第18話 なぜあの写真を?

 食事は六時半から、全員揃って取ることとなった。その方が三浦にとってもいいだろうと、吉田が発案したのだ。それに情報交換の場にも出来るのではないか、そう誘ってのことである。

「わあ、凄いですね」

 三浦の料理にそれほど期待していなかった辰馬は、用意された料理に目を丸くしていた。天ぷらに煮物、それだけでなく、若い人がいることを気遣ってかラザニアやパスタといった洋食もあった。

 それを好きに取れるようにと、ビュッフェ形式になっている。大きなメインテーブルから少し離れたところに、可動式の台があってそこに並んでいた。

「三浦さん。元シェフなんだよ。お祖父ちゃん、ここに色々な人を呼んでいたみたいだかからさ、料理には気を使っていたみたいだよ」

「ああ。なるほど」

「皆さま、どうぞ好きなだけ召し上がってください。これだけの人数をおもてなしするのは久々ですので、つい張り切ってしまいました」

 そこに温かなスープを運んできた三浦が言う。

 しかしそれは方便で、ぎすぎすしている人間関係を気遣ってのことだろうと、辰馬ですら思った。

「お手数かけました」

「お気になさらず」

 吉田が代表して謝ると、三浦はにっこりと笑うだけだった。そして飲み物は何を用意するかと訊く。アルコールのことだ。

「それじゃあ、ビールを。先生はどうしますか」

 代わりに訊いておくと、吉田はまず天ぷらを山盛り取っている聖明に訊いた。小学生のようだなと、辰馬はその皿を見て思う。明らかに海老天が多かった。

「ああ。俺は麦茶でいいです」

「私も」

 それに未来も続く。そして憲太もアルコールはいいと断った。

 そんな中で気まずいが、辰馬は一杯だけビールを貰うことにした。何だか疲れてしまっている。他は刑事の二人以外はアルコールを飲むことにしたようだ。今日の作業は終わりだからだという。

 しばらくは、それぞれが仲のいい相手と並んで食事を楽しむというスタイルだった。聖明は憲太と辰馬、そして未来に挟まれて食事する。

 話題はしばらく憲太についてだった。今後はどういう研究をするのか。どういう建築に興味があるのか。誰も、この家と人工知能については訊ねなかった。先ほどの、あの脳みその下りがまだ胃をムカつかせているせいだ。

 しかし、いつまでも避けて通れるものではない。どこかで話題にしなければ、ここに来た目的を憲太が話せないままだ。

「そう言えば先生。どうしてここの屋敷の写真を見ていたんですか? たしか人見先生から渡されたと言っていましたけど」

 そこで、唐揚げを頬張りながら辰馬が話題を振った。それに、向かいの席で食べていた辻と田村が反応するが、今は気にしない。

「ああ、あれか。俺もよく解っていないんだ。さっきメールを送っておいたから、何らかの回答があるだろう。あいつの行動はいつも気まぐれだからな」

「先生ほどではないですけどね」

 気まぐれというのを未来は否定せず、しかし聖明に勝る奴はいないと断言した。

 たしかに、質問の気ままさから考えると、普段から気まぐれなのだろうとは思う。

「というわけで、俺はあの写真がここの写真だと知らずに見ていたんだよね。ただ、考え事をするのに丁度いい、風変わりな写真だと思ったんだ」

「考え事をするのに、風変わりな写真が丁度いいんですか」

 なかなか理解し難い感覚だと、憲太は呆れたように訊ねる。

 普通、気になるものが前にあると、そちらに集中してしまって意味がないのではないか。

「そうそう。一個のことに集中し過ぎるのがよくない時もあるんだ。研究者になると解ると思うんだけどね。こう、そのテーマから一度気を散らしてみるっていうのかな。まったく関係のない事象を頭に入れることで、知りたい内容が浮かんでくるというか。感覚的なものだからね。このやり方が合わないって人も、当然いるだろう」

 そう言って未来を見た。

 なんだかんだでこの学生に頼り切りなのが聖明だ。

「そうですね。たしかに違うことをしている時に思いつくというのはあります。お風呂で思いつくというのがあるでしょう。あれと似たようなものだと思えばいいわ」

 未来が補足してくれたことで、憲太も辰馬もああなるほどと納得することが出来た。

 たしかに、全く関係のないことをしている時間に、いいアイデアが浮かぶことがある。それを、聖明は自主的に作り出している、ということのようだ。

「じゃあ、どうして人見先生がその写真をチョイスしたのか。聞かなかったんですね」

「ああ。あいつもどうせ、何かで見つけて面白いと思っただけだと、さっきまでは考えていたんだ。しかし、栗橋亜土がつい最近も数学の研究をしていたこと、しかもトポロジーに関するものだったと聞いて、ひょっとして数学の論文を探していて知ったのかなとも思ったんだ。トポロジカル絶縁体ってあるだろ。あれで物理学的にもトポロジーは重要な概念になったからね」

 先ほどの会話でそこまで考えたのか。辰馬は感心してしまった。さすが、数理物理学で有名な学者だ。

 そう、本人はかなり頓珍漢だが、学会ではその名を知らぬ者はいないほどの切れ者なのだ。

 ちなみにトポロジカル絶縁体とは、物質の間の絶縁体に関する問題のことであり、深く立ち入ると理解に素晴らしく時間の掛かる分野だ。量子物性物理学というものに分類されている。その理論を発見したことで、二〇一六年に発見者の三人にノーベル物理学賞が贈られているのだ。

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