公園で泣いている女の子を助けたら、姉が学校一の美少女でした

エミヤ

第一章

小さな女の子を見つけた

 学校での一日を終えて自身が暮らすマンションの前まで戻ってきた戸倉とくら陽翔はるとは、道を挟んでマンションの隣にある公園の前で足を止めていた。


「えっぐ……ひっく……」


 というのも、公園のベンチで一人嗚咽を漏らす女の子の姿があったからだ。しかもまだ十歳にもなっていなさそうな、小さな女の子だ。


 周囲に保護者の姿はなく、少女は一人ぼっち。流石にこんな状況をスルーできるほど、陽翔は薄情ではない。


「あの子、お隣さんの子だよな……」


 人目を憚ることなく泣き続ける女の子の姿には見覚えがあった。話したことはないが、隣の部屋の住人だと思う。時折ランドセルを背負って出てくるのを見ていたので、間違いないだろう。


「あー……大丈夫か、君?」


 とりあえず声をかけてみることにした。


 すると女の子は潤んだ瞳のまま、顔を上げる。


「……お兄さん、誰?」


「俺は……君の住んでる部屋の隣の者なんだけど覚えてないか?」


「……覚えてない」


 少しだけ思い返すような素振りを見せた後、結局思い出せなかったようで小さな頭を横に振った。


「……まあ話したこともないし、覚えてないのは仕方ないか」


 別に覚えていなくとも会話に支障はないので、このまま話を続ける。


「君、今一人なのか? 近くにお父さんかお母さんはいないのか?」


「……いない」


「なら他に家族の人はいないか? 例えばお兄ちゃんとか、お姉ちゃんとか」


「…………」


 ポツリポツリとではあるが話してくれていた女の子の口が、不意に閉ざされてしまった。


「……お姉ちゃんなんて知らないもん」


 少し間を置いてから、女の子は拗ねたような口調で小さく溢した。何となくではあるが、どうして女の子が一人でこんなところにいるのか想像がついた。


「……私、悪くないもん。パパとママに会いたいって言っただけなのに、お姉ちゃんにダメって言われた。もうずっと会えてないのに……」


 女の子の話をまとめると、何らかの事情で両親が長期間家を空けていて、それが寂しくて両親に会いたいと姉に言ったらケンカになった……といったところか。


 見たところ、女の子はまだ小学校低学年。まだまだ親に甘えていたい年頃のはずだ。長期間会えなければ、寂しさを感じても仕方ない。


 とはいえ、それはこんなところに一人でいてもいい理由にはならない。彼女の姉も今頃心配しているはずだ。


「お姉ちゃんが心配してるはずだ。とりあえず家に戻ったらどうだ?」


「ヤだ、絶対に帰らない。それにこっそり出てきたから、私がいないことにも気付いてないよ」


 一度ケンカをしたせいか、意固地になっているようだ。子供らしくプクっと膨らませながら言った。


 マンションのすぐ隣の公園なのに保護者が探しに来ないのを不思議に思っていたが、こっそり出てきていたのなら納得だ。


「……お姉ちゃんのバカ」


 正直、陽翔には今の彼女を説得できるような言葉を持ち合わせていない。かといって、放置するのは寝覚めが悪い。


「クシュン……ッ!」


 さてどうしたものかと頭を悩ませていると、女の子が可愛らしいクシャミをした。


 今は十月後半。冬が近いこともあり、この時期の夕方以降は少し肌寒い。女の子の服装は、肌寒い今の気温だと心許ないものだった。


 女の子がいつからここにいるのかは知らないが、このままだと風邪を引きかねない。どこか温まれるような場所に連れて行かなければ。


(自分の家に戻れって言っても聞かないだろうし、かといって温まれる場所なんて……あ)


 一つだけ心当たりがあった。陽翔は一つの提案をする。


「なあ、もし良かったらだけど、ウチに来ないか? ここにいても寒いだろうし、ウチなら温かいからさ」


「……いいの?」


「ダメならそもそも誘わない。どうする?」


「じゃあ行く」


 そう言って立ち上がると、陽翔の側に近寄ってきた。ほとんど初対面の相手に付いて行くことに躊躇う素振りすら見せない警戒心のなさが心配になったが、変に警戒されるよりはマシかと考えを改めた。


