#3 旅には道連れ

 ライヒアラ騎操士学園。

 その周辺には学生の宿舎や幻晶騎士のための鍛冶屋などが集まり町を形成している。

 学校の名をとりライヒアラ学園街と呼ばれるその街にエルネスティは住んでいた。

 

 

 日が落ち、闇に包まれるライヒアラ学園街。

 連なり、通りを形成する建物の屋根の上を疾走する小さな影があった。

 その人影は、全体的に真っ黒な日が落ちた所で視認するのは困難な服装に身を包み、風のように屋根の上を駆け抜ける。

 

 言わずもがな小さな影は5歳になったエルネスティである。

 体力づくりの日課である日々のマラソンは形を変え、今では屋根伝いに街を一周するのがその慣わしになっている。

 科学文明から離れて久しいエルは、星明りがあれば視界には困らなかった。

 

 身体強化の魔法はかつて失敗したときからさらに改良を重ね、低出力で足回りのみを強化するように絞られて使用されていた。

 慣れも手伝ってかなりの速度で疾駆する。

 と、それまでは屋根が続いていた通りの端に辿り着き、大通りが大きく目の前に開いていた。

 エルは一つ大きく息を吸い込むと、一気に身体強化の出力を上げる。

 力強い手ごたえと共にエルは弾かれたように加速する。

 屋根が途切れるその瞬間、最後の踏み切りにあわせてエルはさらに魔法を重ねる。

 前方の空気を圧縮し、高密度の空気の弾を作成する。

 それ自体は基本的な空気弾丸エア・バレットの魔法だが、エルはそれを自身の後ろで炸裂させる。

 圧縮したまま弾丸として発射するのではなく、指向性を与えて開放することで反動を擬似的な推進力とする。

 瞬間的に勢いを強めたエルの体はそのまま弧を描いて通りの上を飛び越えた。

 上空に飛んだ時点で身体強化は抑え、次は着地の瞬間に魔法を発動する。

 またも空気弾丸の魔法――しかし今度は普通の弾丸より巨大なサイズで空気を圧縮する。

 圧縮して発射しないままそれをエア・クッションとして見事に向かいの屋根に軟着陸を決めたエルは、自身の体をたわめて余分な衝撃を殺すとそのまま同じ調子で走り出した。

 

 

 

 魔法を学び始めておよそ2年、エルの魔力はやや小さな体格にも拘らず、同年代では異常なほどの保持量となっていた。

 普通、この年齢でここまで魔法の能力を磨くものはいないため当然ともいえるが。

 体力も向上し、細い体をしなやかな筋肉が覆っていた。

 

 しかし、それでも身体強化を全開にして使い続けるのは無理がある。

 その為に編み出したのが低出力で部分的に持続させ、必要なときに瞬間的に全開にする使い方である。

 移動に関してならば先ほどのように別の魔法を併用して高速移動する方法も考えた。

 これらの修練は元々高かったエルの演算・制御能力を更に高めることとなり、更には着実に増大した魔力により魔法を使ってへばることも少なくなった。

 

 そして、エルが移動系の魔法を重点的に練習するのにはわけがある。

 エルとて日がな一日修練ばかりで過ごすわけではない。

 同年代の子供と遊ぶこともある――理由は多分に両親に心配をかけないためのクッションであったが、童心に返って遊ぶのも楽しかったのも事実だ――。

 すると、他の子に比べて自身の体格が小柄であることに気付いた――割に体力のお化けと化しているのだが。

 それ自体に不満はないが、このまま体格が伸び悩むとウェイトの軽さが弱点になる可能性が出てくる。

 勿論身体強化はこれからも磨いてゆくし、生半可なことで力負けする気はなかったが、それでもウェイトの軽い体で攻撃力を出すには一工夫が必要だ。

 そのための移動力強化であった。

 それは単純に動きで相手を霍乱するためでもあるが、いざとなれば速度を乗せて攻撃することで威力を出すためである。

 

「(なんつうか、日本人は牛若丸好きやからねぇ。俺の場合切実な事情があんねんけどさ)」

 

 エルはつらつらとどうでもいいことを考えながら、今日も今日とて宵闇に包まれた街を疾走する。

 いつものトレーニングコース、いつものマラソン。

 ただ、その日は少しだけいつもと違うことがあった。

 

「なんだお前?」

「誰ですか?」

 

 期せずして誰何の声が重なる。

 これまで誰にも会うことがなかった屋根の上。

 そこに一人の少年がいたのだ。

 

 

 しばし無言で向き合う。

 お互いに、他に人がいるなどと思っていなかった場所での遭遇である。

 多少以上に警戒するのは仕方なかったが、その上片方は全身黒尽くめでご丁寧にフードまでかぶっているのである。

 星明りの下ではその表情までは窺い知れなかったが、少年の瞳が僅かに細められたのがわかった。

 

