第19話 本州最北端

 翌8月12日。思わぬ形で、彼女たちとのマスツーリング兼キャンプツーリングになった東北への旅は、後半に入る。


 元々、1人で走るソロツーリングが好きな俺にとって、彼女たちと旅をするとは思いもしなかったが、野郎ばかりのマスツーリングは敬遠したいが、綺麗どころ2人、―ただし林田は、ガキっぽいが―とのツーリングは、思いの他、楽しいと感じ始めていた。


 もちろん、それは森原が一緒だからだろう。


 その日の朝、キャンプ場で見かけた森原は、青色の上下つなぎのようなジャンプスーツを着込んで、テントから出てきた。

 相変わらず、服装に気を遣うというか、オシャレなところがあり、毎回のように服が変わる。


 そして、朝から彼女たちに促されて向かったのは、近くの日帰り温泉だった。キャンプ場には基本的に、温泉や風呂はない。


 男だけなら、1日入らなくてもどうということはないが、さすがに女がいるとそうもいかない。


 仕方がないから、そこで1時間ほど入浴を済ませてから、北上したが、すでに昼近くの午前11時になっていた。


 その日の目的地は青森県。出来れば最北端の、下北半島の大間崎おおまざきまで行って、その周辺でキャンプをしたいと思っていた。


 しかも、岩手県は縦に長いし、下北半島はかなり大きい。有料道路を使っても5時間、下道なら6時間近くはかかる。もっとも有料道路と言っても、この三陸海岸にはほとんどなかったが。


 いずれにしても、着く頃には夕方になるだろう。


 ただ、後ろにいる彼女たちは問題なかったが、俺のカタナの燃料タンクの少なさが問題になる。


 宮古市から、三陸沿岸道路という、無料の高規格道路を通る。


 通称「復興道路」とも呼ばれ、震災前から工事は始まっていたが、2011年8月頃から本格的に工事が再開され、仙台から八戸までの三陸海岸のルートを、従来より3時間以上、短縮可能になった。


 全線開通は、2020年度末の予定だったが、工事が難航し、一部区間は翌年の開通になっているが、ほぼ開通はしていた。


 本当なら、大間崎に行くなら、八戸からは八戸自動車道に入った方が近いが、この道には給油スポットがない。仕方がないので、八戸南インターで一旦、降りて八戸市街で給油をして、後は下道を選んだ。


 ここまで来ると、交通量は少ないし、下道でも大して変わらない時間のはずだ。


 すでに青森県に入っている。


 少し懐かしい感じがした。生まれが秋田県の俺にとって、隣県であり、何度も行ったことがある土地が、この青森県だからだ。


 田舎特有の、澄んだ空気。都会の喧騒にはない解放感が気持ち良かった。

 給油を終えて、ついでにコンビニで休憩を取っている時。


 不意に、森原が声をかけてきた。

「東北最北端の青森県まで来たね。秋田は行かないの?」

 彼女の言わんとしていることは、予想できた。彼女は俺が秋田県出身と知っている。林田は知らないだろうが。


「行きたいけど、時間ないしなあ。それに、俺は両親に仕事辞めたとは言ってないから、行きづらい」

 その俺の気持ちを察したのか、彼女は柔らかい笑顔を見せて、思い出し笑いを浮かべながら切り出した。


「そっか。君の親御さんは、厳しい人だって聞いたし、残念だね。でも、どうせなら少しだけ秋田県に入れば? そうすれば、東北6県制覇だよ」


「そうですよ、先輩。せっかくなんですから、秋田も行きましょう」

 いつの間にか、森原の後ろに立って、右手にコンビニで買ったタピオカミルクティーを持っている林田が続く。


「うーん。まあ、とりあえずは大間だな」

「じゃあ、今夜のキャンプで考えようか。君のお爺さんの話も聞きたいし」

 森原は、林田が知らない、俺の祖父の話を引き合いに出してそう告げた。そのことで、林田は心なしか、眉根をひそめているようにも見えた。彼女の知らない俺の祖父のことを森原が知っていることが気に入らないのかもしれない。


