第十七話 キャッキャウフフ

 朝。昨日とは打って変わってあたたかな日差しの中、私は目を覚ました。

 そう、日をまたいでもまだ私の番が続いていたのだ。どうやら、睡眠が交代の条件ではないらしい。


 おかしい、既に目は覚めて頭も正常に働き始めているのに、どうしてか身体が動かない。

 まさか、金縛りという奴か? 昨日は慣れない山登りをしたから、頭だけが先に目覚めて身体はまだ寝ているのかも知れないな……。


「ッ!? な、何でアラレスタさんが私のベットに!?」


 完全に目が覚めた瞬間に分かった。アラレスタさんが私のベットに入り込み、全身をがっちり掴んでいたのだ。

 彼女はこう見えても木の大精霊。人間よりも遥かに力は強い。


 そういえば、病気の経過を見るために彼女もこの家に泊まると言っていた。睡眠中の魔力の動きで、病気の進行状況が分かるという。それを確かめるために抱きついているのかも。


 しかし今の私は身長185cmの筋骨隆々エコノレ君のボディ。それでも身動きがとれないほどなんて、絞め殺す気なのだろうか。いや、彼女ほどの力があれば、寝相で人間を殺してもおかしくないかもしれない。


 ……そう考えてしまった瞬間、途端にこの状況が恐ろしくなった。

 まるでそう、ライオンの隣で寝ていたような。起きたら全身血だらけになっているような妄想が脳裏をよぎった。


「ちょ、起きてくださいアラレスタさん! お、起きろぉこの! なんでこんなに大声出してるのに起きないんですか!?」


 私が耳元でどんなに叫ぼうとも、まったく起きる様子のない彼女。

 この状況は非常にマズい。もしかしたらこのまま本当に殺されるかもしれない。頭にあるのは、ブラッドパイソンという大型の蛇が脱走して殺されてしまった男性の話!


「エコテラさん、起きたの? なんかすごい声が聞こえてきたけど。もう朝ごはん出来てるよ~」


 ! こ、これはまたマズいことになった! ランジアちゃんの声だ! こっちに向かって近づいてくる!


 いくら私の中身が女だとは言え、外見はエコノレ君。高身長童顔イケメンのエコノレ君だ。そして相手は、花のように可憐なアラレスタさん。しかも彼女はがっちり私の身体をホールドした状態だ。


 こんな状況を見られたら確実に誤解される! ランジアちゃんにはこんな場面見せられない。せめてプロだったら色々察してくれそうなものだけど。

 なんで朝から私がこんな目に合わないといけないんだ。


「ほ、本当に起きてくださいアラレスタさん! マジでやばいです! もう、なんで精霊種のくせに朝に弱いんですか! せめてこの手を離してくださいよ~!」


「ムニャムニャ、まだ深夜32時ですから。あと8時間は寝たいですね~」


「それは朝8時のことです! いい加減にしてください!」


 言いながら、自分も人のことは言えないと思った。

 早起きしたつもりが朝8時なんて、生活リズムの乱れを感じる。そんなに遅くまでは起きていなかったはずなのに。


 こうしている間にも、ランジアちゃんがドンドン近づいてきている。

 きっと部屋まで迎えにくるつもりなのだろう。彼女たちは朝の5時半には起きて生活を始めているから。


「も、もうおしまいだ。ランジアちゃんにあらぬ誤解をさせてしまう。はっ! 布団で隠せば……!?」


 ないッ! なんで!?


 ベットの上を見回してみても、布団は見つからなかった。

 今度は部屋全体を見てみると、隅の壁まで吹っ飛ばされている。アラレスタさん、さてはめちゃめちゃ寝相悪いな。


 でもどうしようどうしよう。このままじゃランジアちゃんに見られてしまう。いくら種族が違うとはいえ、こんな現場を見られたらおしまいだ。


 私が慌てていると、部屋の戸をノックする音が聞こえる。

 そういえば、ランジアちゃんはノックをしても返事を聞かずに開けてくるお母さんみたいな人。静止の言葉は聞いてくれない!