 エルは標準よりやや小柄だが、少年はひょろっと背が高く、年齢はわからなかった。

 下と言う事はないだろうが、そう年上にも見えない。

 お互いに無言ではつまらないのでひとまずエルは自己紹介をすることにした。

 

「僕の名前はエルネスティ、今は散歩の途中です。貴方は?」

 

 黒尽くめの子供がいきなり自己紹介をしたのに驚いたようだったが、少年はすぐに立ち直ると言葉を返す。

 

「俺はアーキッド。……ここで星を見ていた」

 

 エルはちらりとアーキッドとなのる子供の背後を見やる。

 彼の背後の屋根には出窓があり、そこから出入りしたようだ。

 

「ああ、それは邪魔をしてしまい申し訳ありません。僕は立ち去りますので……」

「いやちょっと待てよ。散歩ってか? 屋根の上を、しかもそんな格好で?」

「(……ご尤も)」

 

 声の調子から、アーキッドが相当に呆れていることがわかる。

 

「トレーニングなので、走りにくい場所を。でも余り目立ちたくはないですからこの服を」

 

 エルが素直に答えても、アーキッドはしばし不審げにしていたが、ややあって口を開いた。

 

「……そうかい、邪魔したな」

「お気になさらず。では、私はこれで……」

「いつもこの辺を走ってんのか?」

 

 さっきから話をさえぎる人だなぁ、と思いつつエルは素直にはい、と肯定しまた挨拶を残して走り出した。

 アーキッドはしばらく闇にまぎれるその姿を追っていたが、思った以上の速度で走り去るその姿に驚き、さらに建物の端で姿がぶれるほどの加速の後大きく弧を描いてジャンプするのを見、驚愕に目を見開いた。

 

「……すげぇ。すっげぇ。なんだありゃ、おっもしれー!」

 

 ほんの気まぐれで屋根に出たその日に出会った奇妙な人間。

 アーキッドの生活はその日を境に大きく変貌することになる。

 

 

 エルとアーキッドが出会った次の日、同じ場所で彼らは再び対面していた。

 

「こんばんは。また星を見に?」

「いよう。いや、今日はお前と話しに」

 

 星明りの下でもわかるくらいに、アーキッドは上機嫌に笑っていた。

 いまひとつ彼の意図がつかめないが、もし面倒なことになるならこのまま走り去って明日からはコースを変えよう、と考えたエルはしばし話に付き合うことにした。

 

「ところでそのフード、かぶってないといけねぇのか?」

 

 確かに、話をするのにフードをかぶったままというのは失礼かと思って脱ぎ、アーキッドの隣に座った。

 それで、と話を促そうとして、隣のアーキッドが実に形容しがたい表情で固まっていることに気がついた。

 

「……アーキッド? どうしたのですか? すごい変な顔になってますよ?」

「っえ? ああ、いや、その、お前、女だったのかよ!?」

 

 美しい母親に似たエルの風貌はさらに磨きがかかり、いまや立派な美少女・・・ぶりだ。

 紫銀の髪は今はセミロングに切りそろえ、あごの下でかすかに揺れている。

 それは頼りない月光の下でも全く隠しようがなく、むしろ紫銀の髪の輝きも、白い肌もその美しさをより一層神秘的に引き立てられていた。

 

 その美しさと昨日見た動きの凄まじさがつながらず、アーキッドは混乱していた。

 エルは微かに笑い、

 

「いいえ、見た目は母親似ですが、僕はれっきとした男ですよ。」

「いや母親に似るっても限度があるだろそれ。本当に男かよ?」

「……微妙に嫌ですが、確認します?」

「ええ!? いや、いいよ! すまねぇ、疑って悪かった」

 

あたふたと慌てるアーキッドに落ち着くように言い、エルはそれで、と切り出した。

 

「お話、とは?」

「ああ、昨日屋根からすっげぇ飛んでたじゃねぇか? あれってよ、どうしてんのか気になってさ。」

「ああ、あれは……」

「んでよかったらいっちょ俺にもこつを教えてくれよ!」

 

 唖然としていたのは何処へやら、今度は勢い込んで話すアーキッドに、エルはどうしたものかと思案する。

 

「教えるのはいいですけど、あれはすぐに身につくものではないですよ?」

「かまわねぇよ、お前と一緒に練習してたらそのうちあれくらい飛べるようになんだろ?」

「もしかしたらそれ以上に習得できない可能性もありますし……」

 

 と前置いてエルは簡単に説明を行う。

 身体強化の魔法、上級魔法の簡単な説明、魔法の併用等……。

 アーキッドの理解力はかなりのもので、説明の飲み込みも早かったが、むしろ早かったが故に盛大に顔を顰めることになる。

 

