第二十二話 カッツァトーレ

 森の中をズンズン進んでいく。昨日話し合っていた、森の協力者のもとへ向かっているのだ。アラレスタの知り合いということで、当然人間ではない。相手は彼女と同じ精霊種だ。


 こうしてみてみると、森の中には多くの恵みがあるのが良くわかった。

 例えば野生の草食獣。あれを捕まえて捌けば、それだけで商品を確保できる。まあ問題は、どうやって捕まえるのかという話だが。


 奴らは人間にはない登攀能力を持っている。山まで逃げ切られればこちらの負け。

 そうでなくとも、単純に追いかけっこをしていては捕まえられるはずがない。草食獣の身体強化は脚力に集中しているのだ。


 森の協力者を雇うのは当然危険を回避するためでもあるが、ああいった草食獣を捕まえる方法などを熟知しているからだ。

 常に森とともに生活している彼らは、どの魔獣がどんな生態をしているか良く知っている。


「今日会うのは、どんな奴なんだ?」


「まずは五人の男性に会ってもらいます。代表の名前はカッツァトーレ。普段は狩りをして生活しています。他にも、森に迷い込んでしまった人間を、村まで送る仕事もしてますね。こっちは完全にボランティアですけど。もちろん全員精霊種ですよ」


 なるほど、最初はある程度人間と接触のある人物か。これは良かった。

 精霊種は基本的に森の中に住んでいて、人間というものを全く知らない奴もいる。というか、山に住んでいるような精霊種は、ほとんど人間を知らない。


 それを解決するため、アラレスタのように人間と接触をする人材がいるのだ。

 精霊種にとっても、人間は無視できない存在になりつつある。寿命が短い分、技術や文化の隆盛が早いのだ。だから人間は、どの種族よりも早い段階で高度な文明を手に入れた。


 逆に言えば、精霊種などは今まで、特別な組織など持たずに生活していても何ら問題ないほど、強力な力を持っていたのだ。この危険な森で、個人や家族といった小規模な単位で生活している。人間は、町を作らなければ己の身を護ることも難しいというのに。


「そのカッツァトーレという人物、俺たちに協力してくれそうか?」


「大丈夫ですよ。カッツァトーレは人間が大好きですから。それに森の精霊にしては珍しく、私と同じ革新派です。この森に新しい風を吹かせようとしているんですよ。きっと皆さんの計画に興味を持つはずです」


 現在、この森はふたつの勢力に分かれている。

 現在の人間との関係や、それまで築いてきた文明をそのままにしようという保守派。積極的に人間と関わって、より高度な文明を手に入れようとする革新派。


 保守派は精霊種の長ロンジェグイダが、革新派は霊王ウチェリトがそれぞれ支援している。だから山や森の精霊には保守派が多いし、鳥類や知能の高い魔獣には革新派が多い。


 しかし彼らの関係から見ても分かる通り、特に対立はしていないようだ。

 全く正反対の主張をしているにも関わらず、互いの意見を尊重しようとしている。それは、人間では到底不可能なことだ。彼らは既に、人間をはるかに超える知能を持っている。


 なぜ彼らが対立しないのかと言えば、それは簡単なことだ。彼らの根源的な目的が、この大陸を守護すること。その一点に尽きるからである。

 これは精霊種の長ロンジェグイダが大昔に取り決め、霊王ウチェリトが全ての精霊種に知らしめたこと。


 彼ら精霊種が争えば簡単に森は崩壊し、アストライア大陸は未曽有の危機に陥る。それを避けるため、皆対話を望んでいるのだ。

 人間の場合は勢力が二分された時点で、武力行使もあり得るというのに。


「彼らは革新派ということもあって、町からそう遠くない場所に住んでいます。たまに町に出ていることもありますけど、家には基本的に誰かいるはずですよ。ホラ見えてきました、あの家です!」


