自分に素直に真心で褒めよ

 キリカ様は言った。

 

「自分に素直に真心で褒めよ」

 

 ⌘⌘⌘

 

 城の最上階にあるテラスからは、クーデグラスの伝統的な建築が並ぶ美しい街並みが一望できる。

 けれど、道を歩く人はまばらで少なかった。その人々も活気はなく、やせ細り、くたびれていた。

 キリカ様が暴君として恐れられるようになってからはずっとこの有様だった。

 

「紅茶は口に合ったか?」

「はい、とても美味しいです」

 

 紅茶の香りが立った。

 目の前のテーブルの上には嗜好品のお菓子が溢れかえっていた。

 

「……」

 

 孤児院での食事は硬いパンと芯の残ったじゃがいもばかり食べていた。目の前に広がっているものは、今までの自分の生活とは全く違う世界のものだ。

 キリカ様は大粒のダイアのついたイヤリングを揺らして、満足げに微笑んだ。

 

「そうか。気に入ってくれてよかったよ。アリーシャが淹れる紅茶は茶葉の香りがよりひきたつんだ」

「まぁ、女王陛下、お褒めいただき光栄ですわ」

 

 侍女の一人の黒髪で若い女の人が頬に手を当てて笑んでいる。本心から喜んでいるように見えた。内心ではいつ首を切られるかと恐れているのではないかと思ったが、褒められて心から誇っている様子だ。

 

「そうだ、紹介しておこう。紅茶を淹れるのが上手いのがアリーシャ。その他はドジが多いが、一生懸命なところが可愛らしい」

「まあ、キリカ様ったら! バラさないでください!」

 

 急にすました表情を崩し、雰囲気を変えてアリーシャさんがおろおろと手を振った。そして、僕の方を見て恥ずかしそうにカテーシーをした。

 ふふふと、キリカ様は愉快げだ。

 

「その隣にいるのがコゼット。のほほんと愛らしい姿をしているが、力持ちで頼りになる。今はわたくしの庭の花は全て彼女が面倒を見ているんだ」

「コゼットです」

 

 ちんまりとした自分と同じくらいの少女が挨拶してくれた。それ以上は何も言わずに控えめにはにかんでいる。

 女王陛下の逸話を思い出して、心配になったが、コゼットさんは、キリカ様の方を熱い眼差しで見ている。

 

「そして、メイドの長をしているエメリーヌだ」

「私はエメリーヌ。小姓として働くあなたの教育係も務めます。あなたが褒められ係とやらだからといって、私は甘やかしたりはしません。よろしく」

 

 白髪をきっちりとまとめた壮年の女性が厳しい眼差しで、僕の返事を撥ねつけるように言った。


「エメリーヌはいつもこんな調子だが、困った時は助けてくれる。その時は存分に甘えるといいぞ」

「キリカ様」

 

 キッとエメリーヌさんが睨むけれど、キリカ様はどこ吹く風でマドレーヌを口に入れた。

 

「キリカ様は褒めるのがお上手になりましたね。スヴニール、あなたもキリカ様に甘やかされて調子に乗らないように気を引き締めてお勤めなさい」

「は、はい」

「褒められるのは飽きたと言ったろう、エメリーヌ。褒めなくてもよい」

「……」

 

 エメリーヌさんが再びキリカ様を睨む。

 キリカ様はにまにまとしてティーカップに口をつけて、その香りに浸るように目を伏してから言った。

 

「わたくしはね、褒める時心がけていることがあるんだ」

 

 キリカ様は言った。

 

「自分に素直に真心で褒めよ」

 

 僕は無意識に自分の胸に手をやっていた。

 

「心からの言葉が相手の心を溶かす。エメリーヌがこんなにわたくしと話してくれるようになったのは、わたくしが変わってからなんだ」

「……そうですね」

「自分の心を開いて相手を思いやれば、相手の素直さも引き出せる」


 エメリーヌさんが、こほんとひとつ咳払いした。照れているのかもしれない。

 また何かを思案した後、エメリーヌさんが言った。

 

「——たしかに。キリカ様は変わられました」


 エメリーヌさんも胸に手をやっていた。ひどく痛むのを和ませるような、複雑な表情をしている。

 キリカ様は、僕を見た。

 

「わたくしは、お前をたくさん褒める。どうか、たくさん仲良くしておくれ」

「はい、恐れ多いですが……」

「ふふ、お前がどうかわるのか、わたくしは楽しみだよ」

 

 その時のキリカ様の表情は少し寂しそうに見えた。

 

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