「それすっげぇ大変じゃねぇか!」

「だから、最初からそういってるじゃないですか」

「エルネスティはなんでそんな魔法つかえんだよ?」

「エルでいいですよ。……それは相性もありますし、これでも何年か魔法を練習してきていますので」

「んじゃ俺はキッドでいいさ。何年かって……いまいくつだ?」

「5歳です」

「同い年じゃねぇか!?」

 

 ようしそれならやってやれねぇことはねぇ、と盛り上がるアーキッドにエルは慌てて釘をさす。

 

「でも、身体強化は上級魔法で、まずは基礎から練習していかないと……」

「だったらエルが教えてくれよ、魔法」

「……は?」

「エルすげぇんだろ? ジョーキューマホーとかガッツリじゃねぇか!」

 

 予想外だ、とエルは顔が引きつるのを止められなかった。

 確かに面倒ごとで、本来なら逃げ出したいところではあるが、隣で表情を輝かせるキッドを見捨てるのは彼の良心が許してくれなかった。

 

「あー、その、えーと、わかりました……けど」

「さっすが、話がわかるぜ親友!」

「(格上げ早ッ!? ちょいマッハすぎね?)」

「でも! 待ってください、さっきも言った通りすぐには身につかないんですから!

 まずは基礎から学びます。いいですね?」

「おうよおうよ。任せな、すぐ追いついてやるって!」

「(わーお不安)」

 

 エルは今後を不安に思いながらもアーキッドと細かな確認を行い、その場は別れたのだった。

 

 

 そのまた次の日、アーキッドはエルの家を訪れた。

 それを見てエルが訝しむ。アーキッドの隣にもう一人いたからだ。

 二人とも綺麗な黒髪ブルネットにこげ茶の瞳、元日本人であるエルには少し懐かしさを感じる色合いだった。

 キッドは髪を中途半端な長さでぼさぼさにしているが、もう一人は――女の子だ――緩くウェーブの掛かった髪を肩のあたりでそろえている。

 ひょろっと身長が高いところも、意志の強そうな目つきもよく似た雰囲気の二人だった。

 

「キッド? そちらの方は?」

「ん? 俺の双子の妹。アデルトルートっってんだ。一緒にベンキョーすることにしたんでよ」

「(おまっちょっうぇっ)」

「私もエル君って呼んでも良い? 呼ぶわね? 私のことはアディでいいから。

 でも本当に可愛いんだ君!」

「(いや返事してへんねけど? 微妙に話し聞かんのはキッドの双子やからか?)

 えーと……いえ、もういいですけど。ちゃんと説明はしてますよね? キッド?」

「任せろ親友。だからこそアディも付いてきたんじゃねぇか」

「ええ、ええ、なるほどその通りですね……」

 

 半ば悟りを開いたように案内するエルに、キッドとアディが嬉しそうについていくのだった。

 ティナが訪れてきた息子の友人にお菓子を振る舞い歓迎した後は、エルの部屋で基礎的な魔法の講義を行う。

 エルは、キッドはああ言っていたものの5歳の子供の事だ、いざ講義となれば面倒くさがるだろうと考えていたが、意外にもキッドもアディも熱心に講義に聞き入り、基礎式アーキテクトの実践では数回の使用で的の中心を撃つ制御能力を見せた。

 この双子を侮っていたかと思いつつ、魔力切れでへばる二人にアドバイスをする。

 

「貴方方のその状態が、魔力切れの状態です。

 二人ともまだ魔力が少ないですから、しばらくは魔力を上げるトレーニングをした方がいいですね」

「うう、はぁ、きっついなぁ、これ……で、そりゃどうすりゃいいんだ?」

「毎日魔力切れになるくらい魔法を使います。そうすると何もしないよりも魔力は多くなりますね。

 同時に体力トレーニングもやったほうがいいです、その方が地力の伸びがいいですし」

「……ははぁ、するってーと、だからエルは屋根の上ん走ってたんだな?」

「その通りです。前も言いましたが簡単な事ではないでしょう?」

「いいえ! やるわ! 毎日やれば良いんでしょう? 簡単じゃない!」

 

 驚いて見上げると大分と落ち着いたアディが両手を腰に当てて仁王立ちしていた。

 意志の強そうな目つきは自信に溢れ、不敵な笑みを浮かべながら何故か自信満々に言い放つ。

 背も高いし、将来はかなり美人になるんじゃないか、でもこの性格のままだとキッツイ子になりそうだなぁと、エルはどこかずれた事を考えていた。

 

「……でしたら。しばらくは基礎術式で地道なトレーニングをしてもらいます。

 魔力があがってきたら、より複雑な術式を教えますよ」

「こいつぁ追いつくのは何時になるかわからねぇな……でもエルの考えてるヨりゃ、ぜってぇすぐに追いついてやっからよ!」

「(思ったよりか逞しいんやな。こら面白いダチできたもんやなぁ)」

 

 エルは心中でこっそりと“親友”の評価を上げる。

 こうして、エルの特訓に2人の友人が加わったのだった。

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