第6話 林田の正体

 ゴールデンウィーク明けのことだ。


 ある意味、モテ期が来た、と思うほど、いろどりのなかった俺の人生に2人の女が現れたのだが。


 森原はともかく、林田に関しては、恋愛対象というよりは、「親戚の子」みたいなイメージだった。大学生どころか、高校生に間違えられても不思議じゃないし、逆にこんな子を連れ回して、警察に補導されるのも嫌だとすら思っていた。


 それに、そもそもキャピキャピとうるさい女子は苦手というのもあった。だからこそ、大人びている、森原に惹かれたのだ。


 そんな5月中旬。


 尚も思い出せない俺は、やはり気になったため、彼女に、その「出逢い」とやらをしつこく聞いていたが。


「先輩もしつこいですね。そんなに私とのめを知りたいですか?」

「そんなんじゃねえよ。ただ、何かモヤモヤするだろうが」

 相変わらず林田は、俺をからかうばかりで教えてはくれなかった。


 だが、ふとしたことから、喫煙所で一緒になった時。

 あまりにもしつこい俺に、いい加減、嫌気が差したのか、彼女は小さく溜め息を突きながら、


「まあ、私、変わりましたからね。覚えてなくても仕方がないです。その代わり、話したらツーリングに付き合って下さい」

「それとこれとは話が別だ」

「ケチ」

 というやり取りの後、ようやく本当のことを教えてくれるのだった。


「4年前の秋。学校祭です」

「4年前? 学校祭?」

 それだけヒントを与えられてなお、俺には見当もついていなかった。


「よーく思い出して下さい。その時、1人の女の子を助けませんでしたか?」

 仕方ないから、俺は思考を4年前に飛ばす。



 4年前。

 秋、大学での学校祭。


 当時、俺は森原と同じ私立大学に通う大学4年生。つまり、最後の学校祭を迎えていた。


 就職先はこの時点で、決まっていたから、割と平穏な日々を送れると安堵し、同学年で友人の澤辺さわべ駿しゅんと一緒に学校祭を楽しみ、露店を回ったり、軽音楽部の演奏を聞いたりしていた。


 夕方だった。


 澤辺が、「ちょっと用事がある」と言って、離脱し、俺は1人になる。もしかしたら、その用事とは「彼女」にでも会いに行くのかもしれなかったが、あえて詮索はしなかった。俺は、1人寂しく校内をぶらつくことになる。


(飽きたし、帰るか)