 俺の祖父は、実はまだ健在で、秋田県に住んでいる。一度、森原に祖父のことを話したことがあるのだ。


 その話は置いておいて、時間がないため、先を目指した。


 八戸からは下道オンリーだが、太平洋側を走る国道338号を使う。米軍三沢基地があることで有名な三沢市を通り、国道394号を経由。


 やがて、津軽海峡沿いの国道279号に入る。


 後はひたすら真っ直ぐだ。むつ市を抜けて、津軽海峡の北海道に近い部分をひた走る。それでも3時間半はかかる。


 だが、道はどこまでも快適だった。


 青森県は人口自体が少ないし、この辺りは県中心部の青森市と違い、道路の混雑などまずない。


 片側1車線の道が、どこまでも続くが、交通量の少なさから、道路を走る車やバイクの絶対量が、圧倒的に少ない。


 がんがん飛ばし、気がつけば彼女たちは、俺からはるか後方に離れていた。


 3時間半後。

 午後5時30分頃。


 途中、昼食や休憩を挟んだ関係で、予定よりも遅くなったが、ようやく大間崎に到着。


 この時期の青森県の日没時間は、午後6時40分頃。

 まだ日没まで余裕があったが、西日がだいぶ傾いてきていた。


 道路がカーブしている部分に、大間崎の中心スポットがあり、石碑やモニュメントが置かれてある。


 車の駐車場は少し遠くにあるようだが、バイクなので、そのまま道路脇に駐車をした。


 俺たち3人はバイクを降りて、歩いて石碑に向かう。


 石碑には、

「ここ本州最北端の地」

 と書かれてあり、他に、


「まぐろ一本釣の町 おおま」

 と書かれたモニュメントとまぐろの像が立ち、


「下北半島国定公園 大間崎」

 と書かれた看板も立っている。


 海の向こうには、弁天島という島があり、そこに大間崎灯台がある。


「やっと着いたねー」

 感慨深いのか、心なしか森原が走りきった、というような満足感の籠った笑顔を見せる。


「何とか日没までに間に合いましたね。ここが大間か!」

 関東出身の林田にとっては、恐らく初めてだろう。その先にかすかに雲にかかって見える、北海道の大地を、西日を眩しそうにしながらも眺めていた。


「せっかくだから、記念写真を撮ろうか?」

 森原の提案で、俺たちは3人揃った写真を撮るため、近くにいた観光客のカップルに声をかけて、写真を撮ってもらう。


 「ここ本州最北端の地」をバックに3人が入り、中心に俺が、右に森原が、左に林田が立つ。


 お礼を言って、その観光客のカップルからは離れたが、傍から見たら、一体どういう関係だと疑うだろう。


 若い男が、女2人連れだ。妻と愛人か。それとも林田は妹くらいに見られているか。いずれにしても、おかしな3人には映るだろう。


 日没が迫っていたため、名残惜しいが、足早にバイクにまたがり、そのままキャンプ場に向かうことにした。


 一応、途中のコンビニで食材を買っていく。


 大間崎から30分ほどで着ける、山の中にある、自然溢れるキャンプ場。そこが今夜の宿になる。


 俺にとっては、東北ツーリングに出てから、今日で5日目。森原と林田が合流してからの旅では2日目になる。


 下北半島の先端に近い部分の、森と海に囲まれた、キャンプ場。

 ロケーションとしては、抜群だった。


 周りには何もないが、森と海があり、海を見ながらテントを張ることが出来る。俺は手慣れたテントを素早く設営し、食事の用事に取り掛かる。


 日没がすでに間近に迫り、手元が暗くなる前に、揃えておきたかったからだ。陽が落ちると、キャンプ場は一気に暗くなる。


 森原と林田も、時間はかかったが、何とかテントを設営し、晩飯の時間となる。


 そこで、コンビニで買ってきた肉や野菜を適当にフライパンで焼きつつ、メスティンでご飯を作る。


 その晩飯時だった。

「それで。秋田の話だけど」

 切り出したのは、森原だ。


 どうやら彼女は、気になっているようだった。俺の祖父について。

「ああ」


「行くの?」

「どうしようかなあ。親がいる北秋田市には行きたくない。会ったら、何を言われるかわからん」

「そうですかぁ」


 自身で買ってきた、焼き鳥の串を捨てながら、林田は何となく、浮かないような返事を返していた。


 だが、森原は、

「でも、あなたのお爺さんの話は、とても面白かったわ。せっかくだから、また聞きたいな」

 俺の目を見つめて、興味を示していた。


 好きだと思っている女にそこまで言われては仕方がない。

 渋々ながらも、俺は彼女に話すことにした。ついでに、これは林田にも話すことにはなるが。


「わかった。じゃあ、話そう」

「先輩のお爺さんって、何をしている人ですか?」


「マタギだよ」

「またぎ? 何をまたぐんですか?」

 林田がきょとんとした表情をしていた。


 そうか。今じゃ「マタギ」も知らない奴が多いのか。まあ、珍しい存在だからな、と思いつつ、俺は彼女たちに語り始めた。マタギのことを知らない林田には、まず「マタギ」とは何なのかの説明を加えて。


「林田。マタギってのはなあ……」


 焚火の火を見つめながら、祖父のことを思い出す。

 俺の祖父は、今ではかなり貴重な存在と言っていい、「現役のマタギ」だ。それも85歳で現役という、ある意味、凄い人でもある。

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