 絶望の瞬間、何故か私を締め付けるアラレスタさんの腕が、より一層引き締まったように感じた。


「起きてるなら自分で歩いて朝ごはん食べに来てほしい。朝に弱いと言っても限度が……」


 こちらに視線を合わせたランジアちゃん。表情はいつもの冷静なものだが、目が泳ぎまくっている。明らかに動揺しているのが見て取れた。


「お、おはようランジアちゃん。こ、これは……」


 ガタリ、無言で戸を締められてしまった。確実に誤解された。もうこの家にいられない。


 チラリとアラレスタさんの顔を見てみると、完全に起きて笑顔を輝かせていた。


 一発殴っておいた。




「酷いですよエコテラさん。ちょっとじゃれてただけじゃないですか。私とエコテラさんが抱きつくことの、何がいけないって言うんですか?」


「今みたいなことが起こります! 貴女には私は女にしか見えないかもしれないですけど、普通に見たら男性と女性が……その、あれですよ」


 次の言葉は口に出せなかった。私は前世では勉強ばかりしていて、男性経験なんてものは……。それに、そんなの必要ないと思っていたし。


「不潔。エコテラさん、そんな趣味があったなんて知らなかった。きっと男性の身体を手に入れて大喜びしていた」


 ランジアちゃんが淡々と罵倒してくる。

 いや、そんな趣味ないから。確かに可愛い女性は好きだけど、それはあくまでも愛でていたいという思いで、動物に抱くそれと同じなのだ。断じて、欲情している訳ではない。


 でも、そうだな。エコノレ君の身体になったせいだろうか。以前からアラレスタさんのことは殊更に可愛らしく見える。もしかして、本当に私はそういう趣味になってしまったのだろうか。


 いやいや、そんなことはないだろう。私は男性が好きだ。

 例えばそう、エコノレ君みたいな長身で、着やせするけど本当はマッチョな感じの……。


 恥ずかしい、何故私がこんな思いをしなければならないのか分からない。私は異世界にこんな思いをするためにやってきたわけじゃない。


「じゃあエコテラさん、朝食も済ませましたし、上半身脱いでください」


「ちょっ!? アラレスタさん!? 今の話の流れでそれはマズいですよ!」


「何を勘違いしているのか分かりませんが、病気の治療です。その服、私の魔力を阻害してしまうですよ。嫌なら、こっちの内側がすご~くチクチクする服に着替えますか?」


 な、なんだ。病気の治療か。驚いた。そういうことなら問題はない。

 市場に売られていた質の悪い服は嫌だ。ランジアちゃんが編んでくれたこの服の寝巻の方がずっと着心地が良い。


「相変わらず、すごい筋肉ですよね。特に運動ができる様子もないのに、どうしてこんなにたくましい筋肉がついてるんでしょうか」


 アラレスタさんが私の背中をなぞりながら呟く。


 確かに、それは疑問に思っていた。エコノレ君の記憶をたどる限り、ずっと研究所に引きこもっている印象が強い。

 室内でたまに筋トレはしてるけど、外で走るとか騎士団と訓練をするとか、そういうアグレッシブなことはほとんどしていないのだ。


 だからこの筋肉のつきようはおかしい。もっと腕とかに偏った筋肉のはずなのに、エコノレ君のそれは完璧なバランスのとれた美しいまでの筋肉だった。


「私の仮説でしかないけど、筋肉の方が魔力を蓄えやすいんだよ、人間は」


 ランジアちゃんがそう言った。

 彼女は魔法について研究していて、特に今は生態魔法の応用を調べている。だからその辺のことも詳しいのだろう。


「人間って、食べ物から得た栄養を脂肪で蓄えるでしょ。それと似た感じで、生成した魔力は筋肉で蓄えるんだよ。多分エコノレ君の身体は、少しでも大量の魔力を蓄えて長生きしようと、この完璧な身体を作り出したんだろうね」


 なるほど、そんな理由があったのか。エコノレ君は筋肉がつきやすいとかいう理想的な体質の持ち主なのかと思った。

 いや、結果だけ見ればそうとも言えるかな?


「面白いですね、私は専門外です。ランジアさん、その話あとで詳しく聞かせてもらえますか?」


「わかった、研究資料を集めておく」


「あ、私も聞きたいかも。……じゃなくて! 治療はどうなったんですか?」


 本題を逸らさないで欲しい。こっちは命が掛かっているんだ。それも、エコノレ君と私の二人分。筋肉うんぬんよりこっちに方がずっと大事だろう。


「ああ、それならもう終わりましたよ。エコテラさんが食べたご飯がこれまた一瞬で魔力に変換されてしまったので、その分を私の方に移しました。これから毎食治療しますからね」


 そ、そうなのか。それって、私の番の時なら良いけど、エコノレ君の時はどうするんだろう。流石に上裸になって治療はマズいんじゃないかな。


「にしても、人間にしてはおかしい魔力変換効率ですよ。さっきの食事で、私の魔力がもうパンパンになりかけてます。やろうと思えばもっと蓄えられますけど、普段調子が良い時でもこんなに大量の魔力を保有していることはないですね。いったい正直、毎日こんな量の魔力を生成してたら、一ヶ月くらいでパンクしちゃうと思うんですけど」


 それは私にも分からない。いったいエコノレ君の身体はどうなっているのか。

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