第三十三話 商店試運転!

 春も中盤に差し掛かり、暖かさが際立つようになった季節。朝はまだ少し寒いけれど、今日は日が昇るよりも早く目が覚めた。

 今日は私とエコノレ君にとって最も大切な日。スーパー試運転地の開店日だ。


 あれから三日間、何故かずっと私の番が続いている。エコノレ君が今何を考えていて、どう行動したいのか分からない状態だ。

 少し心配。けど、彼の力を借りなくても私は大丈夫だ。むしろ私が彼を助けるために、ここまで来たんだから。


 私はまだ寝ているアラレスタを無理やり叩き起こした。

 この子は本当に朝に弱いんだな。日は登っていないけど、昨日は二人で早めに寝たはず。少なくとも8時間は寝た。それでもまだ起きないなんて。


 寝ぼけた彼女をリビングまで引っ張って、今朝は軽めの朝食をとる。流石、ここの家族は早起きには慣れている。プロテリアもランジアちゃんも、コストーデやミノだって、直接お店には関係ないのに、早起きをして朝の支度を始めていた。


 朝食が終わったらまずはいつも通り上半身裸になって、アラレスタの治療を受ける。これだけは本当に、もう少しどうにかならないものか。エコノレ君はもう慣れたと言っていたけど、私にはどうも無理そうだ。


 先に洗面所を借りて顔を洗い、寝癖を整える。エコノレ君愛用の輪で長い髪を後ろで結び、前髪は私の目がしっかり見えるよう分けた。

 うん、やっぱりこういう髪型が、エコノレ君には似合っているよね。


「エコテラさん、すっかりこの家になじんでくれたみたいですね。前までは、朝食をとるよりも先に洗面所で身なりを整えていました。でも今じゃ、順番が逆になってますよ。僕たちに寝起きの顔を見られても平気なくらい、仲良く感じてくれているんですね」


 ふと、順番待ちをしていたプロテリアが話しかけてきた。

 言われてみれば、彼のいう通り。気付かないうちに、私はこの家で、本当の家族にするそれと同じような振る舞いをしているのか。それだけ、私も彼らに心を許しているんだな。


「そうだね、ここに来てまだ数週間しか経ってないけど、私はプロたちのこと、大好きだよ。よそ者の私たちをすんなり受け入れてくれたし、本当の家族と同じように接してくれる。それに、商店のことも快く協力してくれた。理由を上げればもっと沢山あるけど、でも、言葉じゃ足りないくらい、私はみんなのことが好きだよ」


 こればっかりは、いくら言葉を重ねても伝わるものじゃない。感情によるところが非常に大きいんだ。そして私は、これを正しく伝えられる言葉を持ち合わせていない。


「て、照れること言わないでくださいよエコテラさん! 今日はちょっと、テンションがおかしいんじゃないですか!? まったく、商店を開けるのが嬉しいのは分かりますけど、あんまり張り切り過ぎて身体を壊さないでくださいよ?」


 珍しいな、プロテリアが私の言葉にたじろいで目線を逸らすなんて。

 普段冷静沈着で何でも出来るお兄ちゃんという感じがしているのに、たまにこういう一面を見せるから、まだ子どもなんだと思ってしまう。


「自分の身体が第一だもんね。心配してくれてありがとう。でも大丈夫! 無理はしすぎないし、引き際はちゃ~んと分かってるつもりだよ。じゃあ私先に行くから、商店予定地で待ってるね。あ、アラレスタ寝ぼけてるから、来るときは一緒にお願い」


 私はプロテリアよりも一足先に、この家を出る。商品の最終確認と、従業員の時間管理をもう一度把握しておかなければいけないんだ。やることはまだあるし、飛び込みで仕入れの受け入れだってあるかもしれない。


 商店までかなり距離があるけど、大丈夫。もうこの道を歩くのは慣れた。森を一度抜けないといけないけど、ここはコンマーレさんの威光が効いていて、魔獣や盗賊の類はほとんど出ないらしい。