 陽が傾いてきており、当時、250ccのスズキ ジクサーに乗っていた俺は、駐輪場に向かって歩いていた。


 校門を過ぎると、すぐに駐輪場があるが。


 その前に。

 校門の前で、スクーターを前に「格闘」している少女が視界に入った。

 どうやら、エンジンがかからないらしい。盛んにセルスイッチを押したり、キックスタートをしたりしている。


 車種は、スズキ アドレスV125と思われる黒色のスクーターだった。


 だが、周りは大学祭の雰囲気に浮かれているのと、同時にバイクに詳しい奴がいなかったのだろう。誰も彼女を助けようとはしていなかった。


 仕方がないから、おもむろに彼女に近づいて声をかけた。

「どうしたんだ?」

 俺を見上げた彼女と視線が合った。


 背は150センチほど。髪は癖っ毛のロングで、赤いフレームの眼鏡をかけ、服装は高校の物と思われる、紺色のブレザーを着て、膝下くらいの丈の長いスカートを履いていた。


 アドレスはスクーターだし、このくらいのスカートの長さなら、確かに制服でも乗れるだろうが、はっきり言って、地味な子だった。

 高校生くらいに見えたが、随分と幼い印象を抱かせた。


 最近は、未成年の女子高生に声をかけただけで、「事案」扱いされるらしいが、緊急時と判断し、俺は迷わず声をかけていた。


 少し驚いて、俺を見た彼女だったが、別段、警戒している様子はなかった。


「あの。突然、エンジンがかからなくなったんです」


 乗りかかった船であり、一応はバイクには多少は詳しいと思っている俺が、バイクの前に立って、またがらせてもらう。


 ハンドル右側にある、セルスイッチを押すも、うんともすんとも言わない。こいつにはキルスイッチはついていないが、キックスタートでエンジンをかけることもできる。


 通常なら、セルが回らない状態でも、キックスタートでかかるはずだ。


 そう思って、キックスタートも試してみたが。何度やってもエンジンはかからなかった。


 そこで、一旦バイクから降りた俺が一番疑ったのは。

「バッテリー切れだな。ここに来るまでに、何か症状はなかったか?」

「そうですね。エンジンがかかりにくかったのと、ヘッドライトが暗く感じました」

 その症状は、まさにバイクの「バッテリー切れの前兆」と言える。


「間違いない。前に乗ったのはいつだ?」

「1か月くらい前です」


 確定だろう。バイクは1か月も放置しておいてはいけない。ましてや、もうバッテリーが弱っていたのだからなおさらだろう。

 恐らく、最後にギリギリで頑張ってくれたバッテリーが、この大学で力尽きたのだろう。


 その辺りを彼女に説明し、とりあえずJAFジャフでも呼ぶか、押して行ってバイク屋に持っていくかを提案した。


 すると、

「JAFって何ですか?」


 溜め息が出た。JAFすら知らないのか。とんだド素人な姉ちゃんだ。この様子だとロードサービスにも入っていない可能性が高い。任意保険に加入していれば、ロードサービスがつくから、バッテリー上がりくらいなら対応してくれるのだが。


「保険とかロードサービスは?」

「自賠責以外入ってません」


 やっぱりか。

 そもそも見た目は、真面目そうな高校生に見えるが、図書館で本でも読んでそうな印象を抱かせる、いかにも地味で、おとなしそうな少女だ。バイクの知識なんて0に等しいのだろう。


 仕方がない。

 面倒だが、

「近くのバイク屋に持って行くんだな」

 と提案したが、


「でも。私、こんな重いの運べません」

 少女は、委縮し、同時に驚愕していた。


(いや。重いって、たったの100キロもないだろ)

 と男の俺は思うのだが、女性からしたら、たとえ100キロ程度のアドレスV125でも重いのかもしれない。ましてや、こんな小柄な女の子だ。そう思い直し、


「わかった。仕方がないから、俺が運んでやる」

 そう言って、そのままバイクを押していた。


 気がつけば、少女が隣に並び、彼女が携帯で検索した近くのバイク屋まで行くことになった。

 その時、彼女の名前も、どこの高校生かも聞いていなかった。

 結局、運が良かったことに、徒歩15分ほどで近くのバイク屋に到着。彼女は新しいバッテリーを手に入れることになった。


「ありがとうございました」

 何度も感謝されたことは覚えている。


 確かに覚えているが。



「えっ。マジで? いやいや、全然違うだろ。お前、誰だよ?」

 回想から戻った俺は、目の前の彼女と、回想の中の女子高生が全く一致していないことに気づいて、愕然とした。そもそも髪型も髪の長さも違うし、今の林田は眼鏡をかけていない。


「だから、私ですって」

「いや。あの女子高生はもっと穏やかな感じだったぞ」


「嘘じゃないですよ。マジで私ですって」

「はあ? じゃあ、あれで18歳?」


「そうですよ。正確には、早生まれなので、まだ17歳です」

「マジか。っていうか、この4年で何があったら、こうなるんだ?」

 指を差して指摘すると、彼女はさすがに不服そうに頬を膨らませた。


「こうって何ですか? 失礼ですねぇ」

「いや、だって。お前。おとなしくて、清純そうな子だったのが、今は丸きりギャルじゃねえか」

 あの頃の彼女は、成人してもタバコなんて吸いそうにもない、いかにも清純そうな女子高生に見えたくらいなのに。


 それを聞いていた彼女は、くすくすと笑い出した。そして、2本目のタバコの火をもみ消して、

「まあ、人生色々あるんですよ。私の場合は、家庭の事情ですけどね」

 さすがにそれ以上は、聞いてはいけない気がした。


 いくら知り合いだと言っても、接触したのはほんのわずかだし、まだお互いのことをよく知らないのに、不用意に家庭の事情には踏み込みたくはない。


「っていうか、よく俺のこと覚えてたな」

 むしろそっちの方が不思議だった。あれから4年、正確には4年半も経っている。普通は忘れているものだ。


「ああ、それはですねぇ」

 ためらいがちに呟いた後、林田は、目を伏せた。

 何だか言いにくそうにしていると思ったら。


「バイクのことで、私を助けてくれたのは、先輩が初めてだったので。ちょっと気になって、あの後、こっそり先輩の様子を見てたりしてましたから」

「ストーカーじゃねえか!」


「あはははっ」

 大袈裟に彼女は笑ってはいたが、俺にとっては笑い事ではない。


 知らないうちに、彼女に「つけられて」いたわけだ。とんだヤンデレ少女だった。


「まあ、そんなわけで、山谷先輩。あなたのことは実は、昔から知ってました」

「なるほど。大体の事情はわかった。だが、ツーリングには行かない」


「どうしてですかー? せっかくここまで話したのに」

「だから、それとこれとは話が別だと言ってるだろ」

 紫煙を口から吐きながら彼女に言い放つと。


「じゃあ、どうすれば一緒に行ってくれますか?」

 そう言ってきたので、俺は悩んだ末に、ある課題を彼女に課すことにした。

 そう。それは「新人」の彼女には「酷」であろう、難題だった。どうせできないだろう、と俺は高を括っていた。

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