第7話「病院でも大暴れ」の巻

 生き返ってから一週間は、見舞い客が次々と来てくれた。祭林の元気そうな顔を見て、安心したように帰って行く。二週間も経つと、訪問者もなくなり、退屈で仕方ない。そんな中、ほとんど毎日来てくれるのは、仕事のない加藤であった。朝と夜にしか来なくなった妻の代わりに、昼間来て茶や花を替えてくれたりもした。その日、庭に出ることを許され、加藤が車椅子を押してくれた。大きな総合病院で、病棟はいくつもあり、庭も広い。

「加藤さん。いつもありがとう。二週間前に知り合ったばかりなのに」

「不思議な縁ですねえ。ずっと昔から友だちのようだ」

 その時、「おーい」と声をかけながら、向こうから福本が現れた。

「外に出られるようになったんですか。よかったですねえ」

「これは、福本さん。ありがとう。今日はお休みですか」

「非番です。加藤さんのように毎日は来られませんが」

「いや、無理しないでください」

「無理なんかしてませんよ。平日の非番は家族もいませんし、一人でパチンコするよりは、お二人に会っている方が楽しい。何か元気になれるんですよ」

「病院に見舞いに来て、元気になるんですか」と加藤が冷やかす。

「祭林さん。何か僕にできることがあったら、言ってください」

「それじゃあ、お願いしようかな。ウズウズしてるんですよ。せっかく正義のおやじ同盟の三人そろったんだから、新しい武勇伝をつくりませんか」

 「いいなあ。やりましょう。せっかくの入院中なんだから、サスペンス劇場みたいに、病院の巨悪でも暴きましょうか」と加藤。

「ここの先生に命を助けてもらった立場上、病院をとやかく言えないですよ」

 「分かりますけど、何か気弱だなあ」と福本。

 「我らは巨悪を暴くような大それたことは向いていないと思いますよ。あくまでも、小悪を正す程度をコンセプトにしませんか」と祭林。

 「それがいいです。小悪を正しましょう」と加藤。

 「実はこの病院で気になっていることがあるんです。携帯電話なんですよ」と祭林。

「携帯電話?」

「ほら、待合室に書いてあるでしょう。医療機器に影響を及ぼす可能性があるので、携帯電話・PHS等の電源は切ってくださいって」

「そういえば、ありますねえ。あれ、私切ってない」

「僕も切ってない」

「ほらほら。大抵の人が守ってないんですよ。待合室でも平気で電話しているし、誰も注意しない。やりませんか」

「気乗りしないなあ。いや、私たちは今後、切りますけどね」

「これはマナーというより、命にかかわる問題なんですよ。きっと」

 「分かりました。やりましょう。その前にどういう影響があるのか、病院の人に聞いてみます」と加藤。

 事務室で紹介してもらった検査技師の話では、医療機器への影響は実験上もほとんどないらしいが、まさに万一のことが手術中に起きたりすると取り返しがつかないとのこと。そして、一番危ないのはペースメーカー。電波がパルスを狂わせると、発作状態になるという。あまり事故が起きないのは、ペースメーカーを着けている人が、そういう場所を避けているかららしい。だから、せめて病院では携帯電話を使わないでほしいが、あまりに多くて、手が回らなくて注意できないと弁解していた。

 「俄然やる気になりました」と加藤。三人は作戦を練った。

 大きな待合室に行くと、あちらこちらで使われていた。

 「今、伝説をつくるとき。ワクワクするな。隊長、ターゲットを選んでください」と福本。

 「最初のターゲット! あそこで携帯をいじり続けている娘」と祭林隊長。

 「ラジャー! あのメールを打っている娘! 作戦は001」と加藤参謀。

 「ラジャー!ブラジャー!パンツのゴムひも! 運転手はわたくし、福本が務めま~す。作戦001で、ターゲットに迫りまっす!」とハイになっている福本。

 「品がないんだよ。福本さん!」と加藤。

 「いいじゃないですか。行きますよ。レディー。セット。ゴーーーー!」と福本。

 車椅子は急発進し、猛スピードで待合客の間を駆け抜けていく。「ヒャッホー!」。三人は子供のようにはしゃいでいる。

 ターゲットの女性の近くに寄せて、少し息が切れている加藤が言う。

「お嬢さん。待ち時間の退屈しのぎにメールを打つのはいいが、発信はしないでね。心臓にペースメーカーを入れている人には、電波が悪い影響をするんだって。できれば、切っておいてほしいな。彼氏から着信があっても同じだからね」

 「ごめんなさい。知りませんでした」と素直に電源を切ってくれた。

 「言えば分かってもらえるんですよ。病院の怠慢ですよ」と加藤。

 「しかし、いきなり拍子抜けだな」と不満そうな福本。

 「ところで、メールって何」と祭林。無視する二人。

 「さあ、隊長。今度はもっと手応えのある目標を選んでくださいよ」と福本。

 「よし、次の目標! あの平気で大話しをしているおばちゃん。あれは骨がありそうだぞ」と祭林隊長。

 「作戦005」と加藤参謀。

 「了解! 作戦005で、怪獣を攻撃します。3、2、1、ゼローッ!」

 車椅子は、風を切って進み、片輪を上げながら急カーブを切った。

 「見てください。このドライビング・テクニック! 大型二種免許はダテじゃありませんよお」と福本。「待ってくれよお」と追いつけない加藤。そして、おばちゃんの前で急ブレーキ。「落とさないでくれよ!」と車椅子に必死につかまる祭林。

 おばちゃんは一度電話を切り、次の相手に電話をしようとボタンを押そうとしている。

 「ちょっと待った! これを使ってかけな」とテレホンカードを差し出す祭林。おばちゃんは睨み付けるように言う。

 「な、何よ、あんたたち。家族に病人が出て、連絡急いどるの。公衆電話なんか探しとられん。あっち行って。感じ悪いわあ」

 「感じ悪いのは、あなたですよ。ここは病院ですよ。携帯電話は禁止です。あなたの家族が病気なら、病人の気持ちを分かってください」と、少し遅れて到着した加藤。

 おばちゃんは、フンとばかりに、病院の外に出てかけはじめた。風が吹いて、よく聞こえないのか、大声で話す声が建物の中まで声か聞こえる。

 「バカですね。ああまでして、携帯使う必要あるんですかね」と福本。

 「よし、次のターゲット、あの若いサラリーマン風のスーツの男」と祭林。

「参謀! 作戦は?」

 「007でいきましょ」。加藤は弱っている。

 「えっ? すでに最後の手段ですか」と福本。

 「今日はこれで終わりにしましょう」と加藤。

 「お疲れのようですね。イエスサー。作戦007で、速やかに急行します」

 「福本さん。別に急ぐ必要はない。ゆっくり走らせてくださいよ」と加藤。

 「何言ってるんですか。伝説は派手につくらなきゃ。演出ですよ演出!」

 三たび、福本の暴走は始まった。メチャクチャに駆け回る車椅子に、待合室は騒然となってきた。

 「僕たちヒーローになってるみたいですよ」と福本。しかし、加藤ははるか後方。祭林は気を失ったようになっていた。

 車椅子は目標地点に到着。見舞いに来たらしい男。電話がかかってきて商談をしているらしい。ちょうど、張り紙の前だった。

 「この張り紙を見てください」。祭林が男に言う。男は迷惑そうな一瞥をくれ、電話を続ける。

 「携帯電話は、この人のようにペースメーカーを着けている人には、死の恐怖を与えます。どうか切ってください」と福本。男は電話をやめない。

 「ウッ」。祭林が左胸を押さえて、ふさぎ込む。

 「どうしました!」と福本の大声。

 「ウワーッ! 胸が苦しい!」と大げさなポーズをとる祭林。

 そこに、加藤がぜえぜえ言いながら到着。

 「私も苦しいーー!」。加藤は倒れ込んだ。

 祭林はわざとらしかったが、加藤の演技は迫真であった。ただならぬ事態に気付いた若い男は、あわてて、二三歩後ずさりし、ついには逃げ出してしまった。

 「逃げちゃいましたよ」と福本。

 「ひどいもんですね。人を殺しかけておきながら」と祭林。

 「私は本当に死にそうだ。ぜえぜえ」と加藤。

 見回すと、携帯電話を使っている者は誰一人いない。福本は高らかに「ミッション・コンプリート」を宣言した。

 その時、看護師長が駆け寄ってきた。

 「病院の中を、車椅子で走り回るとは何事ですか。大の大人が三人も。あなた、入院患者さんでしょ。度が過ぎると強制退院させられますよ」

 事情を説明したが、こっぴどく叱られた。

 「叱られてしまいましたねえ」と福本。

 「やはり、正義は煙たいものなんですかねえ」と祭林。

 「これ、少し違うと思います」と加藤。

 それでも三人は、新たな伝説を完成させ、満足そうだった。

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