第28話 人工知能は厄介

「顔認証だけの問題ではなく、人工知能の学習そのものに問題が発生したみたいですね。どうなっているかは、詳しくないのでよく解りませんが、本来はゲスト登録されているメンバーの顔を、間違った学習をして登録されていない、と排除したということでしょう。だから、栗原家の人は通れるのに、他の人は通れない」

「ええ。我々もその可能性が高いと思っています」

 さすがと、聖明の説明に吉田は頷いた。

 まさに今、その話をしていたところである。それを一瞬で理解するとは、吉田は噂には聞いていたものの、その頭の回転の速さに驚いた。

「そんなことがあるんですか。コンピュータなんだから、一回登録すればそれでいいのでは」

 さっぱり解らないと、吉田はさらに質問した。どうもこの人工知能というのは厄介な代物だ。こちらの常識が通用しないのではと疑ってしまう。

「本来のコンピュータならばそうです。一度登録すれば、それを継続的に記録して使います。しかし、人工知能には自ら学習する機能があるんです。不必要な情報だと判断されると、それは排除されます。代わりに有益な情報を選択し、それを優先していくんです。そして新たな学習を進める。この学習過程は、残念ながら開発者でも知ることは出来ません。必要なデータを入力しているだけですから。結果が変わった理由は、解らないんですよ」

 吉田はなるべく理解しやすいようにと話すが、辻はますます混乱してしまったようだ。困惑の表情を浮かべている。

「必要なデータとして入れているんですよね」

「そうです。しかしそのデータのどれが有用かは、人工知能の学習に任されています。もちろん、初めから総て必要だとして教えることも出来ますが、この家のコンピュータは、何人もの人の識別をすることを要求されていますので、不要となったデータは消されることになっているんです」

 それは防犯カメラと一緒なんですよと、吉田は言った。それでなるほどと、辻も納得できたようだ。

「全部記録していると、膨大になるってことですね。ふむふむ。しかし、その消えるってのが、この事件では何かと問題になってますね」

 辻はその消去することを止められないのかと吉田に訊く。事件の証拠として使えないのは仕方ないとしても、こういうトラブルは避けたい。

「それは、この人工知能そのものを改変することになりますから」

「しかし、この先生は別にもう、システムはちゃんと作動していないと考えているみたいですよ。中心にいるべき栗原亜土がいないから、ちゃんと動かないのだと」

 渋る吉田に、辻は先ほど聞いた聖明の説を述べた。それに、吉田も気づいているようで、困惑した顔をする。

「もちろん、今は正しく動いているとは言えない状態です。生活リズムを学習して補助するという、本来の役割は果たされていません。しかし、だからといって簡単に書き換えることは出来ないんです。それに、先ほども述べた通り、どこをどう学習したのか、開発者も指摘できないものなんですよ。消すという動作を変えるだけでも、人工知能そのものを大きく変える必要があるんです」

 どういえば解ってもらえるのかと、吉田は少しイライラしているようだ。

 その様子からして、この状況は非常に好ましくないと訴えているのが解る。犯人ではないのだろうなと、聖明はその態度から思っていた。もちろん、それが演技ではないとは言い切れないが。

「はあ。何かと人工知能が中心なんですね。そういう社会が来るんでしょうか。だとすると、警察でも講習会を開かないとなあ」

 辻もすぐにやれとは言えないからと、ぼやいて頭をぽりぽりと掻いて、この話題は終わりにした。

 それよりも、事件だ。辻が解かなければならないのは、二つの関連があると思われる殺人事件である。

「それでですね。昨夜の皆さんの動きを確認しに来たんですよ。出来れば夕食中から一つずつ確認していきたいんです」

 これはこのメンバーならば、今は人工知能への書き換えを渋っているものの、システムを操作することが可能だからだ。他の人間が全くできないわけではないだろうが、専門家がこれだけ頭を悩ますものを、一朝一夕で動かせるようになるとは思えない。そこで、今のところ容疑者はこの三人だ。

「夕食からと言われても、昨日はビュッフェ形式でしたからね。出入りは自由だったし、実際に俺も、何度かトイレや部屋に戻って資料を取って来たりもしましたから。正確に何時に何分は。あ、それこそ人工知能の記録を呼び出しますか。全員分、システムの不具合が起こるまでは追跡されているはずです」

 吉田が記録は正しく取れているはずだと、中野に記録を出すように指示した。こんな形で役立つとは思っていなかったらしい辻は、一瞬きょとんとしていた。

「何だか、監視されているみたいですね。今まで意識していなかったですけど」

「意識してしまうようなシステムだったら、生活に支障が出ますよ。そんな家に住みたくないでしょ」

 ここは実際に亜土が生活していたのだ。たしかに、自分で監視されていると意識するようなものを作るはずがない。しかし、こうして後から振り返れるというのは、やはり気分のいいものではないのが一般的な感覚だ。

「出ました。問題なく記録されているのは九時までですね。後は、不明な状態になっています」

 どうぞと、中野がすぐにデータをコピーして渡した。だが、これでは肝心の部分がないことになる。

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