第6話 絡繰り屋敷へ

「ほう。顔見知りがいるのか」

「ええ。といっても一人だけ。吉田英行よしだひでゆきさんという、祖父のところによく出入りしていた人です。おじさんのような存在で、小さい頃遊んでもらったこともあります」

 警察も知っていることだからと、憲太は教えることにした。しかしこれ以上、事件に関して訊ねてもらいたくない。思わず顔を曇らせていた。

「ふうん。その人も今日来るのかい?」

「ええ。たぶん」

 憲太が頷いたところで、聖明の質問は終わった。

 事件はあくまでおまけのような感覚なのか。

 どの点が興味を引いてこの同行がオッケーになったのか、よく考えると、辰馬は解っていなかった。

 そしてそのあっさりと終わったことに、憲太も少し訝しんだようだ。警戒していただけに、拍子抜けした気分でもあった。

「絡繰り屋敷だということだが」

 そして次の質問で、理由は想像できることになった。

 やはり、聖明の興味は屋敷なのだ。絡繰りがどういうものか。気になったところに行けるという話になったというだけらしい。

「ええ、はい。先ほども言ったように家電メーカーが実現したいIoTに近いものと、それと祖父の生活パターンを理解し考える人工知能が組み込まれているようなものです。入り口には顔認証があって――先生たちにも、後でその認証用の作業をしてもらわなければならないんですが」

 そうだと、憲太は肝心なことを忘れていたと困惑した顔になる。

「ほう。システムは動かしたままなのか」

「ええ。正確にはシステムをダウンさせる方法が解らないんです。それに、無理やりダウンさせて研究成果が飛んでは困ると、あちこちから言われていまして。警察の人も、これにはかなり手を焼いたみたいです」

 それが捜査を遅らせている原因かもしれないと、憲太はまた溜め息だ。病弱な彼にとって、この状況はかなり辛いのだろう。

「つまり、捜査員の顔も総て認証させたってことか」

「ええ。三百人くらいまで余裕で処理できるそうです。一般家庭に必要のないレベルであることは、これだけでも解ってもらえると思います」

 そこでまたしても溜め息だ。

 その様子に、聖明もちょっとずつ訊ねた方がいいと思い、車内はしばらく静かになるのだった。




 途中サービスエリアで休憩を挟み、そこで憲太と運転を交代した。高速道路を降りると細い道や山道になるということで、疲れているのに申し訳ないのだが運転してもらうことになった。

「といっても、父に連れられて来たことがあるだけで、自分の運転ではないけど」

 それでも道は間違えないはずだと憲太は請け合った。急ぐわけでもないので安全運転で進むことになる。

「想像はしていたが、かなりの田舎だな」

「ええ。山ばっかりですよ。小さい頃、夏休みなんかは楽しかったですけどね。これだけ田舎だと、カブトムシやクワガタを簡単に捕まえられますから」

 高速を降りてしばらく進んだところで、素直な感想を漏らした聖明に対し、憲太は気を悪くすることなく言った。高速を降りてすぐは街中だが、進んで行くとすぐに田舎町が広がる。それがT県だ。今も田んぼと民家が交互に現れるような道路を進んでいるところである。

「あれ。ということは、あの家自体はずっと栗橋亜土が使ってたってことか」

「そう。でも、別荘みたいな感じだよ。あそこが生家ってわけじゃなく、気に入ったから購入したっていうものなんだ。ひょっとしたら将来、隠居用にと思っていたのかもしれないけど」

 辰馬の質問に、憲太は懐かしそうに言う。それはそうだ。彼の人生に影響を与えた建物なのだから、それなりに思い入れがなければおかしい。

 車は田んぼの連なるあぜ道を抜け、そのまま山の中へと入って行く。

 これは土地勘がなければ来れないなと、その道で辰馬は思った。明らかに住人しか使わない道で、グーグルアースで検索できるかも怪しい道だ。そこを二十分ほど走ると、ようやく問題の家が見えてきた。

「ほう。一番上は時計塔の役割をしているのか」

 窓を開けて外を見た聖明が、建物の上を指差して言う。たしかにそこには時計が取り付けられていた。

「外観だけでもかなり個性的だな」

 そしてその不思議な外観に、聖明は首を捻っていた。

 和洋折衷というのか、無理やり和風建築に西洋建築を足したというか、外観からして妙な気分にさせられる建物である。イメージとしては、あの有名な森の妖精が出てくるアニメ映画を思い出してもらえればいいだろうか。洋風の壁や窓があるというのに、屋根は瓦屋根。あちこちに日本と西洋が組み合わさっている。

 そしてアニメ映画と異なるのは、三階建てであることだ。さらに特徴的なのは二階部分は小さく、三階部分に至っては時計が取り付けられているところしかないことである。あの中に、時計の仕組みがあるということだろう。何とも複雑な家だ。それだけに、人を惹き付ける魅力があるのも事実だった。

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