Ⅲ-8

 洋食屋から外に出たとき春の匂いを感じた。夕暮れが近づいていたけれど、日の暮れる時間は確実に遅くなっている。

「メンチおいしかった」

「おいしかったよ。銀座の店もおいしかったけど」

「行ったの」

「行ってみた」

「お前が出ていったあとお前を見かけた人がいて、その人の話を聞いてたらあの店のこと思い出して」

「行ってみたくなった」

 橋に向かって歩いている。歩道はカメラを下げた外国人であふれていた。

「最近特に多くなっているような気がする」

 あいつと僕は向かい側から来る人たちをよけながら歩いている。

「部屋は片付いた」

「だいたい終わってる。持っていけないものは先生に預けることにしたの」

「家に置いてもいいんだよ」

「生活用品とかはほとんど処分しちゃったから」

 橋を渡る時、ワインで体が火照っていたせいか川から吹いてくる風が気持ちよかった。

「ごめんね」あいつが小さな声で言う。

 いつのまにかあいつの腕が僕の腕に絡まっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る