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 行きは電車を使った俺たちだが、お互い仙台駅に向かう予定ということでそのまま徒歩で駅を目指すことになった。宝井いわく、仙台駅までは一時間前後で到着するという。あまり運動をしないイメージだけど、仙台の地理に詳しい辺りよく歩き回っているのかもしれない。節約のためとはいえ、普通はこんなに歩こうとは思わないだろう。


「……いいな、ブレザー」


 道行く学生を眺めながら、宝井がぽつりと呟く。

 今日は祝日だが、どこかの学校では模試でもあったのだろうか。制服姿で歩いている人もちらほらと見かけた。こっちでも大会に向けて練習しているのか、校名の入ったジャージを着ている集団も多い。今俺たちの横を通り過ぎて行ったのは野球部だ。皆揃いの、校名とそれぞれの名前のプリントされたエナメルバッグを肩から提げている。

 宝井はというと、すぐ近くを通っていった野球部よりも、反対側の歩道を歩いている女子の集団が気になったらしい。足は前進し続けているのに、目線はずっと動かない。宝井がフクロウだったらもっと長く見ていられたのだろうが、生憎彼女は人間だ。やがて限界が来たのか、名残惜しそうに顔を動かした。


「宝井、ブレザー着たいの?」


 いつもより眉尻が下がっている宝井に問いかけると、すぐにうなずかれた。今日の宝井は素直だ。


「制服だけで選ぶべきじゃないってわかってるけど、進学するならブレザーの高校が良いな。今までセーラー服だったから」

「セーラー服は嫌なのか?」

「嫌って訳じゃないけど、ずっと同じような制服っていうのも飽きない? できることなら色んなものを試したいじゃん」


 たしかにそれは一理ある……ような、気がする。俺は着るものに対してこれといったこだわりはないけれど、六年間パーカーを着続けろと言われればちょっと待てと意見したくなる。

 しかし、普段セーラー服の宝井を見ているから、ブレザーを着た彼女はなかなか想像できない。先程見かけた学生と宝井を脳内でコラージュしてみる。……うーん、違和感。


「磐根君は似合いそうだよね、ブレザー。私とは違って」


 どの制服ならしっくり来るだろう、と考えていると、横から声が飛んで来た。見れば、宝井がよく見る、何もかもつまらないとでも言いたげな顔をしている。


「別にそんなことないんじゃないか。制服なんて皆等しく着るものなんだから」

「磐根君は大体の洋服が似合うからそういうことを言えるんだよ。私みたいなうっすい顔や映えない体型だと滑稽に見える服だって世の中にはあるの」

「そうかなあ……」


 自分の顔や体型をまじまじと見る機会なんてなかなかないから、宝井の言葉には納得しかねる。首を捻ると、もう良いよ、と諦めに満ちた返答を寄越された。残念ながら、宝井の機嫌を損ねてしまったようだ。


「良いなあ、磐根君は。私が欲しいと思ってるもの、全部持ってる」


 そしていつもより素直な宝井は、視線を上げながらそうぼやいた。何と相槌を打ったものかわからず、色々と悩んだ結果、俺は黙りを選ぶ。

 俺にあって宝井にないもの。そんなの挙げたらきりがないが、それは宝井が劣っているからではなくて他人だからだと思う。全く同一の人間などいるはずがない。その証左として、俺が欲しいと思っているものを宝井は持っている。そこまで深刻に求めてやまないものではないから、宝井に嫉妬することはないけれど。