 彼女がそう言って指をさしたのは、いわゆるツリーハウスという建物だった。

 巨大な木の太い枝と枝の間に、立方体の建造物が建っていた。材質は当然木造である。ツリーハウスにしては珍しく、なだらかな階段もついている。


「お年寄りでもいるのか? いや、精霊種の最年長はあの美青年ロンジェグイダだぞ。足腰を悪くするような年配はいないか」


 少し疑問に思ったが、俺はなだらかな階段を登っていく。意外にも建付けはしっかりしているのか、グラグラと揺れることはない。

 扉の前に立ちノックを三回。ノックの回数で礼儀作法を問われるのは我が国くらいだが、もう手に染み付いた癖だ。止めることは出来なかった。


「は~い、いま開けま~す。あ、お兄さん! 久し振りですね!」


「ディリト少年!? なぜこんなところに?」


 可愛らしい声で扉を開けたのは、以前に町で迷子になっていたのを助けたディリト少年だった。

 深緑の髪に、姉によく似た快活な同色の瞳。いかにも元気な坊主といった少年だ。


「ディリト、またここにいたの? 前に迷子になったから、しばらく来ないって言わなかった?」


「だ、だって、カッツァトーレさんがまた面白そうなことやるっていうから。今日は道に迷った人間とっ捕まえて、家に招待して新作のお茶をしばき回すって」


 おうふ。カッツァトーレという人物は、俺の想像していた精霊像とはかけ離れた男らしい。完全に善意でやっているのだろうが、言い方ってもんがある。子どもに変な言葉を教えないで欲しい。


「それで、カッツァトーレはどこ? 今日はアイツに用があって来たんだけど。ていうか、狩人の仕事は? なんでアイツお茶なんか育ててんのよ」


 急に口悪いなアラレスタ。いや、こっちが素か? どちらにせよ、彼女にとってここはそれだけ心を開ける場所なんだろうな。俺たちの前では絶対に見せない、とても恐ろしい表情を見せている。


「もう出ていったよ。森の中で悲鳴が聞こえたって、みんな連れてった。僕だけここに残ってお茶の用意してる」


「ふ~ん、じゃあここで待っていようかな。アイツ実力は確かだし、すぐに戻ってくるでしょ。エコノレさんも上がってください。自分の家と思って、くつろいでくれて構いませんよ」


 お言葉に甘えて扉をくぐると、予想通りの内装をしていた。

 木造で落ち着く広い空間に、心を休ませる観葉植物。机の上にはお茶を入れるポットが置いてあり、大きな棚にはいくつも陶器のカップが用意されていた。


 椅子はなく、机も低い。エコテラの記憶にある、ちゃぶ台というものだ。コンマーレさんの家とは生活様式がかなり違うな。

 だが、これも楽だ。木のリラックス効果も相まって、座っていると、このまま床に倒れこみたくなる。


「お、アラレスタ! 久し振りじゃねぇか! そっちはお客さんかい? これからこの爺さんと茶ァしばきまわすんだ。アンタもどうだ?」


 扉を乱暴に開いて入ってきたのは、五人の精霊と木こりらしい爺さんだった。先頭に立っている口悪いのが、例のカッツァトーレという人物だろう。


 緑色の短い髪に、ムキムキマッチョの身体。その目は細く怖い印象だが口元は笑顔で、全体的にアンバランスな印象を受ける男だ。


「おお、ここが噂に聞く、迷い人が辿り着く精霊の住居。なんと神々しい。人生、長生きはするものじゃなぁ。まさかワシがこんな神聖な場所に辿り着けるとは」


 彼が連れてきた木こりの爺さんは、何やら手を合わせて拝んでいる。

 いや、ここそんなに神聖な場所か? ただの不良のたまり場だろ。精霊って、町の人たちが思ってるほど高貴な存在でもないんだけどなぁ。


「久し振り、じゃないでしょ。アンタ狩人の仕事はどうしたの? まさかサボってるわけじゃないでしょうね」


「さ、サボってねぇよ! 毎日ちゃんと仕事してんだろ。今だってこうして、人間と交流を結ぼうと頑張ってるわけよ!」


 二人は何やら口喧嘩を始めてしまった。その口論すら、爺さんはありがたそうに眺めている。他の四人の精霊は各々武器を外してくつろぎ始めたし。


「お兄さん、お茶を淹れたよ。僕お茶淹れるのすっごく上手くなったから、お兄さんに飲んで欲しいなぁ」


 ああ、マジでカオスになってきた。なんだこの空間。精霊種が集まるとこうなるのか?

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