「要塞都市、オオグマ弁護士事務所」

「…わかったかな?つまり『アンカー』とは、元々ナノマシンに搭載された転送システムのこと。あらゆる形をとりながら惑星間に存在し、記憶と肉体を任意に出力させることができる転送装置だったというわけだ」


 クラハシの説明にガラス板の上に立ったホタルはハッとする。


 …そこは、先ほどと同じ晴れ間の覗く海上。


 みれば板の上にはクラハシをはじめ、ザクロや彼をかばう様子の母親など避難していた面々がいたが、みな驚いた表情で周囲を見渡している。


 広がる海は穏やかで、先ほどまで海中に没していたはずのホタルは、狐にでもつままれたような気分で自分の顔を触り、異常がないか確かた。


「大丈夫、君を含めてここにいる全員の肉体をその場に出力したからね…ただ、彼女の場合は事情が違うようだが」


 言うなりガラスの上で少女の姿を取り戻したオリが「うう…」と声を上げる。


 その背は丸まり、頭を抱え。

 何か必死に考え込んでいるように見えた。


「なによ、これ。上に見えるの、どれだけの規模で…」


 ブツブツとつぶやきながら頭を抱え、体はいくども透けた青へと変化する。


「でも、じゃあ、クラハシが言っていたインシデントって…!」


 その言葉を聞くとクラハシは「ああ」とうなずいてみせる。


「一度、意識が混ざり合ったから事情を知ったと思うが…そうだよ、すでに上空には来ている。この惑星に制裁を下すために」


 それにホタルは上を向き…そこから視線を動かせなくなる。


 上空にあったのは逆さまの巨大なビルのような物体。それは空を覆うような黒々とした都市群であり、その先端にはまっすぐ下に伸びた塔を思わせる鉄塔が伸びていた。


『ああ、ついにオオグマが来た』

 

 そう語るのは、弁護士事務所所属コンシェルジュのコト。

 彼女は固唾を飲みながら上の建物へと目を向ける。


『あれは弁護士事務所の名を借りた自走要塞都市。内部には人工知能が惑星中の法を収容しという名の下にその精神をシステム制御下におかれた人々が働かされています。今回は、その弁護士であるコジシに危害が加えられたとみなし、契約違反で処罰するためにやってきたのでしょう』


「え、処罰?そう言うのって警察の管轄じゃないの?」


 思わず問いかけるホタルに「ここは、自警団も内包しているのさ」とクラハシ。


「なにしろ、当初は『人工知能の名の下で』という名目で集まり、法を神格化し、人を操作する文書を作成した連中が大元にいるからね。今では惑星間の政府の内外にもはびこっているし、好き放題だ。まったくもって、関わり合いになりたくない連中だよ」


