友人たちは鋭い

「なあ陽翔、お前最近何かあったのか?」


 朝の教室にて。軽い挨拶を交わし終えると、何の脈絡もなく訊ねてきた。


「何かって何だよ?」


「いや、何かここ最近の陽翔って前と違う気がしてさ。心なしか顔色もいいし……」


 ジっと大地の視線が陽翔に注がれる。


 陽翔に男にジロジロ見られて喜ぶ趣味はない。シッシとうっとおしい視線を手で払い除ける。


「お前の気のせいだろ」


「そうかあ? 絶対に気のせいじゃないと思うんだけどな……」


「ここ最近変わったことはないから、間違いなくお前の気のせいだ」


 尚も疑惑の眼差しを向けてくるが、陽翔は屹然とした態度を崩さない。


「――二人共、何の話をしてるの?」


 不意に二人の会話に割り込んでくる者がいた。二人揃って声のした方に振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。


「お、綾音あやねか。おはよう」


 大地に続く形で、陽翔も「おはよう」と挨拶をする。


 綾音と呼ばれた女子生徒。彼女の名前は天道てんどう綾音あやね、陽翔とは中学時代からの友人であり、大地の彼女でもある。


 彼女は隣のクラスの人間ではあるが、彼氏の大地に会いたいからとよく遊びに来ているので、この場にいることを指摘する者はいない。


「うん、おはよう二人共。それで、二人は何の話をしてたのかな?」


「別に大した話はしてないから、気にしなくていい」


「大した話じゃないかは聞いてから決めるよ。ほら、減るものじゃないんだから話してよ」


 これ以上詮索されても面倒だったので適当に誤魔化そうとしたが、残念なこと綾音の好奇心はその程度では萎えないようだ。


「ここ最近の陽翔は妙に顔色がいいから、何かあったんじゃないかって問い詰めてたんだよ」


「あー……確かに最近の陽翔って何か顔色いいよね。前は死んで五日は経った魚みたいな目をしてたけど、今は死んで三日ぐらいの目をしてるし」


「…………」


 素直に腐った魚の目と言わないのは、綾音なりの優しさなのだろうか。


「……そんなに変わったか、俺?」


「うん、本当に顔色は良くなってるよ。何か心当たりとかないの?」


 顔色に関しては指摘されても自覚はないが、理由なら心当たりはある。


(十中八九、黒川のおかげだよな……)


 思い浮かぶのは、最近何かとお世話になっている隣人の少女。彼女のおかげで陽翔の生活水準は向上した。


 部屋は真澄が掃除して以降、汚したり散らかさないよう心掛けているし、定期的に掃除までしている。


 食生活は夕食限定とはいえ、真澄の栄養バランスが考えられた健康的かつ美味な極上の料理のおかげでカップ麵三昧だった頃よりもずっと良くなっている。


 全部真澄のおかげだ。今後、陽翔は真澄に足を向けて寝れないだろう。


「……ここ最近はまともな生活をするようになったから、心当たりっていうのなら多分それだろ」


「まともな生活って、具体的にはどういう感じなの?」


「部屋の掃除とか、食生活の改善とかだな」


「へえ、陽翔とうとうあの汚部屋おへやの掃除をすることにしたんだ。ずっと面倒だからってやらなかったくせに、どういう心境の変化?」


「別に大した理由はない。ただ何となく散らかってたから掃除しただけだ」


「ふーん、何となくねえ……」


 綾音の訝しげな視線が注がれる。陽翔の言葉を鵜呑みにはしていないことが丸分かりだ。


 とはいえ、バカ正直に真澄のことを話す気はない。やましいことは何一つないしそういう関係でもないが、それでも誰かに知られればあらぬ疑いをかけられかねない。


 真澄の迷惑になるようなことをするのは、本意ではない。故に信頼できる友人二人であっても、真澄のことを話すつもりはない。


「私や大地が遊びに行く度に掃除しろって言っても耳を貸さなかったくせに、何となくで掃除したんだ……ふーん」


「……いつ掃除をしようが、俺の勝手だろ」


 逃げるように視線を逸らしつつ答える。


 すると綾音は何を思ったのか、口角を大きく吊り上げた。


 綾音は真澄ほどではないが、それでも可愛いと言えるぐらいには容姿が整っている。そんな彼女の笑みは本来なら容姿同様可愛いものになるはずだが、なぜか今ばかりは悪意に満ちた邪悪なものに映る。


「なるほどねえ……私分かっちゃった。陽翔、彼女ができたんでしょ?」


「……はあ? お前何言ってんだ?」


 唐突に妙なことを言い出した綾音に、陽翔は目を丸くせずにはいられない。


「おいおい綾音、マジで言ってるのかよ? 常日頃恋愛事に無関心の陽翔に彼女って……」


「間違いないね。だって今まで私や大地がいくら言っても変えなかったダラしない生活習慣を変えたんだよ? 彼女ができた以外にあり得ると思う?」


「それは……ないな!」


 大地は同意と共に破顔した。その表情は、陽翔に彼女ができたことを一切疑っていないことが見て取れた。


(ここにはバカしかいないのか?)


 いったいどんな思考回路をしていたら、彼女ができたなんて突拍子のない考えに行き着くのだろうか。二人とは中学時代からの付き合いではあるが、今この時ばかりは理解不能だ。


「それで陽翔、お前の彼女ってどんな子なんだ? この学校の女子なのか?」


「何で彼女がいる前提で話を進めてるんだよ。俺に彼女なんかできるわけないだろ。そもそも、俺の彼女になってくれるような物好きがいないだろうし」


「そうかあ? 陽翔は素材は悪くないから、髪をちょっとイジるだけで大分良くなると思うけどな。試しに髪型イジってみろよ、多分女子の見る目が変わるぞ」


「嫌だよ、面倒臭い」


 陽翔は別に何をしてでも彼女がほしいというわけではない。わざわざ朝起きて髪型をセットするなんて、面倒なことこの上ない。そんなことをする暇があるのなら、陽翔は一秒でも長く寝ている。


「とにかく、俺に彼女なんていないからな。変な勘違いはするなよ」


 最後にそれだけ言って、陽翔はこの話題を強引に終わらせた。

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