34.煌めきの理想郷 ＊＊＊
エンティスは頭を掻いた。
「こりゃーまた骨が折れそうだな、フェイバル」
「先に魔獣を見つけて近づかれる前に討伐する。やることはいつもと変わんねぇよ」
「とはいえ、大型の貨物車が五台も……この手の貨物車は屋根上に見張り台があるけど、さすがに今回は全員でしっかり分担して索敵する必要がありそうね」
クアナの一理ある一言により、フェイバルは少し考え込む。
「エンティスは隊列の先頭車両から進行方向を警戒。クアナは最後尾。、俺が中央の車両から隊列の側方を両方ともどうにかする。これで問題ないな？」
フェイバルは二人に尋ねる。フェイバルの担当だけがかなり広範になるものの、彼を信頼する二人は親指を立てた。
「ＯＫだ」
「問題なし！ フェイバルが寝落ちさえしなければだけど！」
フェイバルは耳が痛いところだけ都合良く聞き流す。
「んよーし。じゃその手はずでいくぞ」
そして
グリモン、それは王都からはるか東に位置する大きな街。この街はしばしば『魔導書の
王都から魔導書の故郷までの道のりは果てしない。
検問を抜ければ、そこは広大な自然の支配する景色。とはいえギルド魔導師ともなれば車両警護の任務は切っても切り離せないものであるゆえ、もう都外には慣れっこだ。魔獣という悍ましい存在に怯えていた時代はもう遠い昔のこと。今はただ、そののどかな景色に魅了されるばかりである。
五台の貨物車は、ゆっくりとした速度で隊列を崩さぬように進行する。早速ながら睡魔に襲われるフェイバルは、あくびをしながらひとり呟いた。
「……んだよ、今日はやけに静かだなぁ。魔獣の一匹も出る気がしねー」
柔らかい風の音と、貨物車の心地良い駆動音だけが耳に差し込む。これほど穏やかな朝ともなれば、観光か何かをしているものかと錯覚しそうだ。
王都を後にして数時間経とうとも、結局魔獣は一向に現れない。、一行は都市グリモンへと着実に近づいていた。偶然か必然か、事はやけに順調だった
クアナはふと空を見上げる。いつの間にか機嫌を損ねた空からは、ぽつりぽつりと水が滴り始めた。ちょうど眠気に誘われていたところだったので、考え方によっては都合が良かったのかもしれない。
「ぅあ、雨だ……」
クアナはすかさず小さな右手に魔法陣を展開した。その色は玲奈と同じ水色。氷魔法である。
「氷魔法・
クアナはその場の思いつきで氷の傘を造り出すと、それを握りしめて雫を遮った。
「はあ……このあたりは雨なのかー。王都近くは晴れてたのになー」
やはり天気が落ち込めば、自然と心情も沈んでゆくもの。クアナは少しばかり悲しい顔をしつつも、また周囲の警戒にあたった。
ふと、すれ違う車が増えてきたことに気がつく。クアナは車両の進行方向へと振り向いた。ずっと後ろを見ていたクアナはこれまで気づかなかったが、もうそこには石造りの高い塀がかすかに見て取れる。目的地はすぐそこまで迫っていた。
「あ、もうこんとこまで来てたんだ……！」
五台の貨物車は無事に検問を通過すると、ついに都市・グリモンへと辿り着いた。検問前広場にて長きにわたった隊列は崩され、車両は綺麗に整列されてゆく。最後の車両が停車したところで、ようやく護衛任務は完遂された。フェイバルらは車両団を取り仕切る運転手の男と合流した。
「今回はありがとうございました。おかげさまで、無事に荷物が届けられそうです」
「おう。良いってことよ」
「それにしても、まさか恒帝殿に依頼を受けていただくことがあるとは」
「まー国選魔導師である以前にギルド魔導師だからな。こういう地道なのもやるんだぜ」
「そうなんですね。ウチはかなり大規模に貨物車を動かすので、受諾者にとっては荷が重いらしく……また機会がありました、ぜひとも」
「ああ、頼まれたぜ」
「我々はこのまますぐに印刷工場へ向かいますのでこれで失礼いたします。報酬はギルドへの後払いにしてありますので、後ほどお受け取りください」
運転手は一礼するとまた運転席へと乗り込む。五台の貨物車はまた各々が駆動音を唸らせた。小休憩は取り終えたらしく、再び車両は隊を成し動き始めるのだった。
貨物車を見届け終えると、フェイバルは二人のほうへ振り返る。
「さ、任務完遂だ。ここからは好きに動けるぜ」
「私、本屋巡りたい！」
「もう昼だぜ？ まずは飯だろ－」
フェイバルはエンティスに同意した。
「それもそうだな。とりあえず腹ごしらえだ」
「えぇー。でもまぁ時間はあるんだし、いっか」
三人はあいにくの雨の中、昼食を求めて店を探した。皆もれなく土地勘が無いので、なんとなく賑やかそうな一帯を目指してゆくほかない。
ふとエンティスが呟いた。
「……なあクアナ。その傘もう一個作ってくんね？」
「いいけど、冷たいよ？ あとちょっと重い…… フェイバルもいる？」
「いや、俺はいいや。服なら魔法で乾かせる」
「そっかー、相変わらずどこまでも便利なこと」
クアナ片手間で魔法陣を展開する。そこからは、瞬く間にしてお望みの品を創造してみせた。
「はいエンティス。私のよりちょっと大きめにしてみました」
「あんがとよ。ちべた……」
グリモンの繁華街にて。老人と少女は、雨でも賑やかな街を往く。
両目を覆うように包帯を巻いた少女は、老人に手を繋がれて歩を進めた。まるで執事のような装いをした老人は、その少女を気遣うように、傘を差しながら少し前を進む。
そのとき老人は少女に優しく語りかける。
「レイシュさん。ここが今日から私たちが生活する街、グリモンです。孤児院のみんなに会えないのは少し寂しいかもしれませんが、これも塔主様から我々への使命です。私たちにしか出来ぬことですので、やってみせましょう」
「ええ。分かってる。塔主様もパルケードさんも私の恩人だもの。私はここで、天使としての使命を果たすの」
レイシュという少女は、年齢の割に落ち着いた声色で応答した。パルケードはその凜々しき返答に微笑むと、優しく彼女を案じた。
「目の調子はいかがですか？」
「少し違和感はあるけど、大丈夫よ」
「うわ、エンティスのそれ美味しそう」
エンティスはクアナから注意を惹いたその料理について語り始める。
「こいつはハミル貝の酒蒸し。意外と上品な味するぜ」
「へー。あんま王都じゃ見ない食材だねぇ」
「ちなみに大盛りだ」
「それは知ってる。だってエンティス、ロベリアからの招待で出席した公の宴会でも使用人さんに大盛りを要求してたじゃん。自分で食べたい量取りに行くスタイルの宴会だったのに」
「あたりまえじゃねーの。俺が食事するときは、自分からどこかに食べ物を取りに行く暇なんて無い。その場で食うのみ」
フェイバルもその日を思い返して呟く。
「そういえば、あの日はロベリアも酒で潰れてたな。エンティスもだが、あいつもあいつだ。というか、俺にはエンティスより迷惑かかってたように見えたぜ」
「ロベリア、元気かなぁ。やっぱ忙しいみたいだけど、フェイバルは最近会ってないの？」
「会ってねーな。最近は大きな国選依頼も無いし、会議で会うこともあんまない」
エンティスは口を挟んだ。
「なーに。ロベリアなら大丈夫だろ。勉強も魔法も料理も気遣いも出世も、何だって出来ちまう女だぜ」
「エンティス、お前ロベリアに餌付けされすぎだろ」
「あいつの手料理、半端ないぜ……トんじまうかと思ったよ」
「なんだそれ」
「あれはぜってー良い母親になる」
「……まーおおむね同意するが、酒さえ飲まなければ、だ」
「ふふっ」
クアナは二人のやりとりをみて微笑んだ。
「パーティ組んでもう五年になるけど、やっぱみんな変わらないね。でもそれが良いや」
フェイバルとエンティスは一瞬ばかり目を合わせる。そこには自然と笑みが零れた。
駆け出しで仕事もろくに無い苦しい時期でも、彼らは笑って過ごした。過酷な依頼だろうとも、この笑顔の為に乗り越えてきた。それは大陸最強の魔導師パーティを謳われるまでに成長した今も、何一つ変わらない。
【玲奈のメモ帳】
No.34 煌めきの理想郷 （ステトピア）
フェイバル＝リートハイトをリーダーとする、かつて大陸最強を謳われた魔導師パーティ。構成員はフェイバル＝リートハイト、エンティス＝インベンソン、クアナ＝ロビッツ。現・作戦騎士団第三師団長であるロベリア＝モンドハンガンも一員であったが、フェイバルが国選魔導師を志すにあたって、自らがその推薦者となるべく騎士の道を選んだ。
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