「…いや、いま思い切り関わってるじゃん。私もカメラで撮ってるし」


 思わずそう突っ込んでしまうホタルだったが、それにクラハシは涼しい顔で「さて、では次にこの要塞都市はなにをするのかな?」とコトへと問いかける。


『おそらく、ここを違法生物のいる場所とみなし範囲を計算したのちに…ここを破壊する可能性が高いと思われ』


「させない」


『え?』


 その瞬間、先ほどまで座っていたオリが立ち上がり、両手を上げる。 

 ついで海水が一斉に蒸発を始め、同時に要塞都市の外壁が剥がれ始める。


「あ、見て。霧に!」


 ついで霧に無数の映像が投影され、そこには建物の内部にいる人々が映されているように見えた。


「見たまえ、ホタルくん。これは要塞都市オオグマの内部だ」


 クラハシの声にホタルは信じられない気持ちでカメラでその様子を映す。


 …そこにいる人々はみな虚ろな目で書類を扱い、建物を行き来していた。


 剥き出しの鉄パイプとコンクリートの外壁。食事はすべて錠剤で室内を徘徊するアンドロイドから人々はそれを受け取り、機械的に口に放り込むと再び仕事へと戻る。


 死んだような目をした人々。

 無機質で巨大な空間。


「なんか、怖い」


 思わず背筋が寒くなり、ホタルはそうつぶやく。


 だが、その光景も長くは続かない。瞬く間に周囲のパイプがはじけると部屋から、廊下から、水が彼らを飲み込んでいった。


 飲み込まれた人々は驚く様子もなく水の中へと溶け込み、勢いは人々の数だけ増していき、大量の水が建物中を蹂躙じゅうりんしていく。


「ちなみにコトくん。コジシくんがこの惑星の酒を最近取り寄せたことは?」


 冷静な様子のクラハシの質問に『1本だけですが』と答えるコト。


「…なるほど。水道水に混ぜれば、このぐらいの期間で建物全体を侵食できると言うわけか」


 何か納得した様子のクラハシの横で「ひどい、ひどい!」と叫ぶオリ。


「こんな場所、あっちゃいけない!こんな、人を人で無くする場所なんて、流れてしまえ…!」


 気づけば、オリの顔は鬼のような形相となっており、その顔にはいくえもの人々の顔が浮かんでは消えてを繰り返しているように見えた。


「水を伝っての記憶と感情の共有、今の彼女は建物にいる彼らの生い立ちから、現在まで、全てを見ているはずだ。客観的視点から主観まで。それが怒りという形で、この場所の崩壊を望む形へと変貌している」


 クラハシは淡々とそう告げながら霧を見上げる。

 

 今や要塞都市は完全にその全貌を崩しかけており、内部から壊れていく建物からは大量の水があふれだし、下の海へと落ちていく。


 そして、ざわつく水面も上へ上へと形を変えて伸びていき、今や伸びた水面は人をつかむ両手のような形で要塞都市全体を包み込もうとしていた。


「して、コトくん…いや、コジシくん。気は済んだかい?」


 崩壊していく要塞都市を背景にコトへと語りかけるクラハシ。


 それにコトはふっと小さく笑い『ええ、おかげさまで』と答えると、その姿は少女のものから、大人びた女性のものへと変わる。


『でも、いつから気づいたの?私がコトに人格をバックアップしていたことに』

 

 クラハシはそれに「それは、私と接触した頃からだね」と答えてみせる。


「そも、私がここに来たきっかけは、モノリスの生体調査の資料に不可解な点が見られることによる再調査だったからね。その資料を洗っている中で、オオグマ弁護士事務所が関わっていることを知り、君とコトくんに事情を聞くために接触した」


『それだけで?』


「それだけで十分さ」と、答えるクラハシ。


「見ての通り、私は生体を模したアンドロイド。触れただけで相手の情報を読み取れるからね。そこから、君がひと月前にこの惑星の酒を摂取したことで人格が芽生え、自分たちのいる要塞都市がいかにおかしな場所かわかり、そこを破壊する工作を始めたところまでわかった…解任後に、自分の肉体が処分されることも十分検討した上でね」


『止めると言う、選択肢はなかったのね』


 どこか諦めたように肩を落とすコジシ。


 それにホタルは「処分?」と聞き、クラハシは上を向くと、もはや宙に浮くことさえできなくなった建物を見ながら「ああ、そうだ」と答える。


「彼らはあくまで建物の一部であり、資源の少ない中で還るべき存在。ゆえに、人工知能の意向に沿わない行動をすると処分されて、内部で働く人々の生活の糧となるのだよ」


「それって…!」


 彼らが口にしていた錠剤。

 その中身が何かに思い至り、ホタルの背筋が凍る。


「そして、人工知能を含めて今まで彼らがしてきたことはキチンと司法で裁かれなければならない…もちろん、髪一本まで肉体を再生させた上でね」


『再生?それは…!』


 そのとき、声をあげるコジシの横で何かが跳ねた。みればザクロの母親が自身の足を髪に絡めて変形させ、ウサギのように上空へと跳躍する。


「いけない、人工知能が自身を転送しようとしている!止めないと!」


 みれば、中空に長大な筒のようなものが浮いていた。それは要塞都市の中心部に位置し、放たれたコードの先から黒い霧のような気体を噴出している。


「あれが人工知能。周囲から放っているのは、内部で生産していた契約書の元となるナノマシンだな。まったく、オオグマの連中は人の技術を盗んだ上に50年ものあいだ、こうして根を張っていたと言うわけだ。陰謀論にもなるわけだよ」