 何となく気まずくて、俺はちらと宝井の横顔を窺う。すぐに、何、と尖った声をぶつけられる。


「嫌な思いをさせたら本当に申し訳ないけどさ。宝井は俺の何を羨ましいと思うんだ?」


 なるべくオブラートに包んだつもりだったが、案の定宝井は渋い顔をした。俺の胸いっぱいに罪悪感が広がる。

 顎に指を添えて、宝井は数秒間思案する。そして、前を向いたままぶっきらぼうに並べ立てた。


「顔、身長、体型、立場、交友関係、学力、運動神経。あとは知らなくて良いことを言われるまで知らないでおける鈍さかな。強いて言うならこのくらい」

「多いな……」

「悪かったね、欲張りで」


 ぞんざいに言い放つと、宝井は再びそっぽを向いた。自分から言い出したのに、とは指摘しないでおいた。

 最後の方は皮肉混じりだったけど、きっと前半は本音だろう。たしかに、俺と宝井の容姿に共通点は少ないし、クラスでの立ち位置も違う。幼馴染がいて、クラスメートと揉めたことも、ましてや孤立することもなく生きてきた俺は、宝井の立場を思うことはあれど共感することはない。


「学力は宝井の方が上だろ。国語とか社会とか、小テストはいつも満点だし……英語だって今年から習熟度別になったけど、応用クラスにいるじゃないか」


 どうしても学力の部分だけ納得がいかなかったので、駄目元で反論してみる。すぐに宝井は唇を尖らせ、不機嫌に迎撃してきた。


「でも、理数系は磐根君に負ける。磐根君はさ、全教科バランス良くできるじゃん。少なくとも、馬鹿にされるような点数は取ったことないでしょ」

「それはそうだけど……一教科あたりの学力は宝井に及ばない。それぞれに得意不得意があるってだけじゃ駄目なのか?」

「……そういうところ、本当に羨ましい。ポジティブも過ぎると狂ってるね」


 ものすごい貶され方をされた気がするが、とりあえず言い争いには勝てたと考えて良さそうだ。争いと言うまでもない、些細な意地の張り合いではあったが。

 はあ、と宝井がこれ見よがしに溜め息を吐く。どこをどう呆れられているのかいまいちわからなかったが、きっと俺の発言が彼女を苛立たせたのだろう。無意識で相手に嫌な思いをさせるというのは、地味に気分が悪くなるものだ。


「もう良いよ、諦めはついてるから。ただちょっと悔しくなっただけ」


 明らかに不満げな風を隠しもせずに、宝井はそう締め括る。それきり口を閉ざし、アーケードのショーウィンドーへと目を向けた。宝井と言えば本、というイメージがあるけれど、服にも興味があるのだろうか。

 宝井越しに映る自分の姿を、俺はぼんやりと眺める。

 真っ黒な宝井のそれとは違う、薄茶色の髪の毛。薄くて血管を透かす皮膚。くっきりとした二重まぶた。その奥にある瞳は、薄く青みがかっている。

 人より手足が長くて上背が高いのも、顔の彫りが深いのも、北欧出身だった母から譲り受けたものだ。一般的にハーフと呼ばれる生まれの俺だが、日本生まれ日本育ちだったということや、祖父母が生粋の東北人であることも由来して、児備嶋の同級生にはすんなりと受け入れられた。学校で異物扱いされないのも、児備嶋出身のクラスメートが何の隔たりもなく俺と接しているからだろう。

 宝井は、皆と同じ混じりけのない日本人なのに。どうして周囲と壁を作っているんだろう。


「磐根君?」


 物思いに耽っているうち、俺の足は知らず止まっていたらしい。はっとして視線を戻せば、数歩いったところに怪訝そうな顔をした宝井が立っている。


「悪い、ぼうっとしてた」


 謝罪しながら宝井の隣へと並ぶと、別に良いよ、と先程より幾分か柔らかな声を向けられた。


「磐根君って、意外とぼんやりしてるよね。心ここにあらずって感じ。いつも何を考えてるの?」

「常に同じことを考えてるって訳じゃない。本当に、とりとめのないことばかり気にしてる」

「そうなんだ。ちょっと親近感」


 歯を見せず、静かに宝井が笑う。児備嶋の女子には見られないこの笑い方、俺は割と嫌いじゃない。

 行こうよ、と宝井に促される。俺は黙ってうなずき、再び歩みを進めた。

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