第二十一話 最終生 始まり

 オキシオ達は13歳になっていた。

『傷の戦士』の茶会にラティスを招くと、彼は大層喜んだ。これも毎度のことである。その場で、ラティスは今まで通り【ロックオン】を持ち、運転手であることが確定する。

 また、マティスとユーリィが公務のため外に出るタイミングで、ジュナインはエリシアとワイトを家に招き、マティス達が公道を行く姿を見せた。マティスもユーリィも、スキルと前世は今までと同じであった。


「ラティスはあのままマティスの近くにいて大丈夫なのか?」

「問題ない。今のラティスはマティス教だ。触れるなんて恐れ多いと思っている」

 ならいいが、とジュナインは頷いた。

「オキシオ、ユーリィとは話せたのか?」

「あぁ…毎度思うが、あの子は本当にすごいよ、懐が深い。人をよく見ている。お前と同じく、被害者のためならと協力してくれた。今度ユーリィの茶会にエリシアとワイト、ジュナイン、俺が呼ばれる予定だ。女中としてウィズリーを近くにおいてもらう」

「ただのOLがそこまで言えるのは、確かにすごいな。でも俺は遠慮しておくよ」

「どうして?」

「ウィズリーが君の妻だった場合、スキルで俺が殺した人数が見えてしまう」

「あ…」

「その場にマティスがいないとは言え、用心した方がいい。ウィズリーがマティスに告げ口する可能性は大いにある」

「すまなかった…配慮が足りなかった」

「ここまで頭が回るなら、お前もこんなに苦労してないだろう」

「そうだな…お前がいて良かったよジュナイン。もっと早く、いや、いつもお前に相談しておけばよかった」

 その言葉に、ジュナインは数秒答えなかったが、顔をしかめ、声を低くして答えた。

「お前、俺が味方になったとでも思っているのか?」

「え?」

「俺はユーリィのように慈悲深くないぞ。俺だって今もお前を憎んでいる」

 オキシオが息をのんだ。

「お前が変な動きを見せれば、すぐにマティスに密告してお前を殺してもらう。俺はお前のお友達を演じているだけだ。腐っても、死んでも俺は刑事だ。お前を絶対許さない。事が済めば、俺はお前を殺すかもしれない」

「…そう、だったな…それを忘れちゃいけなかったのに、俺は馬鹿だ」

 オキシオは頭を抱える。

「…ま、一応釘を刺しただけだからあんまり心配するな。一応、今の人生において、俺も母親を殺している。お前と同罪だ」

「お前のは正当防衛だろ」

「正当防衛で人殺しが許されるなら、人はもっと人を殺してるよ」

「そうかもしれんな」

「どのみち、エリシア……と、ワイトだけは、幸せになるのを見届けないとな、同じ国民として」

「お前、一瞬ワイトのこと忘れてただろ?」

「エリシアのことで頭がいっぱいになっただけだ」

「ぞっこんだな」

「その言い方やめろ、前世では死語だ。俺も親戚の子に笑われてた」

 お互い、前世でおっさんだったもんな、と二人はため息をついた。







「陛下達以外の『傷の戦士』と、こうしてお茶を飲むことが出来て嬉しいわ」

 後日、ユーリィに招かれ、オキシオ、エリシア、ワイト、ウィズリーがお茶を飲むこととなった。

 エリシアとワイトは緊張し、ガチガチになっている。

「二人とも楽にしてね、特にエリシア、私、あなたの話をオキシオから聞いて、ずっと話してみたいと思ってたのよ」

「は、はぁ…」

「ふふ、本当に可愛らしい子ね」

 エリシアは苦笑いする。

 ユーリィ様、と二人の会話を遮ったのは、ウィズリーだった。

「嬉しい限りなのですが、私までご一緒してよろしいのでしょうか?私は『傷の戦士』ではないのに」

「同じ誕生日なんでしょう?いいじゃない、女の子が多い方が華やかで、ね?オキシオ、ワイト」

「は、はぁい」

 ワイトの返事がふわふわしている。ガチガチである。返事をするだけで精一杯なのだろう。申し訳ない、とオキシオは内心で謝罪する。

「あ、ちなみにこのこと、陛下には内緒ね?陛下が来るとみんな緊張しちゃうでしょ?」

「そもそも陛下とお話しする機会はないのですが…」

 エリシアが苦笑する。

「それもそうね、さぁ、お茶を飲んで!紅茶にエリシアが持ってきてくれたリンゴを入れたのよ。きっとおいしいわ」

 ユーリィは紅茶を一口飲み、上機嫌に「おいしい!」と言った。


 談笑するユーリィとエリシア。ガチガチに固まっているワイト、そして…オキシオはウィズリーを見た。今生でちゃんと彼女と会ったのは初めてだ。

 現時点で、彼女の中身が香澄であるか判断しかねる。ユーリィとエリシアの会話を無表情で眺め、話しかけられれば時折相槌をする。

 記憶がある、ないに関わらず、今までの香澄は『傷の戦士』に強い執着心があり、その絆を深めるためなら、国をも揺るがした。今のウィズリーからはそのような狂気を感じられない。

 ウィズリーは香澄ではないのか?香澄は今回転生していないのか?