 日が少し出始めたころ、私は他の誰よりも早く現場に着いた。朝から昼まで誰かがせわしなく働いていたから、誰もいないこの場所は不思議な空気を感じる。

 誰もいないのに、そこに並ぶ棚には確かな活気があって、商品を運んだだろう荷車の跡には、従業員や生産者方の熱意を感じた。


 ここが私の商店、一号店。まだ本店も完成していないけど、もうここは私の店だ。

 そして、この国に初めて誕生するスーパーマーケット。この大陸中に、新しい風を吹かせるスタートライン。ここは、そういう場所なんだ。


「さて、張り切って仕事しなくちゃ。まずは昨日までに仕入れた野菜関係! あとお米も! みんなが来るまでに最終チェック終わらせて、他の仕事もやっておかないと!」


 野菜や米など、常温で保存できる食材に関しては既に棚に並べてある。バックヤードにも、もう大量の在庫を確保していた。今日中に売り切れることは、多分ないんじゃないかな。ていうか、売り切れたら困る。


 確認するのは主に、虫食いの有無だ。一晩で虫が取りつきダメにされてしまうことも、まあ想像に難くないだろう。あとは、何らかの病気で野菜の状態が悪くなっていないか。

 全部は流石に点検できないから、一部を取り出して良く確認する。


「「「おはようございます、エコノレさん!」」」


 作業をしていると、販売担当の従業員たちが集まってきた。彼らも点検や品だしの仕事があるから、他の従業員よりも少し早く出勤するのだ。


 販売担当の人が来ると、今度は生産者の方々がやってくる。私からしたら、消費者と同じ取引先というわけだ。


 野菜や米類に関しては昨日までにあらかた仕入れが終わってるけど、肉や魚に関しては当日持ってきてもらうことになっていた。


「ほへ~、この箱に入れると肉を保存できるのか! あ、中が冷たい。なるほど、こん中に冬を作ったわけだな。にしてもコイツを作った人は相当な天才だ」


 私がプロテリアに頼んで作ってもらっていたもの、冷蔵庫を、生産者や販売員が口々にべた褒めしている。正直無理だろうと思って頼んだんだけど、「できますよ、そのくらい」とか言ってあっさり作ってしまっていた。本当に、あの子には頭が上がらない。


 これさえあれば、マシェラさんが必死になって考えた経営戦略がひっくり返る。何せ、どれだけ肉を仕入れてもあれに保管できるのだから。冷凍機能を使えば、余った肉は次の日にも持ち越せる。


 日が昇ってくると、次にレジ担当の従業員さんが入ってきた。彼らが来たということは、もうすぐ開店時間だ。マシェラさんを中心に教育してきたけど、レジ打ちという概念がそもそも新しすぎる。緊張しているだろうなぁ。


 レジ機能はランジアちゃんに頼んだ。単純な計算機だけど、正直冷蔵庫よりも私には理解できなかった。電卓の中身なんて、私が知っている訳もない。


 しかし、現代のPOSシステムのようなものは流石に作れなかった。ランジアちゃんはものすごくやる気になっているけど、もしそれが出来てしまったら世紀の大発明家だ。あれは、現代の技術の粋を集めて作られたものなんだから。


 取り敢えず今は、ただの電卓の機能だけあればいい。野菜関連は早見表で値段を確認して数字を入力するだけ。だけど一部グラムで値段を設定している肉や魚、野菜類に関しては、その都度料金の書いてある木片を確認する。


 つまり、値段を設定して、木片を商品と一緒にお客に持たせるのが販売員の仕事で、その値段を確認して入力するのがレジ担当の仕事だ。


 レジには必ず二人立っていて、一人は計算担当、もう一人は清算担当だ。

 役職を二つに分けることで作業の効率化を図れるし、その分レジの混雑も解消できる。従業員の負担も解消できてホワイトだ。


 まあ、その分従業員のお給料はすごいことになるけど。私に入ってくるお金は、当分先だな。


 そもそも仕入価格だってかなり相手に譲歩しているんだ。値入率も悪い。そのうえ従業員の給料も多いと来れば、商店の運営費だけでカツカツだよ。ここに本店建設費も入ってくるんだから、今は耐える時期なんだろうな。


 これは必要なことだ。計算係はともかく、清算係は実質商店に入ってくるお金を自由に出来るんだから。それに、お客さんと最後に接する従業員でもある。私が信頼の置けると判断した人だけ、この担当に就かせるべきだ。


「さあ、いよいよ営業開始の時間だよ。気合引き締めていこう!」

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