第3話 極貧王城生活


『お姉さまへ


 あたしは今、ラーガルド国の王城で魔王城攻略に失敗した人たちの看護の助手をしています。治癒魔法を使える人もいないし薬もないので、簡単な薬湯を飲ませて包帯で巻いているだけです。怪我人は増える一方です。

 あたしは元気ですので、心配しないでください。  メグ』


 しばらくもしないうちに姉を騙った上司から「十分に養生するように。心配だからこまめに手紙をよこすように」というまことにありがたい追加指示の手紙が届き、完全に帰る機会を失った。


 起き上がれるようになったら、不愛想なメイド達の中でも一番不愛想なメイド長に首根っこ掴まれて、看護の手伝いをさせられることになった。

 人使いは荒い。めちゃくちゃ荒い。

 担ぎ込まれた王城で一番初めに会った初老の女性だ。

 意外と偉い人だったらしい。

 不規則な柄の黒い服が痩せぎすの体を包み、ぐるぐるに結い上げられた髪の様子がカミキリムシににている。見れば見るほど変な柄の服。


 帝国が次々に送り込んでくるパーティは次々と怪我人となって王城に運ばれてくる。

「身の程知らずのボケどもが」

 メイド長は眉の間に刃物で切り込んだような深いしわを寄せる。

 彼女は口が悪い。王城で働く者にあるまじき言葉遣いをする。

 執事が逃げてしまったので、彼女は本来のメイド長の仕事のほかに執事の仕事の大半を担っている。

 メイドと医療班と調理場の責任者で、ついでに領地の資産管理までやらされている。そりゃ眉の間の皺も深くなるだろう。

「私が白魔法使いならよかったんですが」

 溢れかえる怪我人は寝具も足りなくなって床に転がされ始めた。この惨状を前に思わずつぶやいた一言に、彼女はけっと舌うちよりさらに下品な音を吐く。

「こんな奴らのために精神力を削る必要など全くない。草の煮汁でも塗りたくっておけ」

 この人はメイド長のはずだ。多分。

 自信がなくなってきた。



 王城は崩れ、かつての威容はすっかり失っている。

 補修費用がないからだ。

 かつて中庭で愛でられたバラが生い茂り、穴の開いた壁をくぐり、庇の隙間を突き破って屋根の上まで届いている。おとぎ話のお姫様が百年眠る城のようだ。

 どうして怪我人を廊下に寝かしていたのか最近になって分かった。

 一番壊れていないのが王城と砦をつなぐこの廊下だから。

 つまり最高の待遇。

 使用人は中庭に建てた掘っ立て小屋か、回廊とつながった塔、あるいは砦に住み着いていた。

 住み着いている、という表現しか思いつかない。

 魔物にやられて家が焼けたので、王城に避難してきてそのまま住み着いてそのまま仕事を与えられて出ていけなくなった感じだ。

 中庭の半分はつぶされて畑になっている。

 そこで取れた穀物や野菜で王城内の食事を賄う。宰相もメイド長もコック長も畑を耕す。


 王城に住んでいるのは王族という名の数名の被保護者の面倒を見る係と、最低限の国の機能を維持するための人員と、ほんのわずかの警備兵。

 時々砦の下の地面を横切っていく大きなムカデの魔物にびっくりしなくなった。幌付きの馬車が何台も連なっているのかと思ったら、ムカデだった。

 人間よりも大きなスズメバチ型の魔物が集団で空を覆うこともある。

 そんな日には。村人は嵐が来た日のように雨戸を閉めて家にこもって魔物をやり過ごし、王城に住む者は一番頑丈な台所にみんな集まってお茶会をする。 


 質の悪い紅茶は木の枝のエグさ残る味がする。

 ―――――人がごった返す帝都の大通りを思い出す。

 どこかの国の王が帝王様に表敬訪問するため、多くの家臣がをつれて大通りを練り歩いた。また別の日には、どこかの魔王城の討伐に成功した勇者の凱旋パレードに花びらが撒かれる。そんなパレードは毎日のようにあって、街にはモノがあふれ、城の中は足を引っ張りあう同僚ばかり。アパートでベッドにもぐりこむ時間には、窓の下に泥酔した旅行者の怒号が響く。


 この城は静かだ。

 マンティスは仕事終わりにパステルイエローのマーガレットを持ってきてくれる。

 体はすっかり良くなったが、帰りたくないと思い始めていた。でも、黄緑色の恋人は帰らないでほしいとは言ってはくれない。

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