第4話 ある昼休み

「幼馴染の距離感バグってね?」



 友人の岸辺後楽きしべこーらにそう言われて、荒井友里は頭にクエスチョンマークを乗せた。幼馴染で仲良しの駒井優とお昼を食べないのか?という質問に、「優ちゃんは〇ィ●-プリンセスなので、一人でいるとどんどん人が集まってきて、鳥が歌い木々が輝いてしまうから、わたしは遠慮しているんだよ」と言っただけだった。


 もう一人の友人で乾萌果いぬいもえかあるがうんうんと唸る。パックジュースを飲み干して、昼食のパンの袋を丁寧に折りたたんで結んでいる。後楽はいつも違う色のカラコンをしていて、今日は真っ青の「春の空」らしいのだが完全に夏の青空のようだった。いつかの優のコーディネートを思い出して、友里はご機嫌だった。


「でもさ、放課後15分とか」


 放課後の15分を優と一緒に過ごすことを、友里は2人にだけははなしていた。ほかの人間に知られたら、嫉妬で怒り狂うタイプの人間に伝わるまで1秒もないだろう。

「そのわざわざ逢う感じがさ…」

「なんか重いよね…」

「え、だって忙しい友達とはわざわざ時間を作るよね?」

「まあそうだけど…幼馴染ってもっと、気さくなもんだろ?」

「なんか二人は、距離感がバグってる気がする!」

 萌香がさらに叫んだ。そして、後楽もうんうん、と頷いた。


「だって!優ちゃんを正当な評価してほしくて……!ずっと!!!ずっとそれだけなの、わたしは!」


「ぶっちゃけ二人は優ちゃんのコト客観的にどう?きれいでかわいいよね?お姫様だよね」


「うーん、正直、お姫様ではない!!!全然違う学科なのに話題が降りてくるのはすごい!同級生のどこの男よりかっこいいし、凄い優しいってのも知ってるし。…私はムキムキマッチョが好きだってのをひいても、細いけどがっしりしてて優しい…金太郎を見ている気持ちだな!大きくなれよ!!!」と後楽。


「造形は凄いとおもう、スタイル良いし、ちゃんとしたらモデルみたいになるんじゃない?正直肩幅あるし、制服がジャンパースカートで残念よねえ、上半身は完全に男子だもん。制服自由化のトップに立ってほしいなあ。性格はあ、結婚したらいい夫になりそうだから狙う人たちの気持ちはわからんでもない、しかし女だ」と萌果。


「優ちゃんがかわいすぎるから、ほんと困るよね!二人に優ちゃんが淑女であることを伝えたい。まずは草の根運動しなきゃ!」

 わりとひどいことをいわれたのに、友里はニコニコと「なるほどね!」という空気で二人にこたえた。ちょっとした宗教家のような、話の通じなさに二人はゾッとする。


「そういうとこだとおもうよ」

「そういうとこ」


「そういうとこって言い方、説明を要求したい…」

 友里は全く理解できない状況を(そういうとこ)でまとめられることが多く、戸惑う。しかし優のことに関しては怒りっぽいが、コト自分になると全く怒らない。言い方も口調もぼんやりしている。


「荒井の"かわいい"は、暴力なんだよ」

「暴力!?」

 後楽の発言に持っていた冷凍ブロッコリーを落としそうになる。イカとオイスターソースとマジックソルトで煮炒めしてあるそれは味が染み込んでいて友里のお弁当のメインを飾ることが多い。危ない危ないと口に入れた。友里は散財をしない。自分が稼ぐすべてを、優に使いたいと思っている。そういうところも重いと言われているのだが──。


「”かわいい”が暴力……」

「そう、かわいいって言葉だけで、駒井を支配してるやつだな!」


「毎回、かわいいって言うたびに、優ちゃんを殴ってる…ってこと……?」

「そうだよ」

「とんだSMだね」


 二人に力強くいわれて、友里はうなだれた。おもわずこれ以上落としたくなくて、お弁当の蓋を閉じ、箸をケースにしまった。そしてもう一度お弁当袋にいれてから、再度だしてまた一から食べ始める。「いやたべるんかい」後楽が軽く突っ込むが、そのまま食べきった。


 食べている間、考え尽くしてでた言葉はこれだった。

「優ちゃんが嫌がってないかどうかきいてみる」



「いや本人は、イヤとかいわないでしょ」

 後楽は食後のポッキーをたべながらそういう。萌果もつづけて、「毎日毎日かわいい言い続けてんだから、言わなくなったら風邪とか疑われるかもだしねえ?」とポッキーを一本もらいながらそう続けた。

「じゃあどうしたら」

 友里の言葉に二人は顔を見合わせる。

「フツーの友達みたく、フツーの話したら?「空がきれいだね、優ちゃんほどではないけど!」とかじゃなくてさ。顔と外見の話ばっかされたらイヤじゃん。たとえ、誉め言葉でもさー、会話しなよ会話、どういう会話したいですか!」

 後楽がそう、ポッキーをマイクのように差し出しながらいった。

「かい…わ…??」

 まるで”会話”という言葉を初めて聞いた人類のような友里の声に、二人は爆笑した。「じゃーさー、友里はどうしたいの?駒井優との関係を!」

 後楽はずばりと聞く。さながら記者のように。萌果はわりと飽きていて、ジルスチュアートのリップクリームを塗りなおしていた。

「優ちゃんの可愛らしさを世界に伝えたいんです…王子ではなく、プリンセスなんだよって、…いや、話しててもその美しさを瞬間瞬間、本人に伝えたくなる…?生きていてありがとう、って…」途中でインタビューにこたえるテイは放棄した。


