2

 無事国際センター前駅に到着した俺たちは、目的地に向かう──前に腹ごしらえすることにした。時刻はちょうど正午、ここで昼食を逃したらきっと夕食まで待たされる。

 初めはコンビニで買ったものを青葉城址で食べるのも良いかな、と思っていた俺ではあったが、宝井はキャンパスの学食の方が良いという。そのため、二人揃って大学構内へと足を踏み入れた。


「大学の学食って、部外者でも入れるんだな」


 宝井と向き合って食べる昼食。学校ではいつものことだけど、ここは眞瀬北中の教室ではない。なんだか不思議な感覚だった。

 唐揚げ定食の乗ったトレーを置き、席に着きつつそう言うと、先に座っていた宝井はこくりとうなずいた。ちなみに、宝井が頼んだのはカレーライス。オーソドックスなメニューだ。


「うん。基本的に誰でも入って大丈夫みたい」

「オープンキャンパスでもないのに、変な感じだな」

「そうかな。大学図書館とか付属の博物館って、基本的に一般利用できるものじゃない?」


 初耳だ。そもそも大学に立ち入ったことがほとんどないので、ひとつ賢くなれた気分である。俺たちの年齢だと、大学よりも先に高校受験について考えなくてはならないし。

 何はともあれまずは食事だ。いただきます、と手を合わせた宝井に倣ってから、俺は割り箸を割って唐揚げを口に運ぶ。……うん、美味しい。


「あのさ、宝井」


 黙々とカレーをすくっては食べを繰り返していた宝井は、俺の声を聞いて顔を上げた。何、と短く相槌を打ってくる。

 未だに理由はわからないが、宝井と話す時は妙に緊張する。少なくとも児備嶋の女子とは、特に意識せず話せていると思うのだが。


「宝井って、よく仙台に来てるのか? なんか、慣れてるよな。全体的に」

「……まあ、便利だし。家族の買い物とか、今日みたいに野球観戦とかで来ることは多いかも」


 ぶっきらぼうな口調で答えてから、プラスチック製のスプーンを口元に持って行く。口の大きさに比例して、一口が小さい。

 宝井と家族──あまり、想像できない光景だ。今までろくな交流もなかったから、具体的に想像できた方が不気味ではあるけれども。

 俺もキャベツを口に運びながら、宝井の言葉にそうなのか、と首肯する。うちは祖父母があまり脂っこいものを食べないから、何割増しか美味く感じる。


「…………」


 ふいに、宝井からの視線を感じた。何だろうと思って向き直ると、目が合った途端すぐに逸らされた。そしてそのまま、何もなかったかのようにまた食べ始める。


「……どうした?」

「別に」


 気になって訊ねてみても、言葉通りのすげない反応である。宝井がこういう奴だということはもうわかっているから、それ以上でもそれ以下でもない。宝井が忘れていなかったら、また受け答えの機会が巡ってくるかもしれない。

 さすがに相手が話し始めるまで何もしていない訳にはいかないから、諦めて食事に戻ることにする。黙々と食べ続けていくと、あっという間に唐揚げ定食を完食した。しばらく歩いて腹が減っていたから、胃もたれした感じはない。デザートくらいだったらまだ食べられそうだけど、腹八分目ともいうし節約もしたいから我慢一択だ。

 宝井の方を見ると、まだ半分ほどしか減っていない。食べ終わるまでにはまだしばらくかかりそうだ。給食の時も食べるのが遅くて周りから迷惑がられているから、もともと食べるのがゆっくりなんだろう。


「……そういえば」


──と、ここで宝井が声を上げる。

 ん、と宝井の方を見ると、カレーは残り二割、といったところまで食べ進められていた。完食までにそう時間はかからなさそうだ。


「磐根君って、智水寺には行ったの?」

「えっ? ああ、うん、日曜に行ったよ」


 宝井とのエンカウントで頭がいっぱいだったけど、よくよく思い返してみたら智水寺で秋月に遭遇したのも結構な出来事だ。あれからすぐにゴールデンウィークに入ってしまったから、秋月と顔を合わせたのはあの日が最後だ。

 秋月と会ったことを宝井に伝えようか迷ったが、以前秋月に頼っていた彼女が口さがないことを囁かれていたのを思い出してやめておいた。せっかくの外出中に、嫌なことを思い出させたくはない。


「お寺の人に話を聞けたんだけど、河北町に関連史跡があるらしいんだ。宝井、知ってた?」

「河北……?」


 秋月に聞いた話を伝えると、宝井は僅かに目を見開いた。初耳、とこぼれた声は少々上擦っている。


「そう、しかも呉井璃左衛門を祀った石碑があるらしいんだ。最近整備されたんだって。宝井の調べ物にぴったりじゃないか?」

「河北……谷地なら、自転車で行けるかも。そんなのがあるなんて知らなかった、教えてくれてありがとう」


 宝井から素直な感謝を向けられて、俺は思わず口ごもる。ここまで柔らかな口調で話しかけられるなんて、昨日までは予想だにしなかった。


「じ、自転車って……結構遠くないか? 家からずっと乗っていくんだろ?」


 何となく返す言葉が思い付かなくて、俺は咄嗟に話を逸らす。

 眞瀬北中の学区は最上川の西側に位置している。河北町までは真っ直ぐ南下すれば良い訳だが、その道のりはなかなか長い。盆地で山が近いということもあり、ずっと平坦な道とはいかないだろう。

 俺の指摘によって、宝井の表情はいつものしかめっ面に戻った。そうだけど、と返ってくる声はわかりやすく不満げだ。


「だって、それ以外に手段がないじゃん。バスなんて一日に数本レベルだし、電車の最寄り駅は皆無。だったら自転車使うしかないでしょ、私たち中学生なんだから」

「まあ、それはそうだけど……さすがに無茶じゃないかと思って。疲れるだろうし、何より片道だけでそれなりの時間かかると思うぞ」

「余計なお世話。そりゃ、磐根君に比べたら体力ないけど……その程度で妥協なんかしたくないの」


 一度麦茶を口にしてから宝井は、というか、と睨んできた。


「なんで磐根君にそんなこと言われなくちゃいけないの。行こうとしてるのは私なんだから、好きにさせてよ」

「いや、ここまで付き合ったからには俺も行くよ。その上で心配してるんだ」

「……陸上部なのに、疲れるの気にしてるの?」

「運動部なのは関係ないだろ。大体、俺がやってるのはやり投げだし、長距離の奴等に比べたら全然だよ」


 宝井よりは体力あると思うけど──とは言わなかった。二人の間に隔たりを作りそうな気がしたのだ。

 いつの間にか、宝井の皿も空になっていた。はあ、とこれ見よがしに溜め息を吐かれる。


「……とりあえず、河北行きについては後で話すから。いつまでも同じ席に居座ってるの、良くないし」

「そうだな、移動するか」


 荷物とトレーを持ち、お互いに立ち上がる。大学生の中を歩いて行く宝井の背中をぼんやりと観察しつつ、俺も歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る