第3話 僕と文化祭②


 階段の踊り場で宮村さんが野郎三人衆にナンパされている現場に遭遇してしまう。


 常識が通じなさそうな男だから面倒事に発展しない未来が見えない。

 確実に殴りかかってくる。


 そもそも。

 僕に宮村さんを助ける義務はあるのか。


 綾瀬さんや五十嵐さんのお願いで僕は彼女を探し回っていた。それくらいなら別にいいかと思ったからだ。

 しかし、それが面倒事となれば話は別ではないだろうか。誰だって自分が一番可愛いし、わざわざ殴られに行くなんてバカなことはしたくない。


 もっと言うなら、彼女達は僕をパシリとしてしか見ていない。友達ならいざしらずそんな人の為に僕が苦労する必要はない。


 このまま見過ごせばきっと怒られる。責められ、罵られ、そして見放される。

 この先関わることもなく、僕は再び真正のぼっちに戻る。なら、それでもいいのではないだろうか。


「……」


 本当にそうか?

 僕は今の生活に不満しかなかったか? 少なからずでも、何か思うことはなかったか?


 誰とも話すことがなかった。

 楽しい高校生活を夢見ていたのに、入学前に抱いた幻想はものの見事にぶち壊され、誰とも会話することのない毎日という現実に絶望していた。


 そんな僕の毎日を変えてくれたのは彼女達ではなかったか?

 たとえパシリという役割であっても、人と関わることができたことに僕は微塵も嬉しさを感じなかったか?


 ふと、笑みをこぼすことは一度だってなかったか?


「……はあ」

 

 やっぱり、見て見ぬ振りもできない。


 穏便に事が終わることを信じて割り込むしかないか。

 僕は諦めたように溜息をつき、そのまま小さく深呼吸をする。


 やるしかないか。


 意を決して、野郎三人衆に声をかける。


「あ、あの」


 ビビりきった声にすぐ反応したのは金髪ピアスの圧倒的ヤンキー野郎だ。見た目だけでいえば綾瀬さんと相性が良さそうだな。


「ンだよ、テメェ」


 金髪ピアスに続いてその両隣にいた茶髪ロン毛とムキムキ坊主もこちらを振り返る。


 こんなんハイエナに囲まれたチワワみたいなもんだよ。


「その人、嫌がってるみたいだしその辺で止めたらどうでしょう」


「ハ?」


 やはりというか何というか、僕の言うことなど聞く気は微塵もないようだ。

 煽るように小馬鹿にした顔でそんなことを言う。


「可愛い女子の前だからカッコつけてんのかな? 残念だけどお前みたいな地味メガネは一生相手にされないから目ェ覚ませ?」


「はあ」


 目を覚ませと言われても。

 そもそも宮村さんが僕みたいな男に見向きもしないことなんて分かりきっているし、言葉にせずとも周知の字であることは明らかだ。


 そんなことを思い、短い返事をした僕の態度がどうやら気に食わなかったらしい。


「ウザったいから一発殴るわ」


「いや、暴力とかは止めた方が」


「うるせェ!」


 こいつよく他校の文化祭で暴力行為に及ぼうと思ったな。よほど脳筋バカらしい。


 仕方ない。


「……」


 金髪ピアスが拳を振るう。

 僕はそれを腕で払って僅かに場所を移動し、膝を上げる。すると殴る勢いそのままに金髪ピアスの腹部に僕の膝がダイレクトに入った。


「ッ!?」


 突然のことに驚き、動揺した金髪ピアスは僕を精一杯睨みつける。


「あ、はは、たまたまなんか膝が当たっちゃったみたいで。これくらいで止めませんか? ここは穏便に……」


「うるせェ死ね!」


 まあ、そうなるか。

 一発殴るどころか蹴り入れられてそのまま引き下がるようなことはしてくれないか。


 僕はもう一度金髪ピアスの拳を避けて、彼の顎を横から打ち抜く。すると金髪ピアスはふらふらとよろめき、そのまま尻もちをついた。


「ほら、人も来ましたし。ここらで引いておいた方がお互いのためですよ」


「ふざッけんな」


「おい、もう行こうぜ」

「教師にバレたら面倒だし」


 闘争心が収まらない金髪ピアスを茶髪ロン毛とムキムキ坊主がなだめ、そして逃げるように去って行った。


「……ふう」


 助かった。

 一斉に殴りかかられていたらさすがに無傷では済まなかっただろうし、メガネは確実に割れていた。


「ねえ」


 三人衆がどこかに行ったことを確認していると、後ろから声をかけられる。もちろん、宮村さんだ。


「あ、大丈夫でした? 綾瀬さんと五十嵐さんが探してましたよ」


「うん。スマホの充電切れてて連絡取れなかったんだよね。って、そうじゃなくて!」


 そうか、充電切れなら連絡が取れなかったのか。なんてことに納得していると宮村さんが慌ててツッコんできた。


「なに、さっきの!」


「さっきのと言いますと?」


「丸井ってケンカ強かったの?」


「……こんな見てくれですよ。強いわけないじゃないですか」


「いや、でもさっき」


 言いたいことは分かる。

 あんなケンカ慣れしてそうなヤンキー相手をよく追い払ったなと言いたいのだろう。


「あれは、ほら、まぐれみたいなもんですよ。たまたま僕の体の一部分が当たってダメージを与えたんです」


「いやいや、でも顎殴ってたじゃん」


「漫画で見たんですよね。顎殴ると脳震盪を起こして気絶するって。力が足りなかったのか、気絶まではいきませんでしたね」


「……なにそれ」


 本当に。

 別にケンカが強いわけではない。

 筋力を比べれば中学生にだって負けるかもしれない。一発殴られれば気絶するか、しないにしても立ち上がれないくらいのダメージは負う自信がある。


 だから攻撃を見切る訓練をした。

 そして相手の勢いを利用して攻撃する手段と、筋力がなくてもダメージを与えることができる弱点を研究した。


 それだけだ。


 いつ、どこでオタク狩りに遭うか分からない。そのとき、大事なものを壊されるかもしれない。


 そうならないために最低限のことをしていたのだけれど、まさかこんなところで役に立つとは。


「ん?」


 スマホが震えた。これまでは家族からしか連絡がなかったのでよほどの事態でない限りはスマホは震えなかった。


 タイミング的に五十嵐さんだろう。そう思い、開いてみると相手は綾瀬さんだった。


「綾瀬さんからだ……」


 内容的には宮村さんが見つかったかを確認するもの。


「絵梨花?」


「なんで僕のラインを知ってるんだろう。五十嵐さんにしか教えてないのに」


「萌に教えたんなら、萌から聞いたんでしょ」


「そんなことできるんですか?」


「普通に」


 個人情報の流出じゃないか。知られて困るものでもないから構わないけど、便利になればなるほど危険も増えるんだなあ。


「え、ていうかなんで萌とライン交換してんの」


「宮村さんを探すのに連絡取り合えた方がいいって五十嵐さんが」


 僕がそう言うと、宮村さんは驚いたように目を開いている。心なしか、少し頬が赤いように見える。


「丸井も探してくれてたの?」


「? ええ、まあ」


 宮村さんはくるりと回って僕に背を向ける。小言で何かを言っているが内容は聞き取れない。


「宮村さん?」


「戻ろ!」


 僕が声をかけると宮村さんは誤魔化すように、わざとらしく声を上げる。


「そうですね」


 宮村さんを二人のところに送り届けて、さっさとこの空腹を満たそう。結局、なんにも食べれていなかった。


 

 楽しい思い出であったかはともかく、強く記憶に残る文化祭にはなったなと、僕はその日の夜に思った。

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