「うーん、ならない。正直、褒める褒められるってのは、飽きる」と後楽。

「人間の造形なんか正直どうでもいいかなあ…」と萌果。


「二人ともおかしいよ!」

 生まれて出逢って14年、飽きることなく永遠に見るたび美しいと思ってしまう幼馴染みについて熱く語る荒井。生態は愛しているから友達関係を続けているが、発言にはまあまあ飽きている二人は、その間に新しいネイルポリッシュ予約を済ませ、ついでにタッチアップの予約までしてしまった。BAさんとの話はテンション上がっちゃうね!ときゃっきゃしている。一人で優の美しさを語る友里はそれ以上にキラキラしていた。


「次の授業いかなきゃじゃない?」と時計を見た萌果が言った移動教室であることを思い出す。

「選択だ!あたし世界史」

「私たちは音楽だわ」

 後楽だけ別の教室にむかい、友里と萌果は2号棟の音楽室へ急ぐ。この通りは普通科の道に繋がっているので運が良ければ、駒井優と目があって手を振りあったりする日もある。なので、友里はソワソワキョロキョロしている。萌果に「もし今日こそ~そこまで駒井ちゃんがでてきてくれたらぁ、私は先にいってるよん」と言われて、でも取り巻きと一緒の様子はそこまで好きじゃないから手を振ったら、一緒に逃げたいんだよねと喉まででかけて、「ありがとー」と言った。


「友里ちゃん」


 低音の良く通る、聞きなれても何千回と聞きたい大好きな声がして、友里は振り向いた。背の高い自動販売機の横に、そこまで自動販売機と背のかわらない駒井優が一人でいた。自動販売機はだいたい183cm、駒井優は178cmだ。

 こんな、オンタイムに、友里が一人でいる優をみたのは初めてだった。


 しー、と桜色の薄い唇に長い人差し指をあててる。萌果が「先に行ってるね」と声をかけてくれて、頷いてから友里はお礼を言って、誰にも気づかれないように名前も呼ばず、優のもとへ走りよった。

 自動販売機は階段の踊り場の下にあって、真正面に立たないとある程度から範囲が見えなくなる、いわゆる死角になっていて、階段の下のちょっとした凹の中の入ることができる。クラスの離れてる恋人同士がキスをしてたりするのを目撃するので、正確な死角ではないのだけど、それゆえ、みんな気を遣って凝視することはない、ちょっとしたセーフエリアのような存在だ。


「これ」

 いちごミルクのパックジュースを差し出して、優はニコッと微笑んだ。


「当たっちゃったから友里ちゃんに」


「かっ……」


(かわいい、かわいい優ちゃんから渡されたいちごミルクの紙パック、この自販機で当たるとかあるんだ!神も優ちゃんに味方している…7が四つ揃うんだよ?すごい、かわいすぎてしんでしまいそう)でも「友里のかわいいは暴力」と言われたばかりで、友里は口を押さえた。かわいいと口にだしたら、いちごミルクのパックジュースをくれた(優ちゃんを殴ることになる………!)と。


「……ありがとう…嬉しい……」


 そうようやく、絞り出すようにいうと、友里は優の取り巻きがいないことを確認するようにキョロキョロを回りを見回してから、優の鎖骨の下あたりに、とんと額を当てた。ぐりぐりとして、パッと顔をあげて貰ったばかりのパックジュースを両手で拝むように持つと、それにチュッとキスをした。顔が真っ赤になる。

 友里の優への「かわいい」への想いは暴力ではなく、母親が赤ちゃんの額に落とす優しいキスのような気持ちなのだ。それを伝えたくて必死のジェスチャーをした。優のかわいさは女神のキスのようだという気持ちも溢れだしている。

 友里はいたたまれない気持ちになり、真っ赤な顔のまま「音楽室に行くね!」と逃げるようにダッシュしてから、もう1度振り替えって思いきり手を降ってまたダッシュした。

「こら!廊下は走らない!」と数学の林先生に怒られて競歩の選手みたいになっている友里の背中が見えなくなるまで、優はずっと見守ってしまった。


「かわいい……」


 おもわず口から言葉がまろびでる。友里の額が当たった場所を押さえて抱き締めるようにしてから、息を大きく吸って、ハッとして手を離した。

 優は友里がこの時間に、ここを通ると知っていて、毎週この場所でまっていたのだが、いつも見送るだけだった。今日こそは話しかけようと自分に話しかけてくる子達から抜け出して来た。正確には、まいた。

 気持ちを落ち着かせるために手持ちぶさたを解消するために、買ったジュースが初めて当たってしまい、話しかける勇気をもらえた気がして、ようやく話しかけることができた。

「……我ながら、暗いな」

 まだドキドキしている心臓の振動を感じながら、優は思った。(すごい、初めてだ。ドキドキすると体も揺れるんだ)友里がキスをしたパックジュースは本人が持っていってしまったけど──


 自分も同じいちごミルクのパックジュースにキスをしようとして──


 遠くから「王子見つけた!」という声がして、優の心はスッと冷えた。振り向く。

「いちごミルクいいなー」っと言う女の子の声に、いつもなら、欲しい欲しいとなにかほかのものと交換されてしまうのだけど、何か答えないとと思っている間にいつの間にか奪われていたジュースをその女の子の手から取り上げて、これだけは死守しなければと、「ダメだよ」と言ってから鞄にしまいこんだ。

 その様子を見ていた子達は王子の好物だと理解してしまい、自動販売機のいちごミルク味が、しばらく売り切れになった。

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