第16話 危なっかしい子

 予兆は、早くも出発してすぐに起こった。


 このプチツーリングでは、地元に詳しい森原が先導するため、先頭が森原のカタナ、2番手が林田のスカイウェイブ、最後尾が俺の新型カタナになったが。


 林田の発進時に、早くも「異音」がしていた。

 発進する際に、「キュルキュル」という音がしていたし、停止時には「キー」という音が鳴っていた。


 俺は真っ先に疑っていた。

(ドライブベルトと、ブレーキパッドか)


 バイクには、特にスクーターにはドライブベルトという物がついており、交換時期は1万~2万キロくらい。

 ブレーキパッドは、スクーター以外にもついているが、こちらも交換時期は5000~1万キロくらい。


 と言われている。


 どうせ、林田のことだ。ロクな整備もしていないのだろう。そもそも奴は、高校時代には、任意保険すら入っていなかったし、簡単にバッテリー切れを起こしていた。


 つまり、「整備」に関してはド素人だ。


 このまま走っていると、下手をすれば、ドライブベルトが切れる可能性もあるし、命に関わる。


 交差点で止まった時、彼女のバイクの横につけて、シールドを上げて声をかけた。

「林田。次のコンビニで止まれ。森原も頼む」

 と。


 林田は、嫌そうな表情を見せていたが、賢い森原はすぐに察して頷いた。


 出発してわずか20分。

 仙台市のとあるコンビニで、俺たちは停まる。


 すぐにヘルメットを脱いで、林田に声をかけた。

「お前なあ。ちゃんと整備してるか? ドライブベルトとブレーキパッドがヤバいぞ」


「ドライブベルト? ブレーキパッド? 何ですか、それ?」

 きょとんとした顔を見るに、俺の予想通りだった。


 森原にも見てもらいながら、俺は彼女のバイクを覗き込む。

 バイクには、ディスクブレーキという物がついており、ホイールと共に回転しているディスクローターを挟み込み、タイヤの回転を制御している。

 ブレーキパッドとは、四角くて細い形状の板のような物だが、これの厚さが問題で、ずっと走っていると、摩耗して厚みが減ってくる。


 見ると、林田のスカイウェイブのブレーキパッドは、かなり減っていた。

 おまけに、ドライブベルト。こちらは、スクーターの車体の左側にあるカバーをはずすとわかるが、ベルトを確認すると、溝にヒビが入っていた。


「やっぱりか。今すぐ換えた方がいい。今、走行距離は何キロくらいだ?」

「えーと。1万キロくらいです」


 予想通りだった。

 どうせこいつのことだ。他にもバイクに異常がある状態で走っていたのかもしれない。こうなると、もうツーリングどころではない。恐らく乗り始めてから一度も交換をしていないに違いない。


 すぐに森原に声をかける。

「森原。この近くにバイク用品店はあるか?」


「あるわよ。ちょっと戻ったところに」

 決定だ。


 こんな状態で、走らせて事故でも起こったら、大変だ。

 そのことを説明するも、林田は、納得がいかないように、口を尖らせて抗議してきた。

「えーっ。せっかくコバルトラインに行きたかったのに」

「えー、じゃねえよ。俺は心配なんだよ」


「さすが先輩。そんなに私のこと、心配してくれるんですね?」

 途端に、コロコロと表情を変え、喜色を面上に貼りつけていた林田に、俺は冷たい一言を浴びせていた。


「違げーよ! お前が事故って、途中で死んだら、後味悪いだろうが」

「死! 何てこと言うんですか?」

 今度は、目を丸くして驚いていたが、森原が、


「ダメよ、ひなのちゃん。山谷くんの言う通り。バイクは整備しないで走ってると、本当に事故に繋がるんだから」

 と優しい口調ながらも、厳しい目つきで諭すと、


「はーい」

 渋々ながらも、林田はようやく納得してくれた。まったく世話が焼ける。


 そのまま森原の先導で、近くのバイク用品店に向かう。


 10分ほどで着いた。

 仙台は、さすがに都会だ。バイク用品店はいくつかあるらしいし、そこはそれなりに大きな店だった。


 早速、俺が林田について行き、店員に説明すると。

 俺の予想を上回る回答が出てきた。


「ブレーキパッド、ドライブベルトもそうですが、プラグもエアフィルターも換えた方がいいですね」

「じゃあ、よろしくお願いします」


 待つ間、俺と林田は手持無沙汰になり、喫煙所に赴く。森原は、店内でジャケットを見てくる、と言って、中に入ってしまった。


 店外にある、小さな喫煙所の灰皿の前で、タバコを吸いながらも、なおも能天気な林田は、

「先輩。いくらくらいかかるんですかね?」

 と呑気にほざいていたが、


「さあな。工賃がかかるから2、3万はするんじゃないか?」

「ええっ。そんなに! 先輩、奢って下さい」


「知らねえよ。ちゃんと整備してないお前が悪い」

「そんな~」

 俺の容赦ない一言に、彼女は沈痛な面持ちを見せていた。


 だが、俺としては溜め息しか漏れない。

「お前なあ。250ccは特に車検がないから、定期的にバイク屋で見てもらった方がいいぞ。あと、任意保険くらいは入れ」

「入ってますよー。先輩に言われたから、ちゃんと入りました」


 子供のように向きになって、反論していた林田だが、俺は正直、こいつのことが「心配」だったのかもしれない。どうも、「手がかかる妹」を持ったような気分だった。もっとも俺には兄はいるが、妹はいないのだが。


 そのことを察したのか、それとも天然なのか、彼女は、

「でも、先輩がいてくれて良かったです。私1人じゃどうすればいいか、わからなかったですからね。これからもよろしくお願いします」

 などと能天気に言っていたが、俺は、


「よろしくじゃねえよ。最低限のことは自分で何とかしろ。お前、そんなんじゃバイクに乗る資格ねえぞ」

 もう面倒は見きれない、と内心、思うのだった。


 結局、1時間近くも待たされ、ようやくすべての交換が終わる。工賃と交換代を入れて、値段は2万5000円以上はかかっていた。


 しかも、時間的にはもう昼過ぎ。

「どうする? コバルトライン、行く?」

 森原は、バイク用品店の駐車場で、どこか気乗りがしないような表情を見せていたが、


「行きます!」

 林田だけは元気だった。


「まあ、任せる」

 林田のせいで、出鼻をくじかれた思いがしていた俺は、もう成り行きに任せることにした。


 その後、確かに俺たちは、コバルトラインに向かった。

 そこは、牡鹿半島を南北に貫く快走路で、晴れていると、金華山をはじめ、周囲の海が見える絶景ロードだ。


 確かに、交通量も少ないし、道幅も広い、素晴らしいツーリングコースではあった。


 だが、俺はその風景よりも、危なっかしい妹みたいな、林田のことが気になっていた。誰かが見ていないと、いずれ彼女は事故を起こして、死ぬかもしれない。もっとも、その「誰か」が別に俺じゃなくても構わないのだが。


 大袈裟だが、どうにも林田は「危なっかしい」ところがある奴だった。


 無事に、森原の実家に戻り、さらにもう1泊させてもらうことになった。

 早くも8月10日が終わろうとしていた。

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