第20話 僕と休日⑤
エンディングが流れ、そのあとに物語のオチ的なシーンがあり、場面が暗転する。
そして、ゆっくりと劇場内の電気が灯される。泣いてしまったことがバレると恥ずかしいので、僕はメガネを外し、ぐしぐしと目を擦った。
号泣ではないので、これで誤魔化せるだろう。
「丸井泣いてたね?」
明るくなって最初の一言がそれだった。おかしいな、そんなに目元に残っていただろうか。
「あ、いや」
「結構じーんとくるシーンあったもんね。あたしも最後は泣きそうになっちゃった」
「あはは、ちょっとだけ泣いてしまいました。お恥ずかしい」
アニメ観て泣くとかバカにされないだろうか。僕は笑いながら言う。
「別に恥ずかしいことないでしょ。あたしはそういうのいいと思うよ? ねえ、萌――」
フォローしてくれているのだと思う。さらなる同意を得ようと隣にいる五十嵐さんの方を向いた宮村さんが言葉を失う。
どうしたのかな、と思い僕も見る。
「ううう、良かったよお」
号泣してた。
めちゃくちゃ感受性豊かだなあ。あれだけ泣かれると、ちょっと泣いたくらいどうってことないように思える。
「ちょっとだけ待とっか」
「そうですね」
今出口に向かっても結局人で溢れているので出れそうにない。五十嵐さんのこともあり、僕らは少しの間そこで余韻に浸ることにした。
映画が終わったあとのゆっくり明かりがつく瞬間が僕は好きだ。何が好きなのかと言われると明確な理由はないが、雰囲気がいい。
「結構ポップコーン残りましたね」
覗いてみると三分の一くらい残っていた。あんまり食べすぎるのはどうかと思い、ちょっと遠慮したんだけど。
「あたし映画始まるとそっちに集中しちゃうから、食べるの忘れちゃうんだよね。ほら見てよ」
言いながらジュースを見せてきた。半分は確実に残っている。そんなに飲まないなら人に合わせて買わなきゃいいのに。
「食べちゃっていいですよ」
「え、丸井も食べなよ」
そんなわけで残されたポップコーンを処理する。全て食べ終えた頃には出口も空き、五十嵐さんも落ち着いたので僕らは劇場を出た。
「しっかり全部食べてるね、萌」
「前半にはなくなってたよ」
なぜか自慢げだ。
「このあとどうする?」
宮村さんが言う。
「甘い物食べたいかなー」
あれだけのポップコーンを食べたというのに、さらに食べるというのか?
「あ、わかる。丸井もいい?」
「全然大丈夫ですけど」
そんなわけで映画館を出て、次なる場所へと向かう。僕は二人について行くだけなのでどこに向かっているかは検討もつかない。
そんな感じでひたすらついて行くと辿り着いたのはおしゃれな喫茶店だった。
僕一人では確実に入らない――否、入れない雰囲気である。
僕がマックでシェイクを飲んでいるとき、陽キャはこんなおしゃれな喫茶店で過ごしているのか。
なんて、一人で勝手に劣等感を抱きながら案内された席に座る。僕が一人で座り、向かいに宮村さんと五十嵐さんが座る。
「私はミルクレープにしよーかな」
「じゃああたしはモンブランかな」
二人が一つのメニューを見ながらあれやこれやと楽しんでいる前で、僕もまたメニューと向き合っていた。
ケーキなんてそう食べる機会はない。正直どれを食べればいいのか悩んでしまう。
いつも食べるのはショートケーキだけど、せっかくだから違うものにチャレンジするのも悪くないとも思う。
「丸井は決まった?」
「いや、まだ」
「何に悩んでるの?」
「いつも食べるショートケーキにするか、せっかくだから違うものにするかで」
ほーん、と五十嵐さんはメニューに視線を戻す。そして、再び顔を上げた。
「じゃあショートケーキにしなよ。せっかくだから、三人とも違う種類の方がいいでしょ」
「え」
「三人が違うものを頼めば三種類の味が楽しめるんだから。ねえ、さなち?」
それはいわゆるシェアということか? 女の子は好きだな、シェア。とりあえずしたがるよな、シェア。でも言われてみると効率的ではあるんだけど。
ケーキのシェアとなると、ポテトとかとはワケが違うのではないだろうか。
「あ、うん。そだね」
ご覧の通り、宮村さんはちょっと乗り気じゃなさそうな返事をしていらっしゃる。
その態度を申し訳なく思っているのか、もじもじしながら僕から視線を逸らすし。
全然いいんですよ。
むしろそっちの方が普通の対応ではないかと。
「それにしても映画良かったよねー」
注文を済ましたあと、ケーキが届くまでの間はさっきの映画の感想で盛り上がった。
面白い作品についてを面白いと思っている人と話せるってこんなに楽しいんだな。
調子に乗ってペラペラ喋らないよう自重しつつ、僕は雑談を楽しんだ。
そして、ケーキが運ばれてくる。
五十嵐さんはさっそく一口食べ、幸せそうな顔をする。それに続いて宮村さんも食べ始めたので、僕もいただくことにした。
「さなちの一口ちょーだい」
「どーぞ」
そしてシェアが始まる。宮村さんのモンブランを食べた五十嵐さんは幸福顔そのままに僕の方を向く。
「まるっちのも貰おうか」
「あ、はい。どうぞ」
口つけてしまったけどいいのかな? と思ったが、五十嵐さんは一切の躊躇いなくケーキに手を伸ばす。
そしてショートケーキを堪能した。
「オーソドックスだけどやっぱり美味しいね、ショートケーキ。そんなまるっちには私のミルクレープを差し上げよう。ほら」
ミルクレープを一口サイズに切った五十嵐さんはフォークで刺して僕に差し出す。
これ、あーんってやつなのでは?
「いや、それは」
「早く食べないと落ちるよ!」
「あ、はい」
断れない。
ただでさえ恥ずかしいのに、宮村さんが見ていると思うとさらに恥ずかしさが増す。
もはや何かのプレイだ。
目を瞑り、心を無にしてミルクレープを口にした。
「んまい」
「でしょー? ほら、さなちも」
「え」
「え」
「一口あげれば一口貰えるよ?」
「あ、うん。じゃあはい」
宮村さんがお皿を僕の方に寄せる。そうだよね、これが普通だよね。
「ダメだよ、さなち。殿方にはあーんでご奉仕しないと」
「そんなルールないよ!?」
「そう言わずに、まるっちもそっちの方が嬉しいよね?」
「いや、僕もそれはちょっと恥ずかしくてですね」
「嬉しいよね?」
めちゃくちゃ圧力感じる。
「ええっと」
「……ほら」
僕と五十嵐さんのやり取りを見ていた宮村さんが仕方ないとでもいう調子でケーキをフォークに乗せて差し出してくる。
困っている僕に助け舟を出してくれたのかもしれないが、助け舟の方向のせいで結果的に苦しめている。
でも、恥ずかしいし嫌だろうに、それでも差し出してくれた宮村さんにこれ以上の恥はかかせられない。
「いただきます」
僕は意を決してモンブランを口にした。めちゃくちゃ美味かった。
映画に喫茶店、誰かと休日を過ごすことはあんまりなかった。どっと疲れたけど、楽しい一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます