誠実 二〇二〇年 九月十九日 ③

 就活をはじめるきっかけは、Zoom飲み会で雅也さんと話していた時だった。その日は課題もなくて、何も考えずにだらだらしていたら夜になっていた。バイト先のことから、今年大学に入ってきた有名な子の顔が可愛いとかどうでもいいことまで。一時間くらい経って段々話題が尽きてきたなと感じ始めた頃、雅也さんが話題を変えた。

「健太郎は就活そろそろはじめるの?」

 俺は首を傾げながらスマホのロック画面で日付を確認して、けらけら笑いながらテーブルに缶を置いた。

「就活って言っても、まだ早くないですか?三年の六月ですよ?」

 半年くらい前に、大学であった就活の説明会では、八月とか九月とか、遅ければ冬からでも間に合うと書いてあった。雅也さんは緩んだ表情で腕を背もたれの後ろにやる。

「俺も心配しすぎだと思うんだけどさ。ES添削してくれって言ってきた後輩が今週に入って二人いてね、俺もこないだ就活終わったばっかなのにもう一個下は始まってるのか~って考えたら、急に健太郎が心配になったわけですよ」

 画面の向こうで大きく笑っている雅也さんは、多分それほど酔ってはいない。こういう気を遣えるところは雅也さんの最大の美徳だと俺は思っている。経験上、雅也さんの指摘は大体合っている。俺は眠たそうなふりをしていた瞼を開ける。

「わかりました。とりあえず、インターンとかに申し込んでみます。ちなみに雅也さんの頃ってどうでした?」

 俺は雅也さん達の就活をほとんど知らない。東京ビックサイトに集まった就活生がリクルートスーツを着て、うんうんとしきりに頷いているところをテレビニュースが報じていたり、映画で俺でも名前を知っている俳優が、説明会を受けている人たちに、すごく怪訝な視線を送っていたり。だから、自分たちの代のも当然知らないが、大きな変化があったことは知っている。何故かはもはや言うまでもない。

 雅也さんは立ち上がり、画面外へ行ってしまった。「そうだな~」という声が一応聞えるから、多分つまみでも取りに行ったのだろう。戻ってきた雅也さんの手には、ポテチの袋と割り箸が握られていた。この人は手が汚れるからと、前も割り箸を使っていた。

「俺もオフラインで説明会なりインターンシップに行ってたけど、二月からはオンラインになったからな~。両方を知ってる訳だけど、オンラインの方が出かけなくていいから俺は楽かな。面接も一日で三つ四つ受けられたし」

 俺は頷きながら、雅也さんは要領がいいことを再認識した。バイトやゼミでも自分の分をぱぱっと終わらせて、人の手伝いをこなす能力がこの人にはある。こういう人が仕事を回していくんだろうな、と当時から思っていた。

 じゃあ俺は?

どこからか声が聞こえてきて、握っていた缶がくしゃっと鳴った。

「でも、一日に何社も受けて疲れないんですか?」

「疲れる。Zoomだと基本首から上しか映らないから、相手に監視されてる気がして全く気が休まらん。健太郎ははじめからオンラインで大変だと思うから、ストレッチとか調べといた方がいいよ」

 画面に映る俺は思いっきり破顔して、もうそれは肩をぐるんぐるんと動かすと、「回しすぎ!」と雅也さんに突っ込まれてた。

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