第1話 え?!

 ソレ・・は、自室のパソコンで動画編集中のオレ--犬飼イヌカイ 陽里ヒサトの目の前に、いきなり光とともに現れた。


「ヌシが『トーちゃん』か。ワシとともに世界を救うのじゃ」


 パシッ!


「な、何をするんじゃぁ?!」


 考えるよりも先に手が動いた。金の臭いがぷんぷんする!! 


 捕獲したコレ・・はオレの両掌の中でもがきながら抗議の声を上げているが、そんなの知ったこっちゃない。すぐさまコレ・・をロボットの手みたいなマジックハンドで拘束し直し、配信用のカメラの前で動画撮影に移る。


「天使っぽい妖精捕まえたったッ! すっげぇッ! 超光ってる……ってアレ?」


 オレの撮影機材は撮影状況をリアルタイムでチェックできるようにしてある。カメラの電源が落ちている等のミスを防ぐためだ。オンラインゲーム中もモニターを2つ並べてプレイしている。


 そのモニターの中には、何も握っていないマジックハンドの映像と、はしゃいでいるオレの声のみで、コレ・・は映っていなかった。


うておくがな、今この世界でワシの姿が見え、声が聴こえるのはヌシだけじゃ。写真や映像にも写りはせん」


 ポイッ


 急激にテンションが下がったオレはコレ・・を解放し、作業に戻った。オレのワクワクを返せ。


「おのれ小童こわっぱ! このワシを投げ捨ておったなぁ!!」


「帰れ」


 オレはもうソレ・・には見向きもせずに編集作業を続けた。金にならんもんの相手をしている時間なんてない。


「お〜の〜れ〜ッ! なんなんじゃ! ヌシは?! ワシのこの姿を見て何とも思わんのか?! こう見えて超常現象じゃぞッ ワシ!!」


 ソレ・・は背中かから生えている白い翼を羽ばたかせながらふわふわとオレの目の前まで飛んできて、怒り心頭で抗議を始めた。オレはそれを手で追っ払った。作業の邪魔すんな鬱陶しい。


「オレはこの前10歳になったばっかの小学4年生だからな。まだギリ妖精とか見える年齢なんだろ。知らんけど」


 オレはヘッドホンをつけ、ボイスチェンジャーで加工した声をチェックした。うん、いつも通り大人の男声に聞こえる--ってソレ・・がヘッドホンの中に潜り込んできて大声で怒鳴った。


「よくもワシを虫扱いしおったなぁッ!! ナリは小さいがこう見えてワシはワル--」


 ワル?


 オレはヘッドホンを外してソレ・・の正面に顔を向け、目をジッと見つめて観察した。何か失言をした気配を感じたからだ。


 ソレ・・は負けじとオレの目を見つめ返してきた。女が嘘をつくときの仕草だ。


「『ワル』何だよ?」


 声を低めて問いかけるとソレ・・は一瞬だけたじろいだ。が、すぐに返答した。


「ワル〜くない天使様じゃぞ。気軽に『キューちゃん』と呼ぶがよい」


 胡散臭ぇ。何がキューちゃんだ。


「その悪くない天使ってのは小学4年生に世界を救わせるのか? 大人にやらせろ。オレにはそんな義務も時間も無ぇ」


「あぁ、時間なら気にする必要はないぞ。あちらの世界に行っている間はこちらの時間は流れぬ」


「あちらの世界?」


「そうじゃ! 異世界じゃぞ〜。どうじゃ? 行ってみたくはないか? 珍しいもんがいっぱいあるぞ〜?」


「誰が行くかそんな所。オレ以外の他を当たれ。他所ごとやってる余裕なんざ無ぇ」


「実はもうすでに一人はOKを貰っておる。そいつが是非ヌシもと推薦してきたんじゃ」


 キューちゃんとやらは笑顔でそう言った。人好きのする顔なんだろう。だが、その顔がオレの感情を逆撫でした。


「……お前まさかオレの身内を誘ったんじゃねぇだろうなぁ?」


 オレはキューを睨みつけた。家族やツレに手を出すやつは絶対に許さん。


 キューは少したじろぎながら、


「う、うむ。友人といえば友人なんじゃろうが、ヌシがまだ会ったことのない者じゃ。ほれ、ヌシの相棒の『ポーちゃん』じゃよ」


 と、早口で捲し立て、オレをジッと見つめてきた。オレの反応を窺っているようだ。


「ポーちゃん……が?」


 ポーちゃんこと『ポルナレフ』はオンラインゲームで知り合った遊びしごと仲間だ。ログインの時間がよくオレとかぶる縁でパーティを組んでいる。会話の端々に四字熟語を入れてくるちょっと変わったやつだけど、オレのゲーム配信に協力してくれるし、謝礼も一切受け取らない。こんなやつキューなんかよりもよっぽど天使な盟友だ。


「そうか……ポーちゃんがか……」


 オレは少々悩んだ。金にならんことなんざ一切やる気はねぇがポーちゃんの頼みとなると別だ。だけど--


「それって実際オフでポーちゃんに会うってことだよな」


「そりゃそうなるわな。何か問題でもあるのかの?」


 オレは後頭部をポリポリと掻いた。


「……いや、自惚れているわけじゃねぇんだけどな……」


「ん?」


 オレはジッと見つめてくるキューの視線から目を逸らした。自惚れているわけじゃねぇんだけど……


「万が一、ポーちゃんがオレに惚れちゃったら今後の関係がギクシャクしそうだなぁ……て」


 言い終わった途端に顔が熱くなった。顔が赤くなっているかも知れん。


 そんなオレをキューがジト目で見てきた。


「いや、万が一だって。ほら、オレ今はこんなだけどさ、昔はこれでもモテたんだぜ! 学校一は絶対に無理だけどさ、クラスで確実に3番……いや、5番以内には入るくらいの可愛さだって女子からも言われてたし、男どもなんてオレと目も合わせられなかったし。今はタメ口で話せてるけどさ!」


 ますます顔が熱くなってきた。何言ってんだ、オレ。


「試しに今すぐ会ってみるかい?」


「い、今から会いに行くのか?!」


 心臓が高鳴った。ポーちゃんって何歳くらいなんだろう? ギリ大学生までなら付き合えるか? ひょっとしてアイドルとかだったら30代でもいけるか? って何考えてるんだ、オレ?!


「ゲートでお互いの部屋を繋ぐだけじゃ。どれ、ポーちゃんにも聞いてみるかの」


 そう言うとキューはオレに背中を向けて何やら話しはじめた。その声は聞こえないが素振りで分かる。今はポーちゃんしかコイツの声が聞こえないってことか? お、会話が終わったらしい。何やら笑っている。


「OKだそうじゃ。それにしてもヌシら本当によく似ておるの〜。あっちも同じことを心配しとったわい。そんじゃ、早速ゲートを開くぞい」


「ちょっ、ちょっと待て、心の準備が!」


 オレの声も虚しくキューは再びオレに背中を向け、一瞬で空間に穴を開けた。その向こうに人影が見えた。って、え?!


「オレっ娘?! キミがトーちゃんだったのか!」


「ジャンヌ・バシュラール! お前がポーちゃん?!」


 自分が可愛いだなんて言ってしまったさっきの記憶を完全に消してしまいたい。


 オレの目の前に現れたのは学校一の絶対的美少女。隣のクラスのフランス人、ジャンヌだった。






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