第28話 僕と遊園地⑤


 さくらパークはあくまでも家族向け、もっと言うならば子供向けに作られた遊園地の印象がある。


 なので、お化け屋敷といっても子供が怖がる程度の仕掛けしかないだろうと思っていたのだが。


「ひゃああああ!?」


 しっかり人が驚かしてくる。

 こういうのはだいたい乗り物に乗って機械のお化けが顔を出すくらいだろうと勝手に思っていた。


 おかげで宮村さんは既に限界寸前だった。ぷるぷると震えながら僕の腕にしがみついている。


 まさか人生で女の子に腕にしがみつかれる日が来るとは。まるでラブコメみたいだ。

 感涙。


「丸井は怖くないの?」


「え、いや、そんなこともないですけど」


 宮村さんの声に驚くんだよな。

 先にお化けに気づいて叫ぶからお化け自体にはそこまで驚かないシステムだ。


「でも、声出さないじゃん」


「一応出てはいますけど」


 嘘ではない。「うお」とか「わっ」とかの声は漏れているが、全部宮村さんの叫び声にかき消されているのだ。


「あんまり速く歩かないで!」


「すいません」


 宮村さんが年寄りにも負けないくらいにゆっくり歩いているだけで、別に早足で歩いているつもりもないんだけど。


 ここで刺激するともっと怒りそうだから素直に従っておこう。


「なんかいる?」


「いえ、今は大丈夫ですよ」


「ほんとに?」


「ええ」


「ほんとに?」


「ええ」


「……ほんとに?」


「……ええ」


 そんなに信じれないか?

 それは僕の信頼度の問題じゃないですよね? お化け屋敷という環境が疑心暗鬼にさせてるだけですよね?


「この先段差らしいので目を閉じたままだと危ないと思います」


「……でも、それは目を開けさせるためのやつでしょ?」


「いや、さすがに段差のあるところでは危ないので大丈夫だと思いますよ」

 

 宮村さんは恐る恐る目を開く。薄目にして確認してからゆっくりと開眼していく。


「暗い」


「まあ、お化け屋敷ですから」


 お化け屋敷に入ってる状態で言うべき感想ではない。


 一歩一歩ゆっくりと段差を降りる。人は驚くとどんなリアクションをするか想像できない。

 想像できても、普通にその想像を超えてくるのだ。だから、段差ではおふざけしない。


 僕の予想は正しかった。

 無事段差を終えたところで、ふと思う。仕掛けがなかったと油断したタイミングが一番危ない。例えば、一段落ついたあととか。


 つまり、今とか。


「お化け出なくてよかったよ」


 宮村さんが安堵の声を漏らした、まさにその瞬間のことだ。影から現れたらお化けがエッヂの効いた声を出す。


「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!??!?!?」


 綾瀬さんも五十嵐さんも、この宮村さん見たかっただろうなあ。


 声を上げ、みっともなく尻もちをついて涙目になって口をパクパクさせている。


 役目を終えたお化けが物影に戻っていき、一瞬静寂が訪れる。


「……行きますか?」


「ちょっと待って。腰抜けた」


 後から聞いたところ、この宮村さんの叫び声は二人にも聞こえていたらしい。


 あと、この遊園地にはお化け屋敷が二つあるらしい。ジェットコースターと同じように子供用と大人用、これはもちろん大人用だった。



 * * *



「ああー、楽しかった」


 遊園地を出て、電車に乗って帰るその途中。車内は空いていたので僕らはイスに座ることにした。


 端っこに五十嵐さんが座り、その横に綾瀬さん、宮村さんときて最後に僕だ。


「あーしは疲れたわ」


「あたしもー」


 満足げな声を漏らす五十嵐さんの横で二人は疲れ切った声を出していた。

 一日しっかり動いていたのだから無理もない。言いはしないが、僕も結構疲れた。


 けれど、程よい疲れというか、嬉しい疲労に思える。休日に友達と出掛け、その帰りに疲れたと言えるのは何だか幸せだ。


 それだけしっかり楽しんだということなのだから。


「もっと運動した方がいーんじゃない?」


「そういう疲れじゃないわ」


「ほんとそれ」


 五十嵐さんは結構最後までテンション高かったからなあ。疲れとか感じないんだろうか。


 スタンプラリーの景品も推しが当たって嬉しそうだったし、今日は来てよかった。

 それはきっと綾瀬さんも宮村さんも思っていることだろう。


「もうとうぶんはいいわ」


「もうえりぴってば、そんな寂しいこと言わないでよー。もうすぐクリスマスだよー?」


「あんたクリスマスバイトなんでしょ」


「そーなんだよう。休みたいって言ったんだよ? でも聞いてくれなくてー」


 愚痴をこぼすように五十嵐さんは言う。五十嵐さんはメイド喫茶で働いていたはずだけど、クリスマスは忙しいのかな?


「えりぴは彼ピッピと過ごすのかなぁ?」


「……まあ、多分ね」


 五十嵐さんも綾瀬さんもクリスマスは予定あるんだな。まあ、陽キャに予定があるのは当たり前か。


 僕は例年通り家でチキン食べて終わりかな。何かのアニメのクリスマス回でも観るとしよう。


「……」


 そういえば宮村さんはどうなんだろうか。そう思い、彼女の様子を見てみると、何かをぼーっと見ていた。


「宮村さん?」


「……ん? なに?」


「いや、何かぼーっとしていたようなので」


「気のせいだよ。ちょっと疲れてるだけ」


 そう言う宮村さんは確かに疲れ気味のように見えた。そういうことならそっとしておこう。


 ちなみに何を見ていたのか。

 僕はさっきの宮村さんの視線を追った。


「……ああ」


 イルミネーションイベントのポップがそこにあった。クリスマスといえばイルミネーションでもあるもんな。


 宮村さんはあれを誰かと見に行ったりするのだろうか。


 ……クリスマスか。

 つまり、今年ももうあと少しだ。

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