彼方なるハッピーエンド

錦魚葉椿

第1話 序 白き星の勇者

 白き星が勇者を選ぶ。


 勇者として選ばれた者は額と肩と手の甲に煌々と輝く星のしるしを戴き、魔王を地の底に封印する。――――― 命と引き換えに。

 そうやって勇者は死に、魔王が再び蘇るまでの数年の平和をもたらすのだ。

 だが、その国の勇者はもう三十年以上も現れない。




 ここは王城の台所。

 男がやんやと囃されながら、右の手を自らの左肩に置く。

 ややあって、男の額と右の手の甲、右肩が目映く輝いた。

 三点の光が正三角形を形成した刹那、同心円状に魔力が放出される。

 かつて感じたことのない凄まじいレベルの神聖魔法の波動。


「―――――虫除け」


 無詠唱――――― 呪文ですらなかった。普通の口語。

 一気に放たれた幾千もの聖なる光が、矢のように全身を貫き、あたしの体に満たされている黒魔術師としての力が引き裂かれ、かき消される。

 精神に与えるあまりの衝撃に一瞬気を失い、数十秒後ようやく視力が戻り、目の焦点が合う。

「いやーん。すごーい」

「やあ、助かります。来月もよろしく」

 私は見てしまった。

 下水から、棚から、換気口から這い出して来る無数のネズミとゴキブリを。

 それをメイドと調理班の皆で協力して、箒で描き寄せる。ちょっとした山がいくつもできた。

 メイド達の最大級の賛辞と調理人たちの尊敬のまなざしを満足そうに受け取り、その人は踵を返して立ち去って行った。


 その人はこの国の王子、バルサントス。

 通称バル様。

 帝王様以上に偉そうで、そのくせ責任を持つことに耐えられず、王様がぼけちゃっても即位したがらず、周囲もあまりのポンコツのため即位させたがらず。

 人が自分のために働くのは当然だと思い、人のためには指一本動かさない。

 悪評は千里を走り、周囲千里以内の貴族からは嫁が来ず、仕方がないから神殿に住む世間知らずの聖女見習いを王妃に据えたのは数年前。

 フォークより重いものを持ったら死ぬ生活を四十有余年。

 この城でたった一人、働かないで飯を食う男。

 役に立ってるとこ初めて見た。


 てゆうか、おまえが勇者なんかーい。

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