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 家に帰り、夕食を済ませてから、宝井にもらった書類を見てみた。ホチキス留めされたコピー用紙は十枚をゆうに越えている。それこそ、ちょっとした冊子くらいの厚みがある。

 コピー元は個人ブログのようだった。文章はいくらか省いたのかもしれないが、全体的に写真が多い。画像に付随して、所々に説明書が記されている。

 茜ヶ淵城の歴史は、俺が想像していたよりも古かった。書類によれば、原型のようなものは鎌倉時代中期にはできあがっていたらしい。当時は城というより、地方豪族の屋敷と形容するべき規模だったようだ。そこから巡り巡って、最上氏配下の持ち城となったという。

 城というと壮麗な天守閣を思い浮かべがちだが、現在の茜ヶ淵城は遺構のみが残っている。かつて本丸を囲んでいた堀は、現在の公民館付近に所在するらしい。写真を見てみると、城があった痕跡などほとんど感じられない、どこにでもありそうな景色が広がっていた。一応、茜ヶ淵地区の中心部になるのだそうだ。

 全てめくり終えた書類を初めのページに戻し、俺はぐいっと伸びをする。ひとつのものに集中すると、運動とはまた違った疲労感に襲われる。長時間の勉強や、読書でも覚える感覚。単純に汗をかいた方が楽だ、と思うこともある。

 何となく最初のページを眺めていると、周りのそれより幾分か大きい冒頭の文字に目がいった。『徒然処つれづれどころ』。それがタイトルなのだろう。飾り気の少ないデザインから、素朴な印象を受ける。個人ブログって各々の好きなように凝ったデザインでページを飾り立てる印象があったから、初心者が作ったのかな、と思った。

 しかし、宝井はどうしてこのブログに行き着いたのだろう。それほど有名でもなさそうなのに。

 俺は立ち上がり、廊下を通って階段横の部屋に入った。電気をつけて、かなり古い型のデスクトップパソコンの前に座る。最新式のパソコンしか知らない人が見たら、ブラウン管テレビと勘違いするかもしれない。

 起動までの長い時間を耐えて、開いたようやくデスクトップ画面からインターネットをクリック。検索バーに先程のタイトルを打ち込むと、ややあってから検索結果の二ページ目で目的のブログにたどり着いた。

 遺構しか残っていない茜ヶ淵城に触れるくらいだから、城郭を専門に勉強しているのかと思ったが、どうやらこのブログは日常を記したものらしい。とりとめのない、どこにでもありそうな日常風景が写真と共に淡々と綴られている。


『入湯割引券をいただいたので、久しぶりに温泉へ行った。風呂上がりはフルーツ牛乳、これに限る』

『帰宅中に遭遇したセキレイ。足が速い。負けないぞ、と大人げなく追いかけてみた。結局勝てなかった。少し、悔しい』

『知人の親戚が冬休みとのことで、善光寺まで出掛けた。予報では曇りだったが、相変わらず寒い。道中、暖をとるため買った酒饅頭。ほかほかで美味しい。できたては一味違う』


 このような調子で、写真の下にちょっとした文章が記されている。ブログってもっと長々と書くものじゃないだろうか、と思うが、その辺りは人それぞれなのかもしれない。写真をメインにしているとも考えられる。

 ほとんどの写真は風景や遭遇した小動物が被写体になっていて、人の姿は見受けられない。たまに、手に何かを持っている写真が上がることもあるが、それでも顔は見せないので作者についてはさっぱりわからない。ごつごつとして骨ばった手から、辛うじて男性であることはわかる。

 当然、ブログには作者の自己紹介も載っている。しかしそこをクリックしてみても、作者のハンドルネームがムムムということや、長野県在住ということくらいしか書かれていなかった。俺からしてみれば、住んでいるところを誰でも見られるブログにアップするのはかなりの勇気がいることだと思うけれど、読者になってみると少し拍子抜けする感じが否めない。人の心とは、何とも自己中心的である。

 しばらく『徒然処』を閲覧してみたものの、茜ヶ淵城をテーマにした記事は宝井がコピーした部分のみだった。こうして他の記事と比べてみると、文章量が格段に多いことがわかる。ムムムにとって茜ヶ淵城がどういった存在なのかはわからないが、何らかの感銘を受けたということなのだろう。写真も二十枚近く添付されていて、力の入れ具合がわかる。

 他の記事を見てわかったことだが、このブログは三年前で更新が止まっている。ムムムの環境に何があったのか、俺には知るよしもない。最近はSNSも流行り始めているみたいだし、そっちに鞍替えしたのかもしれない。だが、だとすれば移転先がどこかに記載されていそうだし、更新を止める旨を伝えていそうなものなので、失踪と考えるのが妥当な気がする。

 その後新しいタブを開いて、他に茜ヶ淵城や呉井璃左衛門について取り扱ったサイトがないか調べてみたが、ムムムの記事以上に詳しい内容は見つからなかった。宝井がこの記事をコピーしたのもうなずける。思った以上に、資料が少なすぎる。


「大地い、風呂さ入れえ」


 階下から祖母の呼び掛ける声が聞こえて、俺ははあい、と返事する。もうそんな時間か、と思いパソコンの画面を見遣れば、もうすぐ十時になろうとしていた。お年寄りからしてみれば、もう寝る時間なのだろう。

 これ以上調べられることもなさそうなので、俺は全てのタブを閉じよう──と思ったが、ふと思いとどまる。このまま何もせずに終わらせるのは、何となく良くない気がした。

 『徒然処』に戻り、サイトをお気に入り登録する。これでいつでも見られるはずだ。

 しっかり登録されているのを確認してから、今度こそ俺はタブを閉じ、シャットダウンした。

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