第11話 駄目な大人ばかり

 まずは泊っている和空間からだった。吉田はそこにある仕掛けを丁寧に説明してくれる。

「この床は重さを感知しています。板の下にセンサーが組み込まれているんです。それによって、誰が通ったか割り出しているんですよ。入り口で体重測定してますからね。後は計算するだけです」

「なるほどね。体重が変化しても、日々の測定で誤差を修正して、誰か見失わないようにしているわけだ。凄いな」

 素直に感心する聖明に、吉田は気を良くしたようだ。それに一つの説明で多くを汲み取ってくれるのも嬉しいのだろう。

「本郷先生、いつの間に工学に詳しくなったんでしょう」

「この間からちょっとずつ勉強していたんでしょ。本業に支障がなかったから、別に何をしていてもいいんだけど、物理に集中してほしいですよね」

 辰馬の問いに、未来の答えは素っ気ない。そこは未来にも把握できない領域ということらしい。

「もちろんカメラもあります。ただ、この家のカメラは防犯カメラとして設置することを目的としていないので、カメラの数は多くないし普通とは違うところにあるんですよ。たとえばあそこ」

 そう言って吉田は真上を指差した。そこにはランプ風の電灯がある。指差しているのは、そこから僅かに横の部分だった。

「あの電灯はLEDですか?」

「もちろんです。そうしないと、熱感知してしまいますからね。この家の電気はどこもLEDですよ。それよりもあの横。つまり、光が邪魔で、さらに真上で顔を確認することの出来ない位置。ああいうところに、カメラが設置されているんです。LEDの波長は偏りがあるので、他の電波と見分けるのが簡単。それであそこに置くことができるんですが、何か犯罪が起こってあれを確認したところで、全くの無意味というやつです」

 そう言ったのはおそらく、亜土の事件があったからだろう。

 つまり、顔を記録することが目的ではないのだ。

「動きを分析しているんでしたね。つまり、誰かというのを特定する必要はない」

「そのとおりです。あれが追跡しているのは人間が発する微弱な赤外線です。それで動きは解りますからね。顔の識別は関係しないところで解析をする。それが栗橋先生のテーマだったようです。だから顔の登録は完全に鍵の代わりです。あれに登録されていると、無条件にあらゆる場所のロックが外れます。つまり」

「顔見知りならば、いつでもあの犯行は可能だった」

 それを言ったのは、駐車場のところで出会った刑事の辻だった。嫌味たっぷりとはこのことだな、と思わせる言い方である。

「ああ、刑事さんもいらしてたんですか。大変ですね。容疑者だらけで」

 それに対し、しっかり吉田も嫌味で返す。

 このやり取り、すでに何度か交わされているに違いないなと辰馬は思った。互いに挨拶代わりにしている、そんな気安さも声の調子の中にあったからだ。

「容疑者だらけというと」

 さすがにここまで来ると事件の質問をしないわけにはいかない。そこで聖明がそう訊ねた。他にこの家に誰がいるのか。それを把握するのにも役立つ。

「ああ。事件当時、すでに何人かの顔登録がされていました。栗橋さんの身内と手伝いの三浦さんを含めて十二人ですね。このうち、事件のあった日の直前まで出入りしていたのは、お弟子さんたち五人です」

 その五人には今日集まってもらっていますよと、辻はそこで笑った。図らずとも容疑者たちと会う羽目になるらしい。

「はあ、そうですか。つまり身内の方たちはその日、出入りしていなかった」

「ええ。それに三浦さんは除外して大丈夫でしょう。彼からすれば、栗橋亜土の死で得られるメリットは何もない。むしろこんな複雑な事件でなければ失職していた。そうですよね」

 丁度よく、そこにお茶を運んできた三浦がいて、辻はそう話を振る。

 それに三浦はそうですねと笑顔のままで答えた。この人の方が一枚上手ということか。口では容疑者から外せると言いつつ、辻が疑っていることに気づいているのだろう。

「皆さま、お疲れでしょう。お茶をどうぞ」

 そして辻を無視して聖明たちにお茶を勧めた。外が暑かったからか、それはよく冷えた麦茶だった。しかしガラスのコップがなかったようで、湯飲みに入っている。

「喉が渇いてたんで、ありがたいです」

 聖明は受け取ると、それを一気飲みしてしまう。

 こういう時、マナーを気にしてもらいたいものだと、未来はこっそり溜め息を吐く。

「お代わりは」

「ああ、すみません。こちらをどうぞ」

 そしてちゃっかりお代わりを貰う。別の湯飲みに入ったそれは、明らかに辻の分だったはずだ。何だか気まずい空気が聖明以外を包む。

「はあ。この家の空調はどうなっているんですか」

 そしてそんな気まずい空気なんて察知していない様子で、聖明が吉田に訊く。

 もちろん、聖明は空気が読めないわけではない。あえて読んでいないだけだ。これこそ質が悪い。

「空調は自動制御です。ちょっと暑いですか」

「いいえ。そのうち涼しくなるなら大丈夫です」

 そうにっこり答え、さあ次に行きましょうと聖明は吉田を促した。その際、こっそり三浦にだけ見えるように舌を出す。

 悪戯好きなのだ。

 それに三浦もにっこりと返す。

「駄目な大人ばかりですね」

 そんなやり取りに、未来は呆れたように言うが、注意する気はさらさらない様子だ。

 辰馬はこの屋敷にいる間に胃に穴が開くんじゃないかと思えてきた。

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