「まあそれも、今日びでお終いだが…」とクラハシが付け加えると同時に周囲に雷鳴の音と光がほとばしる。


 それは、ザクロの母親がシンセサイザーで放った雷であり、電気を浴びた人工知能の入った箱は真っ二つに裂け、金属の擦れる音にも、叫ぶような声にも似た音をあげて海中に没していく。


「父さんの時と同じ、やっぱり…母さんは怖いな」


 そんなザクロの声が聞こえたような気がしたが『全員、動くな。惑星連合警察だ!』という声と共に、上空からいくえもの四角い箱が降りてきた。


「げ、私のしたことヤバかった!?」叫ぶザクロの母親を素通し、警察の箱は一斉に壊れかけた人工知能を包囲すると、その中の一つが声をあげた。


『オオグマ総代、30年以上にわたる警察機構の操作と公務執行妨害。および、従業員に対する業務上過失致死と傷害の容疑で差し押えのうえ、逮捕する!』


 ついで箱が点滅し、中央の総代と呼ばれた人口知能ごと箱は消滅する。


 しかし、そのうちの1つは空中に残り、ゆっくりとこちらにやってくると箱は降り立つなり縦長の空間を開け、中から数人の防護服姿の男女を吐き出した。


『惑星環境委員会です。こちらの星の代表者はどなたでしょう?』


 その声にオリはぎくりとした顔をし「あ…私です」と恐る恐る答える。


(それもそうだろう)と、ホタルはカメラを構え直して周囲を見渡す。

 

 すでに波間は静かになっているが、先ほどまで彼女は自身のいた都市はおろか要塞都市も破壊し尽くし、中の人々もろとも吸収していた。


 それは、彼女に悪意があるかないかは関係なく、また吸収された人々に意思があったかないかに関係なく、これほどの事をしでかしてしまえば何がしかの処分を受ける可能性も十分あるように思えた。


「名前はオリです。私は、この都市のオーナーのカネツキの娘で…」

 

 そこまで話すと、不意にオリの目からポロリと涙が落ちる。


 その様子に「え?」と思わず声をあげるホタル。

 …それは、まごうことなき彼女の天然の涙。


「私、2人を喜ばせたかったのに。2人の本当の娘でありたかったのに。なのに今は2人とも私の中に溶けてしまって…なんで?なんでこんな…!」


 そこまで話し、声をあげて泣きじゃくるのは、小さな少女。

 

「おそらく、多くの人間を吸収したことで、理性が働くようになったのだろう…ただ、これからどうするかは委員会次第だが」


 腕を組んでそう分析するクラハシに委員会の1人が少女に近寄ると『大丈夫』と声をかけた。


『落ち着いて。先ほど惑星連合会議で、この惑星モノリスは連合管理の保護区とすることが決定したの。だから、お嬢さんに危害は加える人はいないし、今後、誰も立ち寄ることはないわ』


 それに、「え…」と未だ涙の残る顔をあげ、驚くオリ。


『実は、数時間前に出た遺伝子解析の結果、この星の在来生物が地球の固有種の祖先である可能性が出てきたのよ』


 ついで、彼女はタブレットを取り出し、ザクロの解析していたグラフと同じものを呼び出して彼女に向ける。


『だから、我々はあなたを保護します。地球の源となった存在として』


 彼女はそう言うと透明なフィルター越しにオリに笑顔を向けた。


 

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