますよ?」


 切れ長の目がぎろりと光った。

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