第13話 廃校大規模破邪作戦


 破邪開始の14時まであと数分。

 北校舎3階端の廊下にて、わたくしは一族の破邪師たちと時が来るのを待つ。


 今日の作戦は、破邪区域作成班・護衛班・攻勢班・補佐班に分かれて行う大規模なものだ。これだけの人数は過去2回程の経験しかないし、しかもその時は補佐のみだった。


 まず、開始時間に正面玄関、北校舎1階、南校舎1階に陣取った破邪区域作成班が、区域を発動。個人でやるような任務とは違い、破邪区域の維持に終始する。

 その間動かない破邪区域作成班を守るのが、護衛班の役目だ。学校から逃げ出そうと区域の破壊を目論見、襲ってくる妖は護衛班が殲滅する。

 そして、校舎内に散らばる妖たちを端から潰していくのが、攻勢班の役割だ。もちろん、破邪区域の中にいればいつか妖は消失するが、できるだけ早く滅することで、破邪区域作成班の区域発動の時間を短縮できる。今回は強めの破邪区域を作成するので、それを長時間維持することは熟練の術者でもなかなか難しいのだ。


 北校舎3階の攻勢班は、わたくしを含めて3人。

 年長の男破邪師と、その弟子らしい新人の男。そしてわたくしだ。


「あと、1分ほどですが、手筈通り私が前衛を務めますので、後方の注意をお願いします」


 年上の男性の言葉に、わたくしと新人は黙って頷く。この班の指揮は彼だ。

 スマホで時刻を確認する。アプリの時計の秒針が12目掛けてカチカチ進む。何とか通信できていた携帯電話も、校舎に入った途端圏外となっていた。強力な妖の潜む場所では時たまあることで、こうなるとわたくしたちの連絡手段は人工の式神頼りになってくる。

 それでも、時間を見るだけならスマホで十分だ。


「――参ります」


 自身の腕時計から顔を上げて、年長の破邪師が勢いよく隣の教室の扉を開けた。

 直後、身体にずっとあった禍々しい圧が消える。


 ――破邪区域が発動したのだ。


 作戦が始まるまで手を出すつもりの無かった、低級の靄のような妖たちが数体、弾け飛ぶ。

 わたくしたちが何かするまでもなく、校舎内の弱い妖が破邪区域だけで消滅したのだ。さすがとしか言いようのない、熟練の破邪師たちの力だった。


「前方の5体は私が。横、2体!」


 教室に飛び込んだ破邪師の男が、自身の祭具である榊を横に薙ぎ払う。雫が飛び散るように橙色の光が舞った。上空にいた鳥に似た目の無い妖たちが逃げ切れず、その身体を膨らませ破砕する。断末魔すらなかった。


 それを惚けて見ているわけにもいかず、廊下近くに逃げ出した妖をわたくしは追う。もう一匹の妖は、新人の男性が鈴串を振り上げているのがわかり、無視する。



「――っはぁ!」


 力を込めた鈴串を、飛行する妖に向かって下から上へ叩きつける。もちろんわたくしの祭具にそこまでの長さはなく、伸びた光による打撃だ。掲示物のある廊下の壁をこすり、天井に光が打ち付けられた。

 翼の部分がねじ曲がり、床へと落下していく妖は、着地の前に消え去っていた。妖がいなくなった辺りに、黒い粉のようなものが漂い、少しして空気に溶ける。

 まずは、1匹。


「師範、大丈夫ですか?」


 新人の男が鈴串を掲げ、先程5匹を滅してみせた破邪師を浄化している。


「ええ、ありがとうございます。あなたたちは大丈夫ですか」

「俺は問題ありません」

「わたくしもです。……浄化しないといけない類の妖でしたか?」

「いや、妖が最期に瘴気のようなものを放ちまして。嫌な感じはしませんが、念のためです」


 もうなくなってしまった、あの黒い粉のようなものだろうか。確かに見覚えのない現象だった。


「では注意して、次に行きましょう」


 のんびりしてもいられないので、わたくしたちは再度廊下に出て、次の教室へ向かう。いつ、この悍ましい気配の主が現れるのか、覚悟しながら破邪を続ける。


 ――2匹、3匹、4、5、6匹。

 年長の破邪師の指示通り妖を倒し、時には彼が取りこぼした妖を滅する。新人の男は師範やわたくしのサポートのため防御や浄化をすることが多く、その存在は非常に助かっていた。


 これはわたくしの個人的な思いだが、同じ鈴串を使っている同士ということで、勝手に新人の彼に親近感を持ってしまう。

 破邪のための道具――祭具としての鈴串は、破邪師がまず使う基本的な物だ。

 露草袴の見習いもまずこれだし、巫女の修行の時もわたくしたちはこれだ。その後、能力を磨き、より自分に合った祭具へと持ち物を変えていく。この攻勢班の破邪師の男は榊だし、ミチルは使い勝手が難しい石製の剣だ。


 そう、自分だけの特別へと道具を変えていくのだ。


 でもわたくしは、色んな祭具を試したけれど、この基本的な鈴串以上に使いこなせる物は無かった。そういう破邪師は多いし、珍しいことでは無い。でも。

 祭具にまで、お前は普通だと言われているようで、初めの頃はがっかりしていた。

 ――今はもう極めてやるんだ、という心意気の方が勝っている。



「あ、みことだー! へーい」


 3階の渡り廊下のところで、南校舎担当のミチルのいる攻勢班と一度出会った。

 班の年長者たちが、報告と現状を話し合う。

 その間に、とことこと巫女服姿のミチルが近寄って来た。


「どう? どれぐらいやった?」

「今のところ6匹ですわ」

「あら、ボク4だ。負けてるなあ」

「状況にもよりますから、最後までわかりませんわよ」

「そうだね、どうせボクが勝つし」


 一瞬答えに詰まったわたくしへ、ミチルはにやりと笑って緋袴を翻す。長時間話し込むことはなく、彼女たちは南校舎へと戻って行く。

 その姿に、あの何とも言えない違和感を再度覚えた。

 鈴串に式神を取り付けられたときの、あの妙な感じだ。ミチルと見習いが並ぶ、その情景。

 何故、今彼女は――。


「私たちも、2階へ向かいましょう」


 わたくしの班の破邪師の男性の一言。

 そこで、思考を元へ戻す。いけない、集中が途切れるところだった。

 まだまだ妖はこの学校に潜んでいる、しかも本命と思わしき強力なものも出てきていない。

 わたくしは、軽く頭を振って、鈴串を再び強く握りなおした。

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