第42話 僕とクリスマス⑨
色とりどりのイルミネーションが街を照らす。その光に導かれるように人が集まってきて、その景色に見惚れながらクリスマスの雰囲気に酔いしれる。
さっきはイルミネーションに意識がいっていたから気づかなかったけど、改めて周りを見渡すとカップルばっかりだ。
今日は十二月二十五日。
クリスマスだ。今日一日のデートの締め括りにはもってこいの場所なのかもしれない。
だって、この光はとてもきれいでロマンチックだから。
この雰囲気に呑まれて、人はいつもより積極的になってしまうことだってある。
宮村さんがそうであるように、僕もこんなときだからこそ伝えることがある。
「丸井の言いたいことってなに?」
じっと、宮村さんは僕の目を見て言う。まるでその瞳に吸い寄せられているようだ。どうしてか、目を逸らすことができない。
どきどきする。
女子の顔をこんなに長く見続けたことなんかないから、心臓がバクバクと暴れているのだ。
「えっと」
咄嗟に言ったので頭の中が全然整理できていない。何から話せばいいんだろう。そもそも何を話せばいいんだっけ。
分からなくなってきた。
あ、そうだ。
とりあえず渡すものがある。
「あの、これ」
僕はカバンの中からクリスマスっぽい包装がされた袋を取り出し、それを宮村さんに渡す。
彼女は珍しいものでも見るようにそれを確認した。確かに僕がそんなものプレゼントするなんて珍しいけれども。
「これは?」
「一応クリスマスプレゼントといいますか。それと、これまでの感謝の気持ちです」
「感謝?」
宮村さんがオウム返ししてきたので、僕はこくりと頷いた。
「はい。これまでいろいろと良くしてもらったので。宮村さんが優しくしてくれたから、僕は学校を楽しいと思えるようになったんです」
「別にあたしはそんなんじゃ……」
「だとしても、僕は救われました。宮村さんがずっと僕を気にしてくれたから五十嵐さんや綾瀬さんとも仲良くなれたんです。ただのパシリだった僕が、今では皆さんと友達みたいな関係になれて」
話し出すと言葉が溢れてくる。
すべて思っていることそのままだけれど、だからこそ支離滅裂な言葉になっているかもしれない。
「友達じゃん! 絵梨花とも萌とも、もちろんあたしとだって、丸井はちゃんと友達だよ?」
友達。
それは僕が高校に入学してからずっと欲しいと思っていたものだ。でも中々できなくて、もう諦めていた。
まさかパシリという立場からここまでこれるとは思わなかったけれど、それでも僕は欲しかったものを手に入れたんだ。
「僕はずっと友達が欲しくて、でもできなくて……だから、もし皆さんが僕のことを友達だと言ってくれるのなら、それはとても嬉しいことです」
「丸井は……友達以上の相手とか、欲しいと思わないの?」
もにょもにょと宮村さんが言う。けれどはっきりと聞き取ることはできた。
その質問に僕は言葉を詰まらせる。
友達以上の相手が何を指しているのかはさすがに分かる。今の僕なんかじゃ語ることさえ躊躇ってしまうけれど、それは恋人というものだろう。
「どうなんでしょう。欲しくない……ことはないと思います。でも、今はそんなこと考えている余裕はないというか、僕にはまだ早いと思うんですよね」
「……どうして?」
一瞬、宮村さんの表情が固まる。その鋭い眼光はこれまで見たことがないような圧を放っていた。
「これまでロクに友達も作れなかった僕なんかじゃ、仮にそんな相手が現れたとしても幸せにできるとは思えませんし。まだまだ経験値不足かと」
「……むう」
そうなんだ。
旅に出たばかりの勇者が突然魔王と戦って勝てるはずがない。いろんな場所を冒険して経験値を積んで、そこで初めて魔王と対峙するんだ。
近道はあるのかもしれない。
でも、するべきではないだろう。何なら遠回りした方がいいくらいだ。
それくらいしなければ、僕は誰かを幸せになんてできない。
「ま、いっか」
不満げな表情を浮かべていた宮村さんが吹っ切れたように言う。そして僕の方に笑顔を向けてくれた。
「このプレゼント開けていい?」
「あ、はい。どうぞ」
ガサゴソと包装を破る宮村さん。こういうところ性格出るなあ。意外と大雑把なのかな。
「あ、マフラーだ! 手袋も!」
「綾瀬さん達に、宮村さんがマフラーを失くしたと聞いたので。センスの欠片もない僕ではこれが精一杯でした」
「ううん、嬉しい。ありがと」
言いながら、宮村さんはマフラーを首に巻き、手袋を装着する。さっきまでと比べて見た感じも暖かそうだ。
「どう?」
「よく似合ってます」
これを僕が言うと自画自賛みたいにならないか? 大丈夫か?
「あの、あのね、あたし、何も用意してなくて……丸井がね、何かくれると思ってなかったから、あたしだけあげたら気遣わせるかなーって」
思い出したように宮村さんがオロオロしながら口にする。
もともと別にそういう集まりではなかったし、これは僕が勝手にしたことなのだから。
それに。
「いいんです。宮村さんからは、もう貰いましたから」
「あたし何もあげてないよ?」
「貰いました。たくさんの楽しい思い出を。僕はそれだけで十分ですよ。だから、来年もよろしくおねがいします」
「……年越しの挨拶みたい。まだちょっと早いよ」
宮村さんはくすくすと笑う。
「そういえば」
僕の言いたいことは多分言えたんだと思う。感謝の気持ちは伝えたはずだし、プレゼントも渡した。
「宮村さんの言いたいことって何だったんですか?」
「え」
遮ってしまって、すっかり聞くのを忘れていた。僕のを聞いてもらったんだから、ちゃんと聞かなければ。
「ええっと、それは……」
どうしたのか、宮村さんは言いづらそうにああだこうだとブツブツ言っている。
「あれはナシ!」
「ナシ?」
「うん。今はまだいいや」
「気になるんですけど。なんか中断させちゃった僕のせいみたいじゃないですか」
一体何を謂うつもりだったんだろう。
「うん、まあ丸井のせいっちゃせいかもね。丸井があたし達のことをちゃんと友達だと思ってくれて、今よりもうちょっとだけでも欲張りになってくれたら言うかも」
「なんですかそれ」
「いいんだよ、もう。ほら、ずっとここにいたら寒いしそろそろ帰ろ?」
宮村さんは再び僕の手を握る。手袋をしているおかげでさっきのような冷たさは感じない。
どころか、温かささえ感じる。
それは手袋のおかげで宮村さんの手の温度が上がったからか、もしかしたら別の理由があるのかも。
まあ、そんなことはどうでもいっか。
いろいろあったけれど、最高の一日になった。宮村さんもそう思ってくれているなら嬉しいな。
こうして、僕の長いようで短かったクリスマスは終わりを迎える。心地よい満足感とほどよい疲労が体中を駆け巡っている。
今日はよく眠れそうだ。
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