「――お邪魔します」


 陽翔に連れられて四階にある陽翔の部屋に入った女の子の第一声は、幼いながらも礼儀正しいものだった。彼女の育ちの良さが窺える発言だ。


「大したおもてなしはできないけど、ゆっくりしていってくれ。ああそれと先に言っとくけど、リビングは散らかってるから足元には注意しろ。下手すると転んでケガするからな」


「うん、分かった」


 陽翔は頷いた女の子を連れてリビングに入る。


「……本当に汚いね」


 リビングに足を踏み入れた女の子は、眼前に広がる光景を前に酷評した。幼いだけあって、歯に衣着せぬ物言いだ。女の子の声が呆れ混じりのものに聞こえたのは、きっと空耳などではないだろう。


 だがそれも仕方のないこと。リビングは衣類や雑誌や空のペットボトルなどが至るところに転がっていて、フローリングがほとんど見えない状態だ。


「掃除ってしてないの?」


「しようとは思ってるんだ、しようとは。ただちょっと時間が足りないのと、俺にこの部屋を綺麗にするだけの能力がなくてだな……」


「お姉ちゃんが言ってたよ。やらない言い訳ばかりしてる人は、実行に移すことはないって」


「な、中々辛辣なことを言うお姉ちゃんだな……」


 女の子の言葉がグサリと刺さる。言ってることが正論なだけに反論の余地すらないのも辛いが、それ以上にこんなに小さな女の子に諭されたという事実に情けなくて仕方がなくなる。


「うん、お姉ちゃんは凄いんだよ! 家事も勉強も運動も得意で、その上美人なんだ!」


 ケンカをしたという割には、随分と饒舌に姉のことを語る女の子。世の中にはケンカするほど仲がいいなんて言葉があるが、これはそのいい例だろう。


 泣いていた時とは大違いで、女の子は明るい姿を見せる。これが彼女の素なんだろう。


 姉のことを一生懸命語る女の子を微笑ましく思っていると、不意にキュルルゥというか細い音がどこからともなく聞こえてきた。


「……お腹空いた」


 どうやら音の発生源は女の子だったようだ。お腹に手を当てつつ、空腹を訴えている。物ほしそうな視線を陽翔に向けている。


「あー……カップ麵ぐらいしかないけど、それでもいいか?」


 残念なことに陽翔は、一人暮らしのくせに掃除に限らず家事全般が苦手だ。料理なんてまともにできない。


 健康面を考えると子供に食べさせるのはあまり良くないが、これしかないのだから仕方がない。


「カップ麵? それってお湯を淹れるだけで作れるやつのこと?」


「そうだな、そのカップ麺だ。……やっぱり嫌か?」


「ううん、全然嫌じゃないよ! 私、カップ麵食べたい!」


 まさかの食い付きの良さに、陽翔は目を瞬かせる。カップ麵なんて安くて腹が膨れるくらいで、お世辞にも美味いとは言えない代物だ。


「カップ麵、好きなのか?」


「ううん、好きじゃないよ。そもそも食べたことがないもん。普段お姉ちゃんは身体に悪いからって、あんまり食べさせてくれないし……」


「まあ確かに身体にいいとは言えないな。それなら、カップ麵はやめておくか?」


「えー、せっかくならカップ麵が食べたいよ」


 カップ麵に強い関心を寄せる女の子。期待しているほど美味しいものでもないのだが、未知のものに対する好奇心が彼女を駆り立てるのだろう。


「けどなあ……そのお姉ちゃんは身体に悪いからって食べさせなかったんだろ? それを俺が食べさせるのはな……」


「黙ってればバレないから大丈夫だよ。だから食べさせてよ、お兄ちゃん。私、もうお腹がペコペコだよ」


 空腹を訴える女の子。そもそも陽翔はカップ麵くらいしか出せるものがないのだから、悩んだところで意味がない。


 陽翔は仕方なく、女の子にカップ麵を食べさせることにした。


 

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