第30話 あの写真の出所

「駄目ですね。誰も触った形跡はなかったです。センサーが動くようなものも、窓辺にはなかったです。それと、部屋を使っている市原君は、先ほどと同じように食堂にいました」

 そして辻が、そう報告しに戻ってくることとなった。やはり、計画されたものの一部だろう。自分がこの場を離れなければならないことを避けようとしているに違いない。

「ここで取り調べをすることも可能ですよね」

「ええ。まあ。すぐに警官を増員します。何だか犯人の思惑通りで嫌ですが」

 やはり辻も、これが犯人の仕組んだものと考えているようだ。しかし、システムに不具合があった場合、この場に使える人間がいないのは困る。かと言って、県外から来ている憲太や聖明のことを考えると、帰って良しとするのは後で困る。

「機械相手だと、そういうこともありますよ」

 聖明はそう宥め、取り敢えずデータを貰って部屋に戻ることにした。警報のことも辰馬から聞きたいところである。

「そうですねえ」

 辻からは、もう嫌だとでも言うように、気の抜けた返事があっただけだった。




 警察官は屋敷の周囲に二十人。屋敷の中での待機が二十人と大掛かりなものとなった。システムはもう作動しないようにオフにし、警官は自由に玄関から出入りしている。

 しかし、その代わりに玄関ドアを締め切ることが不可能になってしまった。鍵を掛けるには、どうしてもシステムを動かす必要があるということだ。この家には顔認証で開く鍵以外には、ドアには付けられていなかった。手動で開けるタイプの鍵は、顔認証を導入した時に取っ払ってしまっていたのだ。

「まあ、これだけ警官がいるところに泥棒は入って来ないだろうし、寝るこの和室の前には玄関ドアがあるようなものだからな」

 その荒業措置に、聖明は苦笑するしかなかった。この家の実質的主である憲太は、こんな事態になって申し訳ないという気持ちで一杯のようだが、他に方法はない。

 それはともかく、今は起こっていることを冷静に把握することが必要だ。そこで、警報が鳴ったものの異常のなかった辰馬の部屋に集まり、色々と整理することにした。

「すみません。先生たちをこんなことに巻き込んでしまって」

「いやいや。非常事態というのは、そう簡単に経験できるものではないからね。それに、ちょっと気になる事件だからな」

 謝る憲太に、不謹慎だけれども、これはぜひ考えたいんだと聖明は言った。だから畏まる必要はない。むしろ、こうやって警察にくっ付いて引っ掻き回している方が問題だ。

「いえいえ。こんな変な事件、何も考えずに済むなんてことはないと思います。関わっていただけただけで感謝です」

「そう言ってもらえると助かるよ。何にしても、考えるべきことの多いものだ。数学に関しても気になるが、これは人見に頼んである」

 多方面から考えるべきだろう。そう思ってのことだ。となると、ここにいる人数では難しいので、大学でのんびりしているだろう人見将大に頼んでおいた。

「そう言えば人見先生。どうしてこの屋敷の写真を持っていたんですか。それ、訊きましたか」

 この事件に巻き込まれるきっかけを作ったようなものだ。辰馬はどうして彼があの写真持っていたのか。ひょっとして亜土の事件が気になっていたのかと、そう思って期待して訊ねる。

「ああ、あれね。論文を探している時に、ネットで出てきたって言ってたぞ。変わった家だなと思って、コピーしていたらしい。で、その理由を忘れて、これ何だっけと思った末に俺の机の上に置いて行ったらしい」

 が、答えはがっくり来るくらい、全く関係ない、事件のじの字も出て来ないものだった。

 この人たち、どうしてこんなにもずれているのだろう。それで日常生活が成り立っているのが不思議なくらいだ。

「そうっすか」

「ああ。まあ、論文を検索していたくらいだから、栗橋亜土の数学の論文に関しては知っていた。というわけで、手伝ってくれている」

「ああ、はい」

 そこの確認はしていないと言いたい辰馬だが、学位のことが気になる。ここは頷いておくのが無難だ。

「それよりも、この数字だらけのデータを解析することに意味があると、俺は思っているんだよ」

 お前たちに集まってもらったのはこっちを手伝ってほしいからだと、聖明はテーブルの上に貰ってきたデータの紙を広げた。

「この数字に意味があるんですか」

 こんなものがあるのかと、憲太も興味津々になる。

 今まで、人工知能やこの屋敷のシステムは煩雑なだけで面倒なものだったが、こういう形で見ると気になるものだ。それはやはり、日頃から様々なデータを見ているからだろう。

「これは人数を表しているらしいんだ。例えばここ、昨日の夜の食堂にいた人数。吉田さんたちが鍵を直そうと奮闘していた時間帯だから、八と記されている。その時間いた人数とちゃんと一致しているんだよ」

 そう言われて、辰馬は誰がいたか思い浮かべる。自分たち四人と、川口と山田という数学コンビ、そして刑事二人だ。たしかにその時間にいたのは八人だ。そのまま数字を追い掛けていくと、時々九になるのは給仕のために三浦がやって来たためだ。

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