「あの、すみません僕トイレ」

 やっと言葉を発したかと思えば、ワイトは逃げるようにその場を去った。それを誰も気に留める様子はない。オキシオも何も言わず、出ていくワイトをボーっと見ていた。


「オキシオ」

 ユーリィに声を掛けられれ、ハッと彼女に目を向けた。

「いかがなさいました?」

「何度か話しかけたのですよ、どうしました?ボーっとして」

「いえ、なんでも…」

「スキルの話をしていたの。エリシアのスキルはすごいのね、前世の人がわかっちゃうなんて」

「話を折ってしまって申し訳ないのですが、前世とはなんですか?」

 ウィズリーが尋ねる。

「人の魂は、死んだ後、また違う人として生まれ変わるのよ。エリシアは、生まれ変わる前にどんな姿をしていたかわかるのよ」

「それはおもしろいですね、ぜひ私も見ていただけますか?」

 ウィズリーが茶会で初めて話に食いついた。

「それが、ウィズリーさんは見えないんですよ、前世の人が」

「あら?それはどういうこと?」

 困った顔をしているエリシアに、ユーリィが尋ねる。

「ウィズリーさんは転生してないんだと思います。今の魂が初めての生なんじゃないでしょうか?」

「そうなの?残念」

 ウィズリーはしゅん、と首を下げた。


 前世の姿が見えない…つまり、ウィズリーは香澄ではないということだろう。オキシオは安堵する。とりあえず『傷の戦士』と深く関わる人の中に、香澄はいないようだ。

「でもウィズリーさんすごいですね!10歳からお城に奉公してるんですよね」

 エリシアが尋ねる。

「はい、どうしても家を出たくて…せっかくなら陛下のためにご奉公したいと」

「ウィズリーさんはすごいのよ。初日からよく働いて、年配の女中が嫉妬するほど有能だったらしいわ。今もそう、このままいけば、陛下付になれる日も近いわね。だってすでに陛下のお世話も時々しているでしょう?近くで見ているけど、細かい気遣いが出来ていて、本当に素晴らしいわ」

「恐れ多いことでございます」

 ウィズリーは頭を下げた。






 茶会は何事もなく終わった。終わり寸前、真っ青な顔になって帰ってきたワイトに、ウィズリーのスキルを尋ねると「彼女にスキルはない」とのことだった。

「オキシオの言う通り、ウィズリーはあんたの妻ではなさそうだな」

 ジュナインも納得したようで、静かに頷いた。


「さて、これからどうすればいいか…」

「まずはマティスの犯人に対する殺意を抑える必要がある。お前自身は殺されてもいいと思っているが、マティスに殺されたくはないんだろ?」

「…少し意味が違う。彼女に死ねと言われれば死ぬ。けど彼女の手を汚したくない。これはユーリィの願いでもある。ユーリィは過去にマティスの説得に成功している。何とかなると思う」

「甘い予測はするなよ犯人さん」

 ジュナインが釘をさす。

「俺とお前がこうして接触して、作戦を立てるのは今生が初めてなんだろ?俺達がエリシアやワイト、ユーリィに接触するのもだいぶ早い。今までの流れからはすでに大きくずれている。俺たちが知らないところでも、何か違うことが起きている可能性は多いにある。俺たちが気づいてないだけで、ウィズリーではない、別の人として転生したあんたの妻が、すでにマティスに接触していたら?どうするつもりなんだ」

「それは…」

「確認できないことを掘り下げる気はないが、油断はするなよ」

「すまなかった」

 オキシオはがっくりと肩を落とす。


 まぁ、とジュナインが目を閉じた。

「正直、現状で俺達に出来ることはもうないと思う。この先、何事もなく平和に生きられるなら、それでいいんだろ?」

「あぁ」

「お前、俺達『傷の戦士』が全員死ぬまで見届けるつもりか?」

「そうだな、そういうことになる」

 オキシオは自分の掌を見た。

「前にも言ったが、俺は自殺出来ないし寿命もない。誰かに殺害されない限りは死なない。何もなければ、お前らの生涯を見届けることが出来るはずだ」

「だけど不老不死ではない、老いるし怪我も追うし病気もする…難儀だな、下手すら200年、300年と怪我や病気に苦しみながら、生きることになるのか」

「そうかもしれないな、先の長い話だ」

 オキシオは小さくため息をつく。


「さっきも言ったが、マティスに関してはユーリィに任せるのがいい。俺が関わるとラティスも巻き込む可能性があるし、余計な口出しをしない方がいいことはもう経験してわかっている」

