第30話 可能性
その半ば呆けたような恵子の顔を見て、亜澄も気がついた。
ナナは突然飛んできて、毬ちゃんのお父さんのカバンに潜り込んだって言ってた。それで『ナンデヤネン』って喋って、それで…『ヤブ』も喋る。以前、古河さんは『ヤブ』は自分の口癖で、娘さんも覚えちゃって、家出した小鳥までが覚えてたと。
古河さんの家からいなくなった小鳥って、ナナ? 古河さんは探せなかったし、ネットの掲示板に出すことも出来なかっただろう。可能性はある。
恵子は両手を顔に当てていた。
「古河さん」
泣いている。なんて言えばいいのか。
「あの、古河さん、そのセキセイインコ、一度ここへ連れてきてもらいますね。もしかしたら古河さんのお家から飛んで行った小鳥かも知れませんものね。私が連絡してみます」
しかし恵子には聞こえていないようだった。泣き声の切れ間に絞り出すように声が聞こえる。
「神戸先生、悲しいけど嬉しいのよ。… 本当にあの子だとしたら… 死んじゃったと思ってたから… 無事に生きてるんだって… でも なんで出て行ったのよって 淋しいのもほんま… 娘の代わりやったのに」
後は言葉にならなかった。嗚咽が続き、喘ぎになる。そしてバイタルモニターが警報を鳴らした。亜澄は我に返った。
「駄目だ!」
すぐにナースコールに飛びつく。
看護師が駈けつけて来る。亜澄は息が詰まった恵子の身体を抱え、宥め、ベッドに横たえる。緊張が走った。
+++
恵子は安定剤を打たれ眠りについた。担当の根本医師は一連の話を聞いてポツリと漏らした。
「微妙な緊張が均衡していたんだろうね。事実が判ると破綻するような緊張が」
「あんな風になるとは思わなくて」
根本医師は亜澄を慰める。
「そりゃそうでしょ。本人しか、いや、本人にさえも判らない均衡だったんですよ。ケアって難しいですよね。心と身体の繋がりって本当に判らない」
眠り続ける恵子を見て、亜澄は自責に捉われたが、あの局面、他に行きようがなかった気もする。せめて体力を保持して、しばらく眠ってくれればまた元に戻るかも。亜澄は祈った。しかし、ナナをここに連れて来るのは止そう。
すみません、古河さん。お元気になられてからにさせて頂きます。亜澄は眠る恵子に心で告げた。
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