第17話 浮揚
◇17
「お疲れ様でーす」「おつかれでーす」
「お疲れ」
あのあと何局か対局して、下校時刻になったので僕と天笠は鍵を閉めていく部長に挨拶して美術室を出る。エアコンのきいた部室とは一転、急な暑さが脳を襲ってくらくらしそうだ。
うちの部活の部長は、物静かな人だけどとてもいい人で、一番最初に部室のカギを開けて、最後に閉めて職員室にカギを返すところまでいつもやってくれている。部室でもうるさい僕らに対して何も言わずにいてくれており、僕としては感謝で頭が上がらない。
「そういや天笠って部長と話したことあんの? なんか天笠と部長の絡みってあんまり想像できないんだけど」
「あー部長さんですかー。あんまり話したことはないですねー。いつ以来でしょー? 入部するとき以来ですかねー」
僕らはさっさと下駄箱に向かい、靴に履き替えて昇降口を抜けて校門を出る。
今の時刻は部活が終わった直後だからまだ五時近くのはずだが、やっぱり暑い。
日差しもきついし、本当に早く夏終わってくれないかな。インドアにいることの多い僕としては外に出たときの温度の差で毎回死にそうになるんだよね。
「へー。僕は想像できないけど、天笠のことだから部長とさえもなんか繋がりあるかもと思ってた。僕みたいなおとなしい感じの人間とも普通に話に来るだろ?」
「あー。なんていうか与一先輩は陰のオーラが出てるだけで……まあこちらからも絡めるんですけどねー。部長さんってほらあれじゃないですかー、えーとなんて言えばいいんだろ、静っていうんですかね。もうちょっと悟りを開いていそうな落ち着きがあるので絡むと真顔で返されそうなんで」
……まあ分からなくもないけど。ちょっと僕への扱いが納得いかない。
「そ・ん・な・こ・と・よ・り! 先輩! 今週の日曜日暇ですか? 「あーすまん。今週は無理だわ」暇ですよね? そうですよねー先輩にようじあるわけないですよねー……ってええ!? あるんですか!? 誰と!? 何故!?」
驚きすぎだろこいつ。そもそもいくら僕でも家族の用事ぐらいある可能性とか考えないのかよ。
「……まあ、今日できた、友達とちょっとな」
「と、友達ぃ……」
やばい。口に出すとちょっとにやけそうだ。
「……まあ三人で遊園地にちょっと行くことになったんだ」
「ゆ、遊園地……先輩、私は夢でも見てるんでしょうか……? 『あの』先輩に友達なんてものが……しかも遊園地だって…… いや逆に考えると私じゃなくて夢を見てるのは私じゃなくて……まさか!? 先輩、戻ってきてください! その先は地獄ですよ!」
天笠はズガーン、と背後に雷が落ちたかのような勢いで衝撃を受けている。もはやぶつぶつと何か意味不明のことをつぶやいている。
学校前は坂道になっているので、転びそうで危なっかしい。
「おい落ち着け。もはや何言ってるのかわからないぞ。というかお前僕のこと馬鹿にしすぎだろ。……僕にだって友達ぐらいいるさ」
「うわー、なんですかその気持ち悪いドヤ顔。というかマジで驚きです。私以外に先輩に友達なんていたんですね」
本気でドン引きしたような顔をする天笠。それだけで僕のメンタルをゴリゴリと削っていることを教えてやりたい。……鼻で笑われそう。
というか、あれ?
「……というかお前って僕の友達だったの?」
しまった、と言った瞬間に思った。
……これじゃ昼間の深路の二の舞だ。
「ナチュラルになに人が傷つくこと言ってるんですかもう。え、その顔はマジですね……というか私が先輩の友達じゃなかったら逆に何だっていうんですか!」
「……生意気な後輩」
「ただの生意気な後輩は休日に遊びに誘ったりしませんよ。全く、どうせ先輩のことですから初めての友達が出来たーとか思って今日一日ウキウキだったんでしょうけど、先輩の友達歴は私のほうが先輩ですから。舐めないで欲しいですね」
「お前は何で張り合ってるんだよ……」
「で、どんな人なんですか? その先輩の新しい友達って」
「……えーとまあ、お前も知ってる奴だ。……三谷だよ」
「はあ? 何言ってるんですか。そういうのいいから早く、って」
天笠は一瞬目を丸くし、溜息をつく。
「あー、なるほどそういうことですか。ホントつまらないですねー、与一先輩。もう私と三谷先輩絶対同じ立場じゃないですか。はー、三谷先輩もかわいそうだなー」
「……言われないと分かんないんだよ僕は」
「まあとにかくわかりました。三谷先輩、あと三人って言ってたから深路先輩もいるのかな、まあどっちでもいいんですけど。とにかく先輩にもう友達との先約があるなら仕方ないですね。諦めます」
徹頭徹尾、僕のことを馬鹿にしたような態度だ。そんなに僕がおかしいのかよ。
「じゃあ私とは再来週ですねー。けってーい!」
天笠は納得したようなことを言った後でも、また勝手なことを言いだす。
「……まあ暇だからいいけど。どこ行くんだ?」
「メビウスですよーメビウス。ほら、この前私たち四五階に行く前に帰っちゃったじゃないですか。私ホントはこの前あそこに久しぶりに行きたかったんですよ」
……それは普通に申し訳ない。
「だからこの前のリベンジってわけじゃないですが、先輩誘ってもう一回と思って」
「わかったよ。僕のせいでもあるし、付き合うよ」
「よし! じゃあ駅こっちなんで……さよならー!」
「……おーす」
学校前の坂を下り終わって、大通りに出た僕らは手を振って別れた。僕はこのまま徒歩、天笠は電車だ。僕は大通りを右に曲がって残り徒歩十分の道を歩く。
一人になって思う。
やっぱり今日は浮ついてる。
どうか、この気持ちのまま。
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