「そうだな、じゃあ、“何か”起こるまで、俺達も解散だな」

 ジュナインは首を左右に振り、肩を鳴らした。

「あぁ、今までありがとうジュナイン」

「終わったように言うな。お前は甘いんだって。まだ誰の生涯も終わってないぞ」

「そうだった…すまない」

「とりあえず、お前はマティス、ユーリィ、ラティスを監視しろ。俺は引き続きエリシアとワイトと交流して様子を見る。あんたの妻らしき人の接触や、何か普段と違うことが起こったら必ず知らせろ」

「わかった、ありがとうジュナイン」

「それはもう聞いた」

「それと」

「なんだ?」

「この世界でのプロポーズには、指輪渡す習慣なんてないから、エリシアにプロポーズするときは気をつけろよ。跪いて指輪を渡したらバカににされるぞ」

「!!大きなお世話だ!」

 二人は笑い合う。手を組んだだけだった二人だが、こうして笑い合える日が来るとは、思っていなかっただろう。







 それから、何事もなく4年が経過する。その間、オキシオとジュナインが話し合うようなことは何もなかった。

 そして、戴冠式を迎える。

 それまでに、マティスが『傷の戦士』を集めるという話はなかった。立場的にユーリィと話す機会も少ないが、彼女がマティスを説得したことは聞いている。オキシオが犯人であることは言っていないものの、犯人への殺意を抑え、国民のために、自分のために生きてほしいと…。やはりユーリィにマティスを任せて良かったとオキシオは思った。


 マティスが王冠を受け取る。前世のことがあるとはいえ、やはりマティスの双璧として、誇らしく思う。彼が戦を止めるため、父親を何度も説得し、税も減らし、剣を磨き勉強に勤しんできた。あの王冠は、彼に相応しいものだ。

 マティスは踊り場から国民を見下ろす。

「オキシオ」

「はっ」



 マティスが、オキシオを睨み付ける。

「あばいてやるからな、お前の正体を」



 オキシオの頭が真っ白になった。その表情を見ることなく、マティスは叫んだ。



「『傷の戦士』よ!私の元に集え!その力、国のために施行せよ!」

『傷の戦士』の徴集、それは、いつも、悲劇の始まりである。











 戴冠式後。

 陛下、陛下、とユーリィが何度もマティスを呼ぶが、彼は振り返らずズンズンと先を歩いている。

「陛下!」

「なんだ?」

 やっと足を止めたのは、彼の私室の前だ。重たいドレスに高いヒールを引きずるように歩いてきたユーリィは息が上がっている。

「なぜあのような召集を?私何も…」

「お前に何か言うと思ったのか?」

 部屋の前でマティスは振り返る。その目は憎しみに満ち溢れている。ユーリィは一歩引いた。

「お前がオキシオと密会していることは知っている。オキシオと何を話した?」

「それは…」

「犯人を庇う方法か?逃がす方法か?それとも俺を裏切って殺す算段でも立てていたか?左手に傷をつけて火あぶりにでもするつもりだったのか?」

「やめてください陛下!そのようなこと!」

 するわけもない。ユーリィは首を左右に振る。

 マティスがユーリィに大股で近づく。彼女の襟首を持ち、力任せに壁に押し付けた。


「お前は言ったな!「綺麗ごとと言われようと、私は言い続けます!嫌なことなんて忘れて、復讐なんか投げ捨てて、楽しく笑える人生を生きて!」と!そう言ったお前はオキシオと密会して何を話していた?あの事件のことだろう?俺に忘れろと言いながら、お前は裏でこそこそと“何か”を企んでいた!お前も!オキシオも!もう信じない!!」


 ユーリィの顔が真っ青になる。

「なぁ、犯人はオキシオなんだろ?あいつはずっと俺以外の『傷の戦士』と関わってきた。特にジュナインと。あいつはなんて言った?どうやってお前たちを手籠めにしたんだ?あいつはどうやって罪から逃れようとしている?」

 マティスは、奥歯を噛み締め、今にも泣きだしそうだ。

「なぁ、俺がどんな気持ちでずっとあいつを隣に置いていたと思う?あいつが俺と息子を殺した犯人かもしれないと…幸せな家庭に生まれて、何不自由なく生きて、友達もいて、あいつは毎日笑っている。あいつが幸せなんだろうなと思うたびに、殺してやりたいと思ったよ。…なぁ、なんで裏切ったんだよ…ユーリィ」

「陛下…」

「俺を笑わせてくれるって言ったじゃないか…どうして俺は毎日、こんなに苦しいんだ」

「ごめ…んなさい、あなたの苦しみに、気づけなかった」

 ユーリィはボロボロと泣く。

「もう遅い、俺は誰も信じない」

 マティスは襟首から手を離す。

「せいぜい『傷の戦士』と楽しく茶会でもしてろよ。もう俺にかまうな」

「陛下」

「先に『傷の戦士』達のところに行け。私は後から行く」

 マティスは踵を返し、静かに自室に入った。

 ユーリィはその場に崩れ落ちた。





 ひっそりと静かに歩み寄っていた、地獄が、始まる。

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