Just-Ice ～明星の注ぐ理想郷にて～

26.愛銃デビューは突然に ＊＊＊

　検問に並ぶ車は少しずつ前進してゆく。玲奈は不安そうにフェイバルへと話しかけた。

　「あのー。私たち、絶対に検問で止められると思うんですけど……だって盗難車ですよねこれ……」

フェイバルは空を仰ぎ、何故か人事（ひとごと）のように零した。

　「ブローチ、持っとくべきだったな」

　彼は普段から国選魔道師の証を身につけない。その理由はうっとうしいから、だという。

　つまるところ今のフェイバルは、国選魔道師・恒帝であることを証明できないのだ。ただの車泥棒おじさんである。

　国選魔道師は検問の自由な行き来以外にも様々な特権を持つ。それゆえ国は国選魔道師を偽って特権を濫用する者の発生を憂慮し、その防止策としてブローチでの証明を絶対としているのだ。たとえ顔を見知った騎士に対してでも、当然にこれは適用される。

　前方の貨物車がようやく検問を通り始める。検問に勤務する騎士が、運転手に許可書の提示を求めている様子が見て取れた。運転席から許可書を差し出す手が伸びる。

　「フェイバルさん、ゼストルって奴と貴族っぽい人はさっき後ろの荷台に乗ったんです。だから、運転手はまた別の人です！」

　「……なるほどね。んじゃあの車には、少なくとも三人が乗ってると」

　前方の貨物車はとうとう検問を抜け始めた。どうやら検問を通行する許可がおりたらしい。都外の道幅は王都内よりも幾分か広い。貨物車は徐々に速度を上げ、快速で走行を開始した。玲奈たちにはもう、検問で足止めを喰らう暇など無い。

　フェイバルは大人しく検問で車を止めた。有無も言わさぬうちに、騎士たちは異変を察知する。

　強面の騎士が運転席を覗き込むと、かなりの圧をもってして呟いた。

　「おい貴様ら、どうして騎士団所有の魔力駆動車を一般人が運転している？」

そこから二人の車は、騎士によって一斉に包囲される。フェイバルはめんどくさそうに応じた。

　「んなことどうでもいいだろ。いろいろあってだな、俺らは前の車を追ってんだ。どけ！」

玲奈もダメ元で加勢してみる。

　「こ、この人はフェイバル＝リートハイトです。ちゃんとした国選魔道師です！　無職のおじさんとかじゃないんです！！　信じてください！！　この人意外と顔広いから知ってるでしょ！！」

国選魔道師が車両泥棒の免罪符になるかは分からないが、とりあえず必死にアピールした。

　「ああ、顔は国選魔道師・恒帝殿のものだ。だが外見なんていうのは、魔法でいくらでも誤魔化せる」

　「それになにより、国選魔導師ともあろう者が車両泥棒など犯さない！」

　断言されてしまった。玲奈はフェイバルの顔を伺う。彼は恥ずかしげもなく頭を掻いていた。

　そして騎士は最も手っ取り早い手段へと出る。

　「国選魔導師だと言うのなら、紋章を提示するんだ。さあ早く」

騎士からで飛び出した提案は、やはりブローチによる身分証明だった。フェイバルは即答する。

　「今日は休日だから持ってねえよ」

　「そうか。なら貴様らを罪人とし、ここで拘束する。さあ、今すぐ車を降りろ！」

フェイバルは悪あがきを続けた。

　「おいおい。お前ら第一師団の連中だろ？　ならいい加減俺の顔くらい覚えてくれっての」

　「いかにも我らは第一師団第十一部隊の騎士だ。確かに貴様の顔は恒帝殿よく似ている。だがそれと同じくらいには、特権を悪用しようとするお前たちのような手口を見てきた」

前方の貨物車はだんだんと小さくなってゆく。フェイバルは少し考え込むと、玲奈に小声で話した。

　「レーナ、しっかり掴まっとけ」

　「え……？」

　嫌な予感がしたが、もう手遅れだった。フェイバルは思い切りアクセルを踏む込む。魔力駆動車が唸ると、凄まじいスピードで検問から強引に飛び出した。車の前方を包囲していた騎士は、為す術無く吹っ飛ばされる。

　「ちょっとお！！　たぶん今、罪状増えましたああ！！！」

　「困ったときは、強行突破だ！　覚えとけレーナ。大抵のことはパワーで解決する！！」

二人の車は猛スピードで貨物車を追った。

　「奴らを追え！　至急本部への連絡を！」

騎士たちは検問の近くに駐車してある団所有の魔力駆動車へ一斉に乗り込む。装甲と施された三台の魔力駆動車は、すかさず二人の車を追った。

　「ちょっとぉおお！　どうするんですかフェイバルさん！！　また何年か懲役伸びましたよ！！？？」

　「んなもん後から考えんだよ。とにかく問題は、どうやってあいつらの本拠地を暴くかだ。こんだけ目立っちまえば、さすがに貨物車の連中も俺らに気づいちまう」

　「そ、それはそうですけど……」

　何かの気配を感じた気がした玲奈は、ふと後ろへ振り返る。そこにはこちらへと真っ直ぐ向かい、あっと言う間に距離を詰め始める騎士団の車両たち。車両は全て装甲車だ。殺意剥き出しの重装備である。

