第三話 始まりの別邸

 門の中に入れば目の前にお城が…と思ったが、一番高い城までは随分距離がある。それまでに幾つも建物が顕在しており、まるで一つの町の様だ。エリシア達が連れて来られたのは、一番高い城から少し離れた別邸である。

「ここは『傷の戦士』のために用意された別邸でございます。召使もおりますので、自由に使ってください」

 ここまで案内してくれた兵士が、エリシア達に向き直る。

「申し遅れました。私、ラティスと申します。普段はマティス陛下の側近を務めておりますが、今日は特別に、あなた方をご案内いたしました」

 言って、ラティスは左手の手甲を外した。エリシアは驚く。

「あなたも『傷の戦士』なんですか!」

「はい、同じく『傷の戦士』であるあなた方に会えてとても光栄です」

 スラリと長身で、落ち着いた雰囲気のある男…とても18歳には見えない。そういえば、戴冠式でマティスの隣に立っていた…気がする。

「中に入って少し話をしましょう」

 ラティスは別邸の扉を開けた。


 一階は談話室となっており、二階には個室がある。それぞれ与えられた個室には、すでに家具や服など、必要なものが置いてあるらしい。

 4人は談話室のソファにそれぞれ腰を下ろした。

「いやぁしかし、ほんと驚きましたねぇ。まさかこんないい所に住まわせてもらえるなんて、陛下と同じ日に産まれた甲斐がありました」

 最後に名乗りを上げた男が、ソファに堂々ともたれかかる。

「口を慎め」

「こりゃ失礼。というか、自己紹介しましょうか?じゃないと話し辛いでしょう?俺はジュナインいいます。荷運びを生業としてます」

 目の細い、飄々とした男だ。

「そっちの可愛らしいお嬢ちゃんは?」

 なんだその言い方は、少し腹が立つ。

「私はエリシアと言います。家族でリンゴ農園を経営してます」

「へぇ、なら会ったことがあるかも!俺、リンゴも何度か運んだことあるよ」

「はぁ」

「そっちのぼっちゃんは?」

 最後に、戴冠式で無理やり押し出された。低身長でおどおどした男。

「えっと…ワイトです。両親が酒場を切り盛りしてて…僕は裏方で働いてます」

「へぇ。なら酒運んだことあるかも!知らないところで『傷の戦士』と縁があったんだねぇ」

 なんかこの人、しゃべり方が爺臭い。

「あと、ラティスさんでしたっけ?マティス陛下と名前が似てるから言い間違えてしまいそうだ」

「私の名前は、マティス陛下のお名前から拝借しました。薪を作る家の子として産まれましたが『傷の戦士』として、いつかマティス様にお仕えするのが、私と、そして家族の願いでした。今はそれが叶い、もう一人の側近、そして『傷の戦士』であるオキシオと陛下をお支えしています」

「一般国民から陛下の側近になったんですか!?すごいですねー王族社会の昨今に、さぞ努力したんでしょうな」

「いえ、大したものはございません」

「いやいや、大したものですよ。僕なんてこんな機会がなければ、陛下に呼んでいただけることすらなかったんですから」

 なんか商談のようにも聞こえてきた。


 そんな会話をしていると、誰かが別邸の戸を叩いた。どうぞ、とラティスが言うと、その戸から女性が現れた。ラティスは急いで立ち上がる頭を下げた。

「女王陛下!」

 女王陛下って…マティスの隣に立っていた王妃、ユーリィ!

「ラティス。ここは別邸ですよ、肩の力をぬいて、同じ『傷の戦士』なのですから、少しお話ししましょう」

「はっ!」

 返事はしたものの、ラティスの肩の力が抜ける気配はない。

 ユーリィはゆっくりと歩き、空いていたエリシアの隣に座った。

 …女王陛下が隣に座っている。めちゃくちゃ緊張する。エリシアの肩にも力が入る。

 ふふ、とユーリィが笑った。

「そんなに緊張しないで。私、嬉しいのよ。今まで『傷の戦士』は男ばかりだったから、女の子がいて良かった」

 ユーリィはエリシアを優しい目で見つめる。

「お名前はなんというの?」

「エリシアです」

「そう、エリシアさんというのね。女同士、よろしくね」

 ユーリィが手を出した。エリシアは恐る恐る、その手を握り返した。

「女の子が二人いると、やっぱり華やかでいいですね」

「ジュナイン、軽口はよせ。女王陛下の御前だぞ」

「良いのですよラティス。先ほども申しましたが、私たちは同じ『傷の戦士』ここでは同じ立場で仲良く致しましょう」

 絶対出来ない。とエリシアは思った。


 さて、とユーリィはエリシアの手を放し、皆に向き直る。

「陛下があなた方をここへ徴集されたことについて、皆さん不安に思っておられるでしょう。ですがご安心ください。あなた方を戦いの場に放り込むようなことは絶対いたしません」

 エリシアとワイトが胸を撫でおろした。

「元より、現陛下は、前陛下と違い、戦争を嫌っておりますので…。前陛下に戦争を終わらせるよう、長きにわたって進言してまいりました。その甲斐もあり、戦争の火種は少しずつ減って生きました。前国王が崩御された後も、陛下のお働きで完全の戦争は終結いたしました。本当に立派なお方です。ですので、皆さんを戦わせるようなことはいたしません」

 ただ、とユーリィは続けた。

「『傷の戦士』には皆、特別な力が与えられていることは、皆さんご存じでしょうか?」

 え、とエリシアはユーリィを見る。

「私には【嘘を見破る】力、陛下には【“特別な力”の情報を得る】力、そしてラティスには【ロックオン】という、敵を追跡したり、狙いを定めて敵を攻撃することが出来る力があります」

「どこを攻撃すれば有効かを見極めることが出来るのです。適当にナイフを投げても、急所に当てることもできる。まぁ…それを以てしても、まだ力に目覚めていないオキシオには負けてしまうのですが…本当に、彼はすごい男ですよ」

 ラティスは苦笑する。

 なるほど…エリシアは納得する。“特別な力”は皆それぞれ違うようだ。


 ユーリィさん、とジュナインが手を上げた。

「そんな情報、同じ『傷の戦士』とはいえ、言ってしまっていいんですか?現陛下は戦争しないと言っているようですが、力を使役すれば戦争で勝つことも容易いでしょう?逆に、他の国に亡命して、今の情報をリークする可能性もありますし」

「そうですね…陛下も私も、あなた方を信じ切ったわけではありません。それでも、私はあなた達に対して、誠実でありたいのです」

 ふぅん、とジュナインは鼻を鳴らす。

「俺はね、あなたが【嘘を見破る】、陛下が【“特別な力”の情報を得る】という力があることを公言することによって、僕たちが嘘ついてもすぐに暴かれると言われたように感じました。そして逃げようとしても【ロックオン】の力を使って、ラティスさんが逃亡者を追跡して始末することもできる、とも感じました。まぁ、そもそもこの別邸と呼ばれた軟禁牢から出ることすら難しいのでしょうけど」

 ラティスの眉がググと上がる。

 ジュナインの言うことは最もだと思う。『傷の戦士』を警戒していないなら、そもそもここに呼ばれることもなかっただろう。これは監視だ。

 しかし、ジュナインの他人の内面を探るような言い草…なんだか気持ち悪い。

「そう取っていただいて結構です」

「女王陛下、よろしいのですか?」

「構いません。私達が信じ切っていないのと同様。あなた方も私達を受け入れるのは難しいことと思います。ですが、難しく考えないでください」

 ユーリィは微笑む。

「“特別な力”を持った者同士、募る話もあるでしょう?この力についてはなかなか公言することが出来ません。苦労話に花を咲かせましょうよ。ジュナインさん」

「まぁ…今はそういうことでいいですよ」

 ジュナインは小さく頷いた。


「じゃあ僕から言いますね。僕は【音を消せる】です」

 言って、ジュナインはつま先を少し上げて、地面に降ろしした。

 すると、周りが、シン、と静まり返った。もともと静かではあったが、誰かの声はもちろん、外の音も、何も聞こえない。ジュナインが口をパクパク動かしているが、声は届いていない。

 ジュナインがまたつま先を上げて、地面に卸すと「どうです?」とジュナインの声が聞こえるようになった。

 ユーリィは目を見開いている。

「まぁ、とても不思議な能力ですね」

「僕を中心に、だいたい半径2メートルくらいの音が消えます。自分が発する音も、他人が発する音も聞こえなくなります。という感じで、お国のためになるような力じゃないんですよ。かろうじて出来ることと言えば、集中して仕事するくらいですけど、僕運び屋なんで音消したらダメでしょう?この能力、ほとんど使ったことないんですよ」

 あっはっは、参りましたとジュナインは笑う。

「どうです?女王陛下様?僕、正直でしょう?」

「えぇ、嘘偽り一つありませんでした」


 じゃあ、とジュナインがエリシアに目を向ける。

「今度はエリシアちゃん」

「私も普段役に立たないんだよ…立たないどころか迷惑してて、えっと、【守護霊が見える】力だよ」

 エリシアも驚くほど、あっさりと言ってしまった。今まで誰にも言ってはいけないと自分に言い聞かせてきたのに…。でも言葉にすると、とてもスッキリした。この場では力についていっても、誰も気味悪がらないし、嫌がらない。自覚はなかったが、ユーリィの言ったように「募る話」がエリシアにもあったのだ。

「【守護霊が見える】とは興味深い!私の守護霊様はどのような方でしょうか?」

 以外にも、ラティスが食いついた。

「若い男性です。軍服のような服を着ていますね」

「まぁ、今のあなたにぴったりじゃないですか」

 ユーリィが手を合わせて喜ぶ。ラティスは少し頬を染め、照れくさそうだ。

「こういった能力なので、人混みに行くと、その場にいる人の倍、人数が見えてすごく気持ち悪いんです」

「あら、戴冠式は大変だったでしょう。それでも足を運んでくださったのね。ありがとう。エリシアさん」

 ジュナインはユーリィに対し、きつい事を言っていたが、エリシアから見れば、ユーリィは優しそうだし、女王陛下という立場にも関わらず話しやすい。同世代の女性だからだろうか?

「私にはどのような守護霊様がついているのですか?」

「若い女性ですね。見たことない民族衣装を着ています」

「異国の人かしら?」

「女王陛下とは全く似ていません」

「ふふ、エリシアさん、ぜひユーリィと呼んでくださいませ」

「いや、さすがにそれはちょっと…」

「あなたと仲良くしたいのよ、ね」

 言って、可愛らしく首をかしげる。エリシアは「無理だって」と思いながら唇を引き締めた。


「じゃあ最後は、えっと、なんていったっけ?ホワイト?」

 ジュナインが小柄な少年に目を向ける。

「わ、ワイトです」

 ワイトは皆が話している間、ずっと膝に拳を置き、身を小さくし、小さく震えていた。

「ワイトさん、大丈夫ですか?」

「はい、あの、はい…」

 明らかに顔色が悪い。緊張しているのだろうか?

「しっかりしろよワイト君。女王陛下の前だよ?しっかり答えなきゃ」

「あ、あの、ぼ、ぼくは、あ」

 ワイトがガタガタと大きく震え始める。

「ワイトさん。ごめんなさい。突然のことでお疲れになったのかしら?今日はこのあたりにしましょうか」

 ユーリィがスッと立ち上がる。ラティスも素早く立ち上がった。

「皆さん、お疲れのところ、お話を聞かせていただいてありがとうござういました。後日、陛下にお目通りが叶うと思いますので、しばらくお待ちください。私は合間を縫って、またここにお邪魔いたしますね」

 ユーリィが「では」とスカートの裾を軽く上げる。そして、ラティスと共に別邸を後にした。


 残された3人の間に言葉はない。ジュナインが力を使っているのではないかと思うほど静かだ。

 しかし、口を開いたジュナインの言葉は、ちゃんと二人の耳に届いた。

「いやぁしかし、色々あって、確かにどっと疲れたなぁ」

「そうね…肩の力なんて抜けるわけないじゃない」

「お、エリシアちゃん、ちゃんとそういうこと言えるんだね」

 エリシアはジュナインを睨んだ。何を言っても突っかかる男だ。

「ワイト君、本当に大丈夫?」

「え、あ、はい」

 少し落ち着いたのか、ワイトの震えは止まり、心なしか顔色も良くなっている気がする。

「で?結局ワイト君の力って何?」

 ジュナインが聞くと、ワイトは顔を伏せ、口を閉ざしてしまった。

「言いにくい力なの?」

「いや…違うんだけど…その…えっと…」

「はっきりしないなー男だろ!シャキッと言いなさい」

 ワイトが縮こまる。これもう聞くだけ無駄だ。ジュナインもそう思ったのか、はぁとため息をつきながら立ち上がった。

「まぁ、今日はもう休もうや。それぞれ部屋ももらったことだし。じゃあねお二人さん。お先に」

 ジュナインはひらりと手を翻し、去っていった。


「…あの、ワイト君、本当に大丈夫?」

「はい、ごめんなさい…ちゃんと出来なくて…」

 ワイトは小さくため息をつく。

「僕、小さいころから気弱で、あがり症で…言葉も上手く出なくて…だから酒場で働くには不向きだって、親からも邪険にされて…僕、ここに厄介払いされたんですよ。両親の酒場は兄が継ぐし、左手の傷の所為で気味悪がられてたし…」

 そういえば、とエリシアは思い出す。戴冠式の時、ワイトの両親は、嫌がる彼を前に押し出していた。

 エリシアの両親は左手に傷があっても、“特別な力”があっても、彼女を可愛がり、最後の最後まで守ってくれた。それが当たり前だった。しかし、ワイトのように『傷の戦士』であることが、家族に疎まれる原因になることもあるのだ。

 家を追い出され、ここでも尋問され、心のよりどころがないワイトがこんな状態になるは仕方ないとエリシアは思う。

「…私も疲れちゃった…今日は休みましょう、ワイト君」

「そうだね」

 少し一人になった方がいいと思う。ワイトも、自分も…。

 じゃあね、とエリシアは先に立ち上がり、先に案内されていた自室へと向かった。


 元住んでいた家ほどある自室に、エリシアは小さく座り込んだ。

「…これからどうなるのかな…」

 お父さん…お母さん…そして妹も…本当にもう二度と会えないのだろうか?こんなにあっさり別れる日が来るなんて…。いつか老いた両親を見送り、妹に看取られながら死ぬ。そんな想像すら簡単にできる、当たり前の日々を過ごしていくと思っていたのに…。この部屋にいると、これから起こりうる未来が、全く見えない。

 怖い、怖いよ…。


 エリシアは、声を殺して泣いた。

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