ぬいぐるみ

 無事合流した二人が電車に揺られること十数分後。電車を降りた二人は駅近くのショッピングモールに来ていた。ショッピングモール内は休日ということもあり、かなり混雑している。


 陽翔が知る限り、このショッピングモールは最も規模が大きいものだ。店の種類も豊富で、プレゼント選びには最適と言える。


「さて、これからプレゼントを買うわけだが……真那って何が好きなんだ? プレゼント選びの参考にしたいから、教えてくれ」


「そうですね……あの子は甘いものや可愛いものが好きですね」


 甘いものと可愛いもの、実に女の子らしい好みだ。参考になる情報ではあるが候補が多いため、選ぶのは苦労しそうだ。


 そんな陽翔の考えを察したのか、真澄が気遣わしげに言った。


「戸倉君、あまり難しく考えなくてもいいですよ。あの子はきっと、戸倉君がくれるものなら何でも喜ぶと思いますから」


 確かに真那なら何をあげても喜んでくれそうではあるが、せっかくプレゼントを贈るのなら思い出に残るぐらい喜んでくれた方がいい。故にあまり妥協はしたくない。


「……まあ、とりあえず色々と見て回る方がいいか」


 ここで立ち止まって悩んでいても仕方ない。陽翔は真澄を伴ってショッピングモール内を歩いて回ることに決めた。


 とりあえず目についた店に入り、何かいいものはないかと探す。これを数回繰り返した。


「……これいいな」


 ショッピングモール内の店巡りを始めて三十分ほどが過ぎた頃。場所はファンシー系の商品を取り扱う雑貨店。女性客が大半で、陽翔一人なら入れない入れないような店だ。


 幸い今は真澄がいるので、多少居心地の悪さを感じつつも何とか店内に入れている。……真澄を連れてきていて本当に良かった。


 そして店内を何かいいものがないかと歩き回っていたところ、棚に並ぶぬいぐるみの一つを前に足を止めた。


 陽翔の目に止まったのは、両手で抱えられる程度の大きさの焦げ茶色のクマのぬいぐるみだった。つぶらな瞳が愛らしさを感じさせる。


「なあ黒川、このぬいぐるみは結構可愛いと思うんだけどどうだ? 真那の好みに合いそうか?」


「いいと思いますよ。真那はぬいぐるみも好きですから、きっと気に入るはずです」


「そうか。ならこれを買おうか」


 真澄からのお墨付きももらえたので、購入することに決める。早速会計しようとレジへ向かおうとするが、いつの間にか真澄が何かに気を取られていたのに気が付いた。


 真澄は陽翔の視線に気が付いた様子もなく、ジっと視線を何かに釘付けにしている。


「黒川、何を見てるんだ?」


「あ、いえ、ちょっとこのぬいぐるみが可愛いなと思っただけです」


 真澄が先程まで見ていたものに視線をやる。視線の先には、真那へのプレゼントにすると決めたクマのぬいぐるみよりも一回り小さい、真っ白なウサギのぬいぐるみがあった。


「黒川はこういうのが好みなのか?」


「そう……ですね。そのクマのぬいぐるみよりは、私はこのウサギのぬいぐるみの方が好みではありますね。とても可愛いです」


「そんなに気に入ったのなら、買ったらどうだ?」


 金額もクマのぬいぐるみと同じくらいで、決して安いとは言えないが、特別高いというわけでもないので購入を提案してみる。


 だが真澄は、首を横に振った。


「いえ、やめておきます。そこまで安いわけでもありませんし、ぬいぐるみを集めるような年齢ではありませんから」


「別にぬいぐるみぐらいなら、黒川ぐらいの年でも持っていてもおかしくないと思うけどな」


「それでも、私はやっぱりいいです。私も真那の誕生日プレゼントを買わなければいけませんから、無駄遣いはしたくありませんし。それに何より、私みたいな女にぬいぐるみは似合わないでしょうから」


 そんなことはないだろうと反論しようとしたが、その前に真澄は「私は先にお店の外で待っていますね」とだけ言い残して、その場を去った。


「…………」


 背を向ける直前まで、ぬいぐるみに視線が注ぎ続けていたことに果たして真澄自身は気付いていたのだろうか。


 一人残された陽翔は、ウサギのぬいぐるみに視線をやる。くりくりした赤い瞳と白い毛並みが愛らしい。


 試しに真澄がぬいぐるみを抱きかかえている姿を想像してみるが、特に違和感はない。可愛い女の子には、可愛いものがよく映える。


(似合わないなんてことはないと思うけどな……)


 財布を取り出して、中身を確認する。今日は予め多めにお金を用意していたので、財布に余裕はある。仮にぬいぐるみを二つ買ったとしても、問題はない。


「……今日付き合ってくれたお礼をしないといけないからな」


 あくまでお礼であって他意はない。そう自分に言い聞かせてから、ウサギのぬいぐるみを手に取った。

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