　「フェイバルさんヤバいです！　車が三台追いかけて来てます！　なんかエグい機銃もついてます！！」

その瞬間、玲奈の頬を何かがかすめた。じわじわと熱さと痛みを感じる。

　「へ……！？」

玲奈は窓からすぐ顔を引っ込める。

　「おいおい、あんま顔だしてると撃たれるぞ」

　「ひえぇ……」

　貨物車は鈍重であったため、フェイバルの車は何とかそれのすぐ後方についた。気づけば周囲には貨物車とフェイバルの車、そして後方の騎士団の車のみ。貨物車の人間も、きっと異常な光景に気づいている頃だろう。

　そのとき突如として、貨物車後方の荷台の扉は少しばかり開かれた。隙間から一つの銃口が顔を出したのも束の間、すぐに攻撃は開始される。

　すかさずフェイバルは車の正面に防御魔法陣を巡らせた。乾いた銃声が響き渡る。

　「本当なら泳がせたいところだが、作戦変更だ。レーナ、貨物車をここで止めるぞ。車をギリギリまで寄せる。タイヤを撃て」

　「えっ……！？　は、はい！」

突然の指示に玲奈は戸惑う。しかし間違いない、ここは彼女の魔法銃が真価を発揮する場面だ。腰にかけた黒光りする小さな拳銃を引き抜くと、引き金に指をかける。

　フェイバルは玲奈の準備が整ったところを視認するとすぐに合図した。

　「よし、いくぞ！」

　フェイバルはさらにスピードを上げる。彼の爆発的な魔力あってか、貨物車との距離はじわじわと詰まり始めた。

　銃の扱いなどいまだ素人な玲奈は、対象をじっくりと狙いたいところ。しかし後方には騎士団の装甲車が迫っている。身を乗り出してのんびり狙いを定めていては、先程のように後ろから撃たれてしまうだろう。運が悪ければ、脳味噌を撒き散らしてお陀仏だ。初めてにしては酷なシチュエーションだった。

　ただそれでも、やる以外に選択肢は無い。玲奈は銃身だけを窓から出すとすぐに引き金を引いた。一発目は無情にも貨物車の硬いボディに弾かれる。すぐに二発目、続けて三発目を撃った。ヴァレンの指導が少しは生きたろうか。放った二発の弾丸は、貨物車のタイヤになんとか穴を開けることができた。徐々に貨物車の速度が落ちてゆく。

　「や、やりました！　どうです！？」

玲奈は嬉しそうに話すが、フェイバルはドライだった。

　「いや、そりゃこんだけ詰めたからな」

　フェイバルは次の行動へ移る。さらに距離を詰め貨物車に接触する寸前まで加速する。もはやその距離数メートル。彼は側方からの体当たりを試みた。

　車両が横並びになり始める寸前、貨物車の荷台の扉は再び開かれる。そこから大きな影が飛び出したかと思うと、それは次の瞬間フェイバルたちの車に飛び移った。

　車に張り付くのは紛れもない、ゼストルだった。フェイバルは男の妙に虚ろな目を見たとき、それの異常さに気づく。

　「魔法陣……？　こいつ、何かの魔法に――！」

　ゼストルは体勢を整えると、腰に差していた剣を抜き躊躇なくフロントガラスへそれを突き刺す。男の魔法はそこそこの腕前のようで、騎士の車両に標準装備されている頑丈なそれを破ってみせた。それでも手元が狂ったのか、突き刺さった剣は二人の席のちょうど間を貫く。

　フェイバルは道を逸れて急ブレーキを踏むと、ゼストルはそのまま吹き飛ばされた。タイヤを失った貨物車は逃走は諦めたのか、二人の車両に続いてその場に止まる。

　すかさず貨物車の運転席から若い男がゆっくりと降り始めた。彼もまた、妙に虚ろな目をしている。そしてさらに続けて姿を現すのは、荷台に居た貴族風の男。小太りの男は眼鏡の奥の眼を鋭く尖らせ醜悪に笑った。

　「革命の塔の使徒たちよ、粛正を始めようか」

【玲奈のメモ帳】

No.26　検問

大陸のあらゆる都市には都内と都外を隔てる高い塀が存在する。これは都外に出没する魔獣から街を守るため発達したものであり、その都内と都外を結ぶ唯一の場所として検問が存在する。検問には騎士が守衛として交代制で駐留し、全ての車両の行き来に際し許可証の提示を求める。なお国選魔導師は紋章の提示によって許可証の提示を免除することができる。