第7話 僕と中学時代の②


 綾瀬さんから依頼され、五十嵐さんを尾行することになった放課後。


「それじゃ、よろしくね。マルオ」


 ひらひらと手を振って帰っていく綾瀬さんを見送る僕……と、宮村さん。


「あの、一緒に帰らないんですか?」


「うん。絵梨花は今日は彼氏と約束あるらしくて」


 あの人、俺に面倒事押し付けといてこのあと彼氏と会うのか。ちょっとだけ見直したのにやっぱり評価変えないでおこうかな。


 いや、いいんだけどさ。

 彼氏との用事がなくて、一緒に行くとか言われても困るし。言ってこないか。それならそもそも一人で行くよね。


「それじゃ、行きましょうかね」


「んん?」


 きらん、と瞳を輝かせながら宮村さんがそんなことを言う。どういうことか分からず、僕は変なリアクションをしてしまった。


「萌を尾行するんでしょ? 早く行かないと見失うよ?」


「た、確かに」


 それは困るので僕は駆け足で先に行ってしまった五十嵐さんを追いかける。すると、やっぱりついてくる宮村さん。


「あの、一緒に来る感じですか?」


「うん」


 当たり前のように頷く。事情を知っているということは、少なくとも綾瀬さんから話は聞いているということだ。


「宮村さんも綾瀬さんに頼まれたんですか?」


 じゃあ僕いらないじゃん、と思ってしまう。

 が、宮村さんはそんな僕の言葉にかぶりを振る。


「いや、丸井にお願いしたってことしか聞いてないよ」


「え、じゃあどうして」


 あれかな。

 僕一人にこんな仕事を押し付けるのは忍びないという優しさか。あるいは心配してくれていたりするのかもしれない。

 宮村さんは優しい人だからなあ。


「だって尾行とか楽しそうじゃん!」


 無邪気に瞳を輝かせながら言う宮村さんは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだった。


「……そうですか」


 この感じだと、僕が何を言ってもついてくるだろうし、諦めるとしますか。


 ポジティブに考えると、尾行のパートナーが宮村さんで良かったと思うべきだ。

 グループ内では一番気まずくないし。


 というわけで宮村さんと一緒に尾行を開始する。五十嵐さんは学校を出ると一直線で駅まで向かう。


 一定の距離を置いて五十嵐さんのあとを追うが、周りから見るとこれは少し怪しいかもしれない。


 僕一人だったら人混みに紛れればバレないだろうけど、宮村さんは結構目立つ。だから隠れていかないと五十嵐さんに気づかれる恐れがあるのだ。


 この派手さ、うるささ、好奇心の高さは尾行には向いていない。つくづく僕とは正反対だな。


「五十嵐さんって電車通学なんですか?」


 同じ車両でできるだけ離れたところに僕達は入った。宮村さんには背中を向けてもらう。それでも気づかれる可能性があるから怖い。

 でも違う車両だと何かあったときに対応できなさそうだし。


「そうだよ。ちなみにあたしもね」


「そうなんですね」


「もうちょい興味持てよう」


 ちらちらと五十嵐さんの方を気にしながら宮村さんと話す。

 僕は五十嵐さんについては全然知らない。電車通学ということはこのまま普通に帰るということもあり得るわけだ。


「あ、降りますよ」


「え?」


 五十嵐さんが降車したので僕らも電車を降りる。宮村さんは驚いた様子だったけど、どうしたんだろう。


「ここ、萌の最寄りじゃないよ」


「そうなんですか?」


 どこの駅なのかはあまり気にせず降りたので、僕は改めて駅の名前を確認する。


 秋葉原だ。


 かつては電気街として有名で、今ではオタクの街という印象が根付いた場所。

 いずれにしても五十嵐さんのような陽キャ女子とは無縁の場所のように思えるが。


「秋葉原ってあれだよね、アニメとかがいっぱいある」


「そのイメージで合ってますけど」


 宮村さんは珍しそうに周りをキョロキョロと見渡している。リアクションを見るに、秋葉原に来るのは初めてなようだ。


 ま、ギャルは普通来ないもんな。


「行きますよ」


「はーい」


 飽きてきたのかな?

 テンションは最初に比べると随分落ち着いた。尾行するに関してはそっちの方がいいのだけれど。


「丸井はよく来るの?」


 五十嵐さんに注意を払いながら、宮村さんと会話をする。


「え、どうしてですか?」


「だってオタクでしょ?」


 まあ、そうなんですけど。

 見た目も中身もしっかりオタクなので、そういうふうに思われても仕方はないが、決めつけられるのはちょっと複雑なのだ。


 秋葉原に関しては常連なので言い返せもしないし。


「ま、まあ、たまに来ますよ」


 見栄を張った。

 もはや何の見栄だよと思うけど、何となく宮村さんの言葉に素直に頷きたくなかった。


「何買うの? やっぱフィギュアとか?」


「僕はフィギュアは買わないタイプのオタクなので、主に漫画とかラノベです」


「らのべ、ってなに?」


「……なんと言いますか、漫画の小説版みたいな感じです」


「ふーん」


 絶対分かってないな。

 でもラノベというものを説明する機会はなかったので、どう話していいのか思いつかなかった。


 あんなの説明聞くより見るのが早い。現に五十嵐さんはラノベの説明を求めてこなかったんだ。


 よくよく考えると、あの人ラノベ読むようになったんだよな。ということは、あながち秋葉原と無縁ってわけではないのかも。


 あれ、じゃあこれってもしかして買い物とかか? なら宮村さんに見られるとマズかったりしないか?


 いろいろ考えるけど、でも上手く宮村さんを納得させる自信はないし、結局尾行を継続するしかなかった。


 しかし、僕の予想を裏切り、五十嵐さんはアニメショップの前を通り過ぎてそのまま進む。


「……え」


「……あれって」


 そして、五十嵐さんはついに目的地へと到着した。彼女が入っていった場所を見て、僕と宮村さんは素